老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

943 残命

2018-09-30 18:20:06 | 生老病死
 残命

末期癌や老衰などのとき
余命を告げられるが
どうも「余命」という言葉は
しっくりこない。

「余った命」
誤解してしまう言葉である。

「余命」よりは
「残命」の方がしっくりくる。

あとわずかな生命の時間のなかで
最期の瞬間まで
生きようとする。

92才の大沼滋治は
先週の金曜日退院し自宅に帰った。

前立腺癌は
大腿骨、腰、肺、肩、首の各骨にまで
癌は拡がった。

痛みは体のなかを駆け抜けた。
「痛」
病は体のなかを通り抜け
「痛み」や「傷み」を伴う。

「痛み」の辛さは当の本人だけしかわからない
「痛み」は耐えるのではなく我慢するもの
時折激痛が襲ってきても
気遣う相手に
「痛みはやわらいできた」とやさしい嘘をつく。


滋治は
退院した翌日から
痛い顔を見せず
車いすに乗り
デイサービスさくらさくらに来た。

水を飲むとオシッコが出る
おむつを取り替えねばならない
水は控える
ただ天井を見つめ寝ているだけ

炎天下の砂漠のような時空間
乾ききった喉
それでも家に帰りたかった

デイサービスさくらさくらで
彼は2000cc余りの水を飲んだ


それは家から
デイサービスさくらさくらに行ける
(老いの)仲間がいる
ただそれだけ

何処に居ても痛みは無くならない
でもさくらさくらに行くと
痛みを忘れることができる


昼食を終え
長時間椅子に坐るのは大変
体のあちこちが痛みが増し
横になりたいと体は訴えている。

しかし
滋治は「寝ない、起きている」と話す。
スタッフの目配せで

頚椎による痛みが常にある祥三は
「俺も眠いから寝るかな」

再三の脳梗塞にもめげず
リハビリでどうにか杖歩行までになった慶二も
「疲れたから俺も寝る」

寝る仲間ができたことで
寂しくはなくなり一緒になた滋治

生れてはじめて
ベッド上で
下の世話になった滋治
泪を流しながら「申し訳ない、ありがとう」と呟く

彼は、
少しでもオムツの取り換えがしやすいように、と
腰や大腿骨の痛みを堪えお尻をあげてくれた。

滋治は
残された時間
残された生
残された命

デイサービスさくらさくらで
過ごして逝きたい