老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

鼠と棲む暮らし

2024-01-16 20:57:08 | 老いの光影 最終章 蜉蝣
2007 鼠と共生するひとり暮らし婆さん


                     夕焼けの阿武隈川

いま自分は、居宅介護支援事業所(介護相談、在宅ケアプラン作成、ケアマネ1名)と
訪問介護事業所(ヘルパー 常勤3名 パート2名)の2つの介護サービスを行っている。

70台半ばのお婆ちゃん(脳出血後遺症 左半身麻痺)の生活援助(掃除、調理、服薬確認)のサービスを週3回担当することになった。
それで、サービス担当者会議が行われ、訪問介護事業所のヘルパー(サービス提供責任者)と自分が参加した。
(自分は契約書、重要事項説明書の説明をするために同席)

そのケースのケアマネは事前に鼠屋敷であると聞かされていた。

昔作りの家でポットん便所だったのかな・・・・。
暖は、練炭が玄関に沢山置かれ、堀炬燵のなかに練炭がある。

炬燵テーブルや畳、台所のテーブルやフライパンなどに鼠の糞が無数に散らばっている。
糞を踏まないように歩くのは至難の業。

テーブルの上には食べ物や食材があり、鼠が齧っているのだろうな、と想像してしまう。
鼠の「毒」が混じらないのか心配になってしまう。

当のお婆ちゃんはまったく気にせず、「この間はフライパンのなかに鼠がいた」、と笑いながら話す。

ヘルパーに聞くと、あちこちに「鼠仕殺し」の仕掛けが置かれていても効果なし。
鼠はかしこいもので、鼠殺しを避けて徘徊されている。
鼠にとり安住の棲み家である。

猫一匹いないからまさに鼠の天下。
「鼠のお宿」かな、と担当者会議中、ひとり想像していた。