コスモスは線香花火が終わる間際のように涼しげな葉を繁らせている。
数年前、耕作を放棄した水田にコスモスを繁らせたことがある。
以後 半ば野生化したコスモスが雑草に中に毎年咲く。
真夏の草いきれの中や、初冬の枯野に咲くこともある。
季節を問わず、咲く場所も選ばない、どんな空の色にも映える癒しの花である。
コスモスは線香花火が終わる間際のように涼しげな葉を繁らせている。
数年前、耕作を放棄した水田にコスモスを繁らせたことがある。
以後 半ば野生化したコスモスが雑草に中に毎年咲く。
真夏の草いきれの中や、初冬の枯野に咲くこともある。
季節を問わず、咲く場所も選ばない、どんな空の色にも映える癒しの花である。
レールダル社ロゴマーク
ワイズメンズクラブ国際大会でノルウェイ・スタバンゲルに滞在した折、救急蘇生をはじめ医学に関わるシュミレーション教育システムの製造で知られるグローバル企業、レールダル メディカル社を訪問した。
その会社のロゴマークは大変珍しい、しかし、数十年間その由来を探ることをしなかった。
この度の訪問で、その由来の一端に触れ、図らずも我がクラブが掲げる信条「自分を愛はするように隣人を愛そう」との間に、共通の思いが込められていることを知った。
遠い異国でなんとも不思議な出会いであった。
上に示したそのロゴマークは、怪我人とそれを手当てする人が、簡潔にデザインされている。
出典は、新約聖書「善きサマリア人」であるという、イエス キリストと聖教者との間で交わされる問答に挿入されている例え話「強盗に襲われた旅人と、それを助けるサマリア人」を表している。
この例え話の深淵まで異教人の私に窺い知ることはできないが、「困っている人がいたら、相手が誰であっても、隣人として助けなさい」という意味は判る。
しかし、それが実行できるか、できないか、その場に立ってみないと判らない。
白露のサギソウ
白露の数珠は蜘蛛の糸 飛翔する鷺の翼にも白露
二重虹
早朝 小雨の空に架かる巨大な二重虹が現れた。
弧は市街地の上空に始まり、頭上を一直線に伸び、国境の山並を跨ぎ、遠く諏訪湖まで届いているように思えた。
褪色も早い、花火が消えるように色あせて灰色の雲に同化していった。
通勤の途中で稲刈りが終り、綺麗にハゼ掛けされた田んぼを見た。
農繁期が始まる。
学童のころ、田植え時と収穫時に学校が休みになった。
農作業が全て手作業だったその時代、農繁期は猫の手も借りたい程忙しい。
低学年児童も駆り出されて夕暮れまで働いた。
情景を懐かしく思い出す。
花茗荷
ミョウガは年代によって嗜好が変わる野菜である。
子供のころ、あくの強い花茗荷を生食する大人が理解できずにいた。
今はすっかり茗荷の虜になって、朝の食卓に欠かせない。
しかし 茗荷が食べられる期間は本当に短い。
それがいいのかもしれない、1年中食べ続けたらその副作用が恐ろしい。
「ミョウガを食べますか お届けしましょう 下心はありまません」
今朝通勤途中「黒部の太陽」という懐かしい言葉がラジオから聞こえた。
入社当時、人跡未踏の黒部峡谷に巨大な発電用ダムを作る壮大な事業が始まっていた。
詳しいことは判らないが、作業現場に常時数千人が昼夜の作業にあたっていたらしい。
その一郭に作業者の為の診療所が開設され、地元の信州大学から外科医が派遣され勤務していた。
ある時 診療所の医療機器に不具合が出たから来てほしいという依頼がきた。
その医療器が何であったか忘れたが、世界的なダム工事の現場に行けると期待して出かけた。
しかし くだんの診療所は大町側トンネル手前に造成された宿舎群の一郭にあって、残念ながらその時は世紀の建設現場を見ることができなかった。
それからしばらくして、診療所医師の好意で現場を見学する機会を与えられた。
その時はもうコンクリートの打ち込みが始まっていて、見学場所から垂直に切れ込んだダム底に動く人影が蟻のように見えて足がすくんだ。
玩具のバケツのように見えるコンクリーバケットがワイヤーロープにつりさげられゆっくり動いていた。
この地獄に続くような深いV字型峡谷を美しい曲線を描くアーチ型ダムで堰き止めるという。
完成まで何十年も掛かるだろうと思った。
6月勧誘員の熱意にほだされて光回線の契約変更を約束した。
そして昨日切り替え工事が終った、今でもなんの目的で変更したのか自分でもよくわからない。
同じレールの上をいろんな会社の電車が走っている、それぞれの会社が提供するスピード、乗り心地、料金、安全性、サービス、利便性が違うとすれば、お客は明確な意思を持って選択できる。
しかしながら光通信に関して言えば私は理解できないことが大部分だ。
なにが判らないかと問われてもそれすら判らない。
技師さんが引き込み線の光ケーブルを交換してくれた、ケーブルに経年劣化はないらしいが、10年たてば接合部に多少の不都合が生じていたかもしれない。
こころなし液晶画面が明るくなったようだ。
暖冬続きに油断して冬越しの管理を手抜きした。
その結果大きなダメージを与え、今年の開花は絶望的であった。
それでも再生した脇芽に蕾がついて、日毎に成長し、闇夜に神秘的に開花した。
妖し過ぎるから嫌いだという人もいる。
横浜で暮した今は亡き姉からの頒布を受けて、もうかれこれ30年になる。
多い時は一夜に15輪も咲き、我家の季節の花として定着した、爾来連続しての開花が今年も継続できて安心した。
胡蝶ラン
日曜日 甥夫婦が長女真希さんの結婚披露宴招待状届けてくれた。
前から話は聞いたいたけれど、花園に蝶をあしらった四つ折りの台紙に挟まれた招待状を見ると、つい嬉しくなる。
世代でいうと孫の結婚式である。
私達の孫の結婚はもう少し先になるだろうが、その時どんな感情が押し寄せてくるのだろう。
真希さんはご両親に似て、おおらかで気立てがよい、その上美人である。
幾久しいご多幸を祈る。
故人の親族に同道して、菩提寺を訪ねお世話になったお礼と、お布施を届けた。
寺から帰って、仏壇に安置された位牌とお骨にお参りした
親族の孫は5歳、亡くなった祖父とは初対面だという、遺影が飾られた仏壇に向かって神妙に焼香を済ませた。
その無邪気さが、心を和ませてくれる。
私も葬儀の後 三日ぶりの焼香だ。
鍵を開けて玄関に入ると、空き家特有の淀んだ空気がまとわりつく。
この臭いは何だろう。
ついでにシュウカイドウが咲く道を通ってお墓参りした。
この墓はどうなるのだろう、自分に照らし合わせながらそんなことを思った。