姫先生のおめめ

25年間の養護教諭の経験と脳科学、波動理論から引き出すレジリエンス向上について書いています。

「いつか」なんてものは 「ない」

2007年11月30日 | 波動脳科学/主体的人生のリテラシー

 

「いつか」なんてない



「もう少し時間ができたら、いつか、これをやろう」


「いつか、大きな夢をかなえてみせる」


「いつか・・・きっと・・」

私たちがよく使う「いつか」ということば。

以前は、私はよく使っていました。


以前は・・・です。

今は使いません。

だって「いつか」なんていうのは、「ない」に等しいからです。

「いつか」ではなく「今」やる。
「いつか」なんて仮定は、本気じゃないから「いつか」なんだ。

「いつか」を言いつづけていると、心のどこかで「いつかなんて永遠にこない」ってわかっているような気がする。

責任というものが、自分の外にあるのではなく、
すべて自分の中にあるということを、100%受け入れたら、
私たちは、自分の人生の舵取りを自分でできる。

潔い人生の選択をすることができる。

こわいから「いつか」と言い訳をする。


何かの本に「本気と必死は違う」と書いてあった。


必死にならなくても「責任はすべてわが内にあり」ということが、人生の中で生きていれば、なにも恐いものはない。

どこにエネルギーを集中させて、自分の人生を生きていくのか、明確になる。

自分の人生に責任をもって生きていく上で、「何を手放すか」


本当はそれほど大切でもないのに、しがみついている何か。それは、恐いから。

手放してしまうことで、丸裸にされたような恐さがあるのかもしれない。自分そのもので、勝負するということだあから。

恐怖や不安は、「言い訳」を引き出す。


「いつか」はない。


あるのは、今、ここで、何かに対して動くこと。
私が私として生きていく人生において、何かに対して「動いた」時、いかに潔く手放し、いかにい自分の中に「責任」をもてるだろうか。

 


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