本書は、福沢諭吉、長谷川如是閑、丸山真男の三者に焦点をあてて、明治・大正・昭和120年間におけるリベラリズムの展開を追う。
福沢と長谷川に共通するのは、世界への通路として英語を選択し、政治的モデルを英国の漸進的改良主義に求めた点だ。ただし、福沢は古典的リベラリズムにとどまったが、長谷川は社会的デモクラシーに歩を進めることで福沢を「乗り超えた」と著者は見る。
丸山は、その父を通じて長谷川に近く、マルクス主義を経由したリベラリズムは福沢諭吉の復権にも示される。東西のイデオロギー対立の中で、「戦後民主主義の期待可能性と発展に賭け」た。
三者に共通するのは、権力と距離を置いた点だ。影響力は権力によらず、ことに言論すなわち著書、新聞、雑誌を通じて発揮された。
言論の人としては、長谷川如是閑に注目したい。福沢や丸山は活動の力点を教育に移したが、長谷川は終始ジャーナリストであり続けた。その特徴は、ファシズムへの抵抗のしかたにも見られる。常に法の枠内にとどまり、集団的闘争の危険性を見てとると、『我等』の後身『月刊批判』を廃して個人の立場で闘った。西欧的な考えによる外からの批判の限界に気づくと、日本の古典研究を通じて、官憲側が鼓吹する日本主義、皇道精神を内側から突き崩そうとした。こうした「迂回作戦」は、丸山真男の日本政治思想史研究に受けつがれる。時代の先を見とおす眼力もさりながら、状況に応じて柔軟に戦術を変えつつ発言し続けた粘り腰は、もっと知られてよいと思う。
□田中浩『日本リベラリズムの系譜 -福沢諭吉・長谷川如是閑・丸山真男-』(朝日選書、2000)
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福沢と長谷川に共通するのは、世界への通路として英語を選択し、政治的モデルを英国の漸進的改良主義に求めた点だ。ただし、福沢は古典的リベラリズムにとどまったが、長谷川は社会的デモクラシーに歩を進めることで福沢を「乗り超えた」と著者は見る。
丸山は、その父を通じて長谷川に近く、マルクス主義を経由したリベラリズムは福沢諭吉の復権にも示される。東西のイデオロギー対立の中で、「戦後民主主義の期待可能性と発展に賭け」た。
三者に共通するのは、権力と距離を置いた点だ。影響力は権力によらず、ことに言論すなわち著書、新聞、雑誌を通じて発揮された。
言論の人としては、長谷川如是閑に注目したい。福沢や丸山は活動の力点を教育に移したが、長谷川は終始ジャーナリストであり続けた。その特徴は、ファシズムへの抵抗のしかたにも見られる。常に法の枠内にとどまり、集団的闘争の危険性を見てとると、『我等』の後身『月刊批判』を廃して個人の立場で闘った。西欧的な考えによる外からの批判の限界に気づくと、日本の古典研究を通じて、官憲側が鼓吹する日本主義、皇道精神を内側から突き崩そうとした。こうした「迂回作戦」は、丸山真男の日本政治思想史研究に受けつがれる。時代の先を見とおす眼力もさりながら、状況に応じて柔軟に戦術を変えつつ発言し続けた粘り腰は、もっと知られてよいと思う。
□田中浩『日本リベラリズムの系譜 -福沢諭吉・長谷川如是閑・丸山真男-』(朝日選書、2000)
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