(1)立花隆といえば稀代の読書人。毎月十数万円を本に費やし、ネコビルと箱根の第二の仕事場に蔵書7、8万冊をかかえる。
かたや、佐藤優もまた本代が月に20万円(公務員時代は月に10万円)、蔵書1万5千冊の読書人。
くだんの二人が絞りにしぼって推薦図書400冊を抜き出したのが本書。推薦する本のリストと併せて本をめぐる対談を載せる。
(2)まず、ブックリスト1。
判型、古書、新書にこだわらず選ばれた。読者として想定されているのは、
(a)立花隆・・・・文春新書の読者層、
(b)佐藤優・・・・40歳から50歳ぐらいで「教育」の現場に携わる人
ついで、ブックリスト2。
新刊書店にならんでいる入手しやすい本、ことに文庫、新書から選ばれた。想定される読者は、
(a)立花隆・・・・明確には述べていないが、ブックリスト1と同様であるらしい。
(b)佐藤優・・・・20代ないし30代の「がっついた」ビジネス・パーソン、武器として本を使う人。
それぞれのブックリストにおいて、個々の本に係るコメントがついているが、対談(ブックリスト1については第一章、ブックリスト2については第二章から第五章まで)でも話題の流れ、テーマに沿って鳥瞰的にコメントされている。
(3)ブックリスト1のテーマは、宗教から生命科学まで、あらゆる分野におよぶが、立花隆の選択には自然科学系に特徴があり、佐藤優の選択には宗教、政治・国家に特徴がある。
第一章「読書が人類の脳を発達させた」でも、二人のそれぞれの強みが対談に幅をもたせる。
(a)立花隆・・・・インターネットで最先端の情報にたどり着き、わかるためには評価が定まった基礎的な本をまず読んでおかねばならないと、分子生物学の本をとりあげる。そして、両者の共通の関心、たとえば日本の国家社会主義については、打てば響くやりとりが見られる。
(b)佐藤優・・・・グルジア語をふくむコーカサス諸語およびバスク語が世界の文法構造から逸脱していることを指摘し、2008年のグルジア紛争におけるサーカシビリ大統領の世界を驚かせた仕掛けとの関係を推定する。
(4)ブックリスト2をめぐる対談は、四つのテーマに分かれる。
(a)第二章「二十世紀とは何だったか」は、軍事、アメリカの全体主義という一見意外な側面、ブハーリンが自白した謎などにふれながら、新自由主義に乗っかりながら内側から新自由主義を壊していく、という方向づけを示す。
(b)第三章「ニセものに騙されないために」は、日本内外の政治、日本の官僚、諜報、ニセ科学から現代科学まで。
(c)第四章「真の教養は解毒剤になる」は、マルクスの腑分けからはじまって、昭和マルクス主義から新左翼をへて、湯浅誠、雨宮処凛、勝間和代まで。
(d)第五章「知の全体像をつかむには」は、立花隆・佐藤優それぞれの知的形成の体験をふまえて、日本人が弱いディベート能力涵養に役立つ本、語学の学び方、数学と哲学の意義に言及する。そして、知の全体像は、巨大書店の隅から隅までを見てまわることでイメージできる、と立花隆はいう。
(5)本書は、もちろん、タイトルにあるように、教養書のガイドブックとして読んでよい。漫画もすくなからず取りあげられている(たとえば『風の谷のナウシカ』全7巻)から、このあたりから入っていきたい人もいるだろう。
(6)第二章で、佐藤優は、陸軍が航空母艦を建造していた事実を指摘し、こんなことをするのは日本だけ、世界でも異常な国だ、今日に至る縦割り行政の一種である、という。「戦争にはその国の知力が結集されます。だから、軍事には、その国の民族的な性格が表れる。そこが教養としての軍事モノの面白さの一つですね」
かたや、立花隆は、太平洋戦争では戦闘で死んだ兵士より餓死した兵士が圧倒的に多かった事実にふれ、補給戦、日本軍の組織論の本を紹介する。
また、立花隆は、ソマリア紛争への軍事介入の失敗の本を紹介し、これを契機にアメリカの軍事戦略が大きく変わってしまった、という。
以下、アメリカの全体主義という意外な側面、ブハーリンが自白した謎などにふれながら、新自由主義に乗っかりながら内側から新自由主義を壊していく、という方向づけを示して「二十世紀とは何だったか」の章は閉じられる。
(7)ところで、教養とは何か。立花隆は第四章で、「各界で教養人と見なされている人々と恥ずかしくない会話を持続的にかわせるだけの知的能力」ほか、いくつか定義を試みているが、第五章で、教養とは換言すれば人類の知的遺産であり、教養教育とは人類の知的遺産の財産目録を教えることだ、という。こちらの定義のほうが明快だ。
他方、佐藤優は第四章で、思想というものは毒薬だ、と警句をはなち、マルクス主義やキリスト教という毒薬を解毒する力が教養だ、という。「今、自分が遭遇している未知の問題にあったとき、そういうことをテキストから読み取れる力だ」と。
(8)本書はしかし、別の読み方もできる。自分がかつて読んだ本を二人がどう評価し、なぜ必読の教養書に位置づけるかに耳をかたむけるのである。
たとえば、ブックリスト2の特徴の一つは、立花隆が軍事モノを多数入れていることだ。第二章で、立花隆は、太平洋戦争では戦闘で死んだ兵士より餓死した兵士が圧倒的に多かった事実にふれ、補給戦、日本軍の組織論の本を紹介する。また、ソマリア紛争への軍事介入の失敗の本を紹介し、これを契機にアメリカの軍事戦略が大きく変わってしまった、ともいう。
かたや、佐藤優は、陸軍が航空母艦を建造していた事実を指摘し、こんなことをするのは日本だけ、世界でも異常な国だ、今日に至る縦割り行政の一種である、という。「戦争にはその国の知力が結集されます。だから、軍事には、その国の民族的な性格が表れる。そこが教養としての軍事モノの面白さの一つですね」
憲法第9条の遵守と、戦記や戦争映画のファンであることとは矛盾しない、ということだ。その道をきわめ、「民族的な性格」まで至ればよい。
(9)本の選択に異論のある方もいるだろう。たとえば立花隆は、スタンダールの二大主著『赤と黒』および『パルムの僧院』から前者を選択しているが、その理由の説明がない。選者の好み、というしかない。
また、コメントが少々粗い。たとえば立花隆は、『エリック・ホッファー自伝』を「生涯沖仲士をしながら最高の政治哲学を書いたアメリカの哲人」と紹介しているが、1902年生まれのホッファーが沖仲士に就いたのは米国開戦の年、1941年である。青春期のホッファーは季節労働者であり、その体験が『自伝』を短編小説の連作のごとく生彩に富んだものとしているのだ。
二人は第二章で、新書が定期刊行物化し、書き急いで作られることもある、と評しているが、その負の面が本書にも表れている。
(10)第一章の末尾で佐藤優が本書の意図を要約している。すなわち、「日本人よ、世界同時不況だから大いに本を読もう、と私は言いたいですね。今、我々は歴史の転換点に立っているのですから」
第五章の付録、「立花隆による『実戦』に役立つ14カ条」が、大量の本を読みぬき読み破るコツを伝授してくれる。
(11)立花隆が選んだ本も佐藤優が選んだ本も、それぞれの書評で以前に触れた本があるが、今回初めて二人から紹介される本も多い。
これ1冊で400冊を読んだ気になってもよいし、1冊か2冊、自分で読んでみようという気になってもよい。
本は基本的には読み捨てて差し支えない。しかし、その中で、生涯再読を重ねる本に出会うかもしれない。
□佐藤優『ぼくらの頭脳の鍛え方 必読の教養書400冊』(文春新書、2009)/共著:立花隆
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かたや、佐藤優もまた本代が月に20万円(公務員時代は月に10万円)、蔵書1万5千冊の読書人。
くだんの二人が絞りにしぼって推薦図書400冊を抜き出したのが本書。推薦する本のリストと併せて本をめぐる対談を載せる。
(2)まず、ブックリスト1。
判型、古書、新書にこだわらず選ばれた。読者として想定されているのは、
(a)立花隆・・・・文春新書の読者層、
(b)佐藤優・・・・40歳から50歳ぐらいで「教育」の現場に携わる人
ついで、ブックリスト2。
新刊書店にならんでいる入手しやすい本、ことに文庫、新書から選ばれた。想定される読者は、
(a)立花隆・・・・明確には述べていないが、ブックリスト1と同様であるらしい。
(b)佐藤優・・・・20代ないし30代の「がっついた」ビジネス・パーソン、武器として本を使う人。
それぞれのブックリストにおいて、個々の本に係るコメントがついているが、対談(ブックリスト1については第一章、ブックリスト2については第二章から第五章まで)でも話題の流れ、テーマに沿って鳥瞰的にコメントされている。
(3)ブックリスト1のテーマは、宗教から生命科学まで、あらゆる分野におよぶが、立花隆の選択には自然科学系に特徴があり、佐藤優の選択には宗教、政治・国家に特徴がある。
第一章「読書が人類の脳を発達させた」でも、二人のそれぞれの強みが対談に幅をもたせる。
(a)立花隆・・・・インターネットで最先端の情報にたどり着き、わかるためには評価が定まった基礎的な本をまず読んでおかねばならないと、分子生物学の本をとりあげる。そして、両者の共通の関心、たとえば日本の国家社会主義については、打てば響くやりとりが見られる。
(b)佐藤優・・・・グルジア語をふくむコーカサス諸語およびバスク語が世界の文法構造から逸脱していることを指摘し、2008年のグルジア紛争におけるサーカシビリ大統領の世界を驚かせた仕掛けとの関係を推定する。
(4)ブックリスト2をめぐる対談は、四つのテーマに分かれる。
(a)第二章「二十世紀とは何だったか」は、軍事、アメリカの全体主義という一見意外な側面、ブハーリンが自白した謎などにふれながら、新自由主義に乗っかりながら内側から新自由主義を壊していく、という方向づけを示す。
(b)第三章「ニセものに騙されないために」は、日本内外の政治、日本の官僚、諜報、ニセ科学から現代科学まで。
(c)第四章「真の教養は解毒剤になる」は、マルクスの腑分けからはじまって、昭和マルクス主義から新左翼をへて、湯浅誠、雨宮処凛、勝間和代まで。
(d)第五章「知の全体像をつかむには」は、立花隆・佐藤優それぞれの知的形成の体験をふまえて、日本人が弱いディベート能力涵養に役立つ本、語学の学び方、数学と哲学の意義に言及する。そして、知の全体像は、巨大書店の隅から隅までを見てまわることでイメージできる、と立花隆はいう。
(5)本書は、もちろん、タイトルにあるように、教養書のガイドブックとして読んでよい。漫画もすくなからず取りあげられている(たとえば『風の谷のナウシカ』全7巻)から、このあたりから入っていきたい人もいるだろう。
(6)第二章で、佐藤優は、陸軍が航空母艦を建造していた事実を指摘し、こんなことをするのは日本だけ、世界でも異常な国だ、今日に至る縦割り行政の一種である、という。「戦争にはその国の知力が結集されます。だから、軍事には、その国の民族的な性格が表れる。そこが教養としての軍事モノの面白さの一つですね」
かたや、立花隆は、太平洋戦争では戦闘で死んだ兵士より餓死した兵士が圧倒的に多かった事実にふれ、補給戦、日本軍の組織論の本を紹介する。
また、立花隆は、ソマリア紛争への軍事介入の失敗の本を紹介し、これを契機にアメリカの軍事戦略が大きく変わってしまった、という。
以下、アメリカの全体主義という意外な側面、ブハーリンが自白した謎などにふれながら、新自由主義に乗っかりながら内側から新自由主義を壊していく、という方向づけを示して「二十世紀とは何だったか」の章は閉じられる。
(7)ところで、教養とは何か。立花隆は第四章で、「各界で教養人と見なされている人々と恥ずかしくない会話を持続的にかわせるだけの知的能力」ほか、いくつか定義を試みているが、第五章で、教養とは換言すれば人類の知的遺産であり、教養教育とは人類の知的遺産の財産目録を教えることだ、という。こちらの定義のほうが明快だ。
他方、佐藤優は第四章で、思想というものは毒薬だ、と警句をはなち、マルクス主義やキリスト教という毒薬を解毒する力が教養だ、という。「今、自分が遭遇している未知の問題にあったとき、そういうことをテキストから読み取れる力だ」と。
(8)本書はしかし、別の読み方もできる。自分がかつて読んだ本を二人がどう評価し、なぜ必読の教養書に位置づけるかに耳をかたむけるのである。
たとえば、ブックリスト2の特徴の一つは、立花隆が軍事モノを多数入れていることだ。第二章で、立花隆は、太平洋戦争では戦闘で死んだ兵士より餓死した兵士が圧倒的に多かった事実にふれ、補給戦、日本軍の組織論の本を紹介する。また、ソマリア紛争への軍事介入の失敗の本を紹介し、これを契機にアメリカの軍事戦略が大きく変わってしまった、ともいう。
かたや、佐藤優は、陸軍が航空母艦を建造していた事実を指摘し、こんなことをするのは日本だけ、世界でも異常な国だ、今日に至る縦割り行政の一種である、という。「戦争にはその国の知力が結集されます。だから、軍事には、その国の民族的な性格が表れる。そこが教養としての軍事モノの面白さの一つですね」
憲法第9条の遵守と、戦記や戦争映画のファンであることとは矛盾しない、ということだ。その道をきわめ、「民族的な性格」まで至ればよい。
(9)本の選択に異論のある方もいるだろう。たとえば立花隆は、スタンダールの二大主著『赤と黒』および『パルムの僧院』から前者を選択しているが、その理由の説明がない。選者の好み、というしかない。
また、コメントが少々粗い。たとえば立花隆は、『エリック・ホッファー自伝』を「生涯沖仲士をしながら最高の政治哲学を書いたアメリカの哲人」と紹介しているが、1902年生まれのホッファーが沖仲士に就いたのは米国開戦の年、1941年である。青春期のホッファーは季節労働者であり、その体験が『自伝』を短編小説の連作のごとく生彩に富んだものとしているのだ。
二人は第二章で、新書が定期刊行物化し、書き急いで作られることもある、と評しているが、その負の面が本書にも表れている。
(10)第一章の末尾で佐藤優が本書の意図を要約している。すなわち、「日本人よ、世界同時不況だから大いに本を読もう、と私は言いたいですね。今、我々は歴史の転換点に立っているのですから」
第五章の付録、「立花隆による『実戦』に役立つ14カ条」が、大量の本を読みぬき読み破るコツを伝授してくれる。
(11)立花隆が選んだ本も佐藤優が選んだ本も、それぞれの書評で以前に触れた本があるが、今回初めて二人から紹介される本も多い。
これ1冊で400冊を読んだ気になってもよいし、1冊か2冊、自分で読んでみようという気になってもよい。
本は基本的には読み捨てて差し支えない。しかし、その中で、生涯再読を重ねる本に出会うかもしれない。
□佐藤優『ぼくらの頭脳の鍛え方 必読の教養書400冊』(文春新書、2009)/共著:立花隆
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