語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】&鈴木琢磨 日本人の時間軸との違い ~朝鮮人やイスラム教徒~

2018年01月06日 | ●佐藤優


(1)朝鮮人やムスリムの時間感覚
 歴史から現在を読み解くために、「時間」概念の理解が必要だ。特に北朝鮮情報を知るためには、“平壌時間”がどんなものかを知っておくべきだ。“平壌時間”の感覚を理解しなければ、本来見えるはずのものも見えない。時間のスケールが、北朝鮮と日本ではまったく違う。【鈴木】
 それは非常に重要だ。中東情勢を見るときにも、同じ視点が不可欠だ。シーア派のカリフだったフセイン・イブン・アリー(626~680年)は、680年にカルバラーの戦いで殺された。今から1,300年以上前のことだ。しかし、カルバラーの戦いが彼らの間では時空を超え、つい昨日のことのようにリアリティをもって語られる。北朝鮮でも、歴史はまるで現在起きていることのようにリアリティをもっている。「主席様が苦難の行軍を行った」「朝鮮戦争のときに、この場所でアメリカが虐殺を行ったのだ」「金日成主席は、この工場で現地指導を行ってくださった」・・・・これら一つひとつの物語が、ものすごいリアリティをもっている。【佐藤】
 国民に昔のことを繰り返し思い出させようと宣伝している面もあるだろう。そうだとしても、北朝鮮では時間の流れ方が日本人とまったく違う。何十年前に起きたことでも昨日のこととして捉えられる。金日成の抗日パルチザン運動も「昨日起こったこと」だし、朝鮮戦争も「つい昨日まで続いていた」。そんな感覚が国民の間に根づいている。すでにこの世にいない朝鮮戦争の英雄であっても、北朝鮮では今でも英雄になりうる。体制の教化材料としてシンボリックに使える。彼らの間では、金日成は今でも生きている。そういう時間軸で彼らが動いていることを知らなければ、北朝鮮を正確に読み解くことはできない。【鈴木】
 朝鮮半島の高麗がからんでいた鎌倉時代の元寇(1274年、81年)も、豊臣秀吉の朝鮮侵攻(1592~98年)も、日本人にとってはすでに遠い過去の出来事だ。たった1世紀前の日清戦争(1894~95年)や日露戦争(1904~05年)、日韓併合(1910年)も創氏改名の歴史も忘却してしまっている。だから、日本人は30年前に起きた拉致事件を大問題とする。しかし、朝鮮侵攻や日韓併合は問題としない。北朝鮮人にしてみれば、なぜ日本人がここまできれいに史実を忘却しているのか、不思議なのだろう。【佐藤】
 平壌時間と日本時間との大きな齟齬を日本人は理解するべきだ。【鈴木】

(2)歴史的想像力
 歴史を見るときには、豊かな想像力をもつことがとても重要だ。たとえば、150年前の日本では足軽の家と大名の家に区別があった。この区別はなぜ生じたのか。関ヶ原の戦い(1600年)で功績のあった者が、何代にもわたってずっと高い身分を保つことができたのだ。江戸時代は1867年まで続いたから、関ヶ原の戦いから250年以上も経っている。2世紀半にもわたって、先祖がひとつの戦いであげた功績が、子孫の身分や経済状態を規定していた。江戸時代の日本人も、関ヶ原の歴史は昨日のことのようにリアリティをもっていたはずだ。【佐藤】
 戦後生まれの我々は、どうしても戦後のモノサシだけで朝鮮を見てしまいがちだ。植民地支配を正当化しようとするわけでは、毛頭、ない。より自由なモノサシでアジアを眺めてみよ。さすれば、朝鮮への見方が大きく変わる。彼らが今、どんな想像力をもって歴史を語っているのか。そのことは、江戸時代の日本人がもっていたような時間感覚を取り戻さなければ見えてこない。【鈴木】

(3)大正時代が続いている北朝鮮
 歴史を動かすのは人間だ。だから面白い。金正日も歴史好きだ。金正日は、つねに歴史を意識的になぞり、ときには都合よく歴史をつくり替える。金正日の伝記を読んでみると、彼がいかに歴史を意識しているかがわかる。そんな彼らのドラマを読み解くためには、我々も歴史の知識が必要だ。【鈴木】 
 主体元号と大正元号が同じだということは、奇妙な偶然だ。「北朝鮮では大正時代がずっと続いている」と考えてみると、北朝鮮への視点がガラッと変わる。【佐藤】
 金日成が生まれた年を主体元年としている。だから、2007年は主体91年だ。【鈴木】
 ということは、2016年は大正100年【注】だと考えてみればよい。北朝鮮では、永遠に大正時代が続いている。そう考えれば、歴史のパラレルが面白く見えてくる。【佐藤】
 歴史年表を見ると、意外な人物が同じ時代に生きていたことがわかる。【鈴木】
 ヒトラー(1889~1945年)とチャプリン(1889~1977年)は同じ年の生まれだ。【佐藤】
 歴史を読んで、そうした事実に気づくと、震えるような感覚に陥る。北朝鮮で大正時代が今でも続いている、という佐藤の“発見”は面白い。日本人にとってすでに遠い過去となってしまった大正時代が、北朝鮮では現在進行形として続いている。こうしたある種の同時代性の感覚をもつことが大事だ。朝鮮半島と日本は、古くから隣国として貿易してきた。高句麗から日本にやってくる人たちは、大草原のような日本海を馬で駆け抜けていく感覚だったに違いない。高速の工作船に乗って日本の海岸に人知れず漂着し、あっという間に人を拉致して、あっという間に去っていく。かかる大胆な国家犯罪も、歴史を背負っているのではないか。また、北朝鮮を小さな船で脱出し、命からがら青森の漁港に漂着した人たちもいる。船の往来のしかたひとつをとっても、歴史と現在を見比べることによって発見がたくさんある。【鈴木】

 【注】原文は、「2008年は大正92年」である。現時点にアレンジしてみた。

□佐藤優/鈴木琢磨『情報力 -情報戦を勝ち抜く“知の技法”-』(イースト・プレス、2008)の「第3章 相手の真意を的確に見抜く『教養力』」
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