語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【藻谷浩介】株を保有していない大多数の人々にアベノミクスのメリットはない ~里山資本主義からの批判~

2016年09月27日 | 批評・思想
 (1)8月23日、藻谷浩介・日本総研主席研究員【注1】が外国人特派員協会で講演した。
 「新経済対策とアベノミクスの今後」と銘打つ報道昼食会には、白井さゆり・前日本銀行政策委員会審議委員、白川浩道・クレディ・スイス証券株式会社チーフ・エコノミストとともに参加。3人が15分程度のプレゼンテーションをするなか、藻谷氏が示したのは、「株価上昇はアベノミクスの成功の証」という安倍政権の主張が虚構にすぎないことを物語るグラフだった。

 (2)全国各地を飛び回って講演を年間に300回以上こなす藻谷氏は、一つのグラフに日本経済の実態を表す統計を盛り込む。
 第二次安倍政権が誕生した2012年12月以降、
   ①マネタリーベース【注2】が急増した傾向・・・・棒グラフ
   ②「株式の時価総額」が過去30年間(1985~2015年)で乱高下した推移・・・・折れ線グラフ
で表した。二つのグラフはアベノミクスの特徴を端的に物語っている。
 <異次元金融緩和でマネタリーベースが2.5倍以上に増えると同時に、株価が2倍近くにまで跳ね上がった。日本円を刷りまくって、為替相場を円安に誘導するアベノミクスによって、輸出産業の業績は改善して株価上昇をもたらした>
 ・・・・ということを統計データで示したのだ。
 「株価上昇をもたらしたアベノミクスは大成功」という実態を示した上で、藻谷氏は、このグラフにほぼ横ばい状態を続ける「GDP」と「家計最終消費支出」の折れ線グラフを上書きした。すると、
   「異次元金融緩和で株価上昇をしても、実体経済に与える影響は皆無に近い」
という現実が一目でわかる。

 (3)質疑応答で、アベノミクスについて問われた藻谷氏は、こう例えた。
 <お祭りで「ワッショイ、ワッショイ」と騒いでいるようなもので、何もインパクトを与えない。「アブラカダブラ」【注3】と唱えているのにも似ています>
 「株価上昇でアベノミクスは大成功」という安倍政権の“大本営発表”に対して、藻谷氏は「日本人は数字(データ)をチェックする習慣をつけるべき」と言いつつ、「アベノミクスの効果のなさは過去のデータからも容易に予測可能」という指摘をした。
 株価の乱高下は、程度の違いはあるものの、過去5回起きていた(1989年、1994年、1996年、2000年、2007年)。これに対して、二大経済指標である「GDP」も「家計最終消費支出」も、緩やかな上昇傾向から横ばいになるだけで、一度も株価の乱高下に連動することはなかったのだ。藻谷氏が「株価が上がっても下がっても日本経済全体にはほとんど関係がない」というのは、過去30年間のデータを見据えた上での結論であった。
 連動しない理由について、藻谷氏は別途述べている。
 <株が上がって儲けた人がどんどん使えばいいのですが、彼らは金融商品を買うばかりで、国内でモノを買わない。海外にビルが建つだけ。「飢えている人の横で、食べ物を冷蔵庫にしまい込んで腐らせている金持ち」というような行動です>
 株を運用する富裕層を除く国民の大半にとっては、アベノミクスの恩恵は皆無に近い。景気回復の実感がないのは、至極当然の帰結だ。

 (4)経済を建て直すどころか、“お祭り騒ぎ”をしている間に国民に膨大な損失を与えたのが年金積立金管理運用独立法人(GPIF)による年金の巨額損失だ。
 2015年10月29日、藻谷氏は毎日新聞主催の講演会「漂流するアベノミクスと、いま本当に必要なこと」で、今回と同じグラフをパワーポイントで示した。藻谷氏が焦点を当てたのは、乱高下を繰り返した「株式の時価総額」の推移だった。
 <「時価総額」はピークとなった後に下落するもの。「家計最終消費支出(小売総額)」と同レベルになったところで底を打ち、再び上昇に転じる。これは“藻谷の法則”と呼べるかもしれない>
 企業の実態以上に株価は上がっても、バブルが弾けて、実力相応の額に落ち着く。
 と同時に、「安倍政権誕生以降の株価上昇(二倍弱)もいずれバブルが弾けて、政権誕生前のレベルに下がるのは確実」と予想できる。
 このグラフは、データを直視しようとしない安倍政権の怖さを示す。安倍政権になって国民が積み立てた年金の4分の1を株に投資する運用へ変更したことで、年金の巨額損失の恐れがあることは、藻谷氏のグラフを見れば一目瞭然なのだ。
 <年金を株に投資するのはおかしいと思っても(安倍政権の関係者は)誰も口にしない。戦争は止めた方がいいと思っていても原爆が落ちるまで止めなかった戦前の日本と似ています。恐ろしいことです>
 藻谷氏の警告どおり、GPIFは2016年7月、2015年度の実績として5兆円超の運用損失を計上した。

 (5)藻谷氏は、年間300回以上の講演をこなしながら、マネー資本主義を地で行くアベノミクスの代替補完システム「里山資本主義」こそ、地方再生の切り札と訴え続けている。
 50万部を突破した『デフレの正体』では、デフレの主原因が人口減少であることをデータで示し、金融緩和と円安誘導によるデフレ脱却策は「日本経済を壊す危険がある」と政権発足前から主張し、高橋洋一氏ら金融緩和論者(リフレ派)を批判してきた。当然、総理の経済ブレーンであるリフレ派から目の敵にされてきた。
 しかし、現実は藻谷氏が指摘したとおりに動いている。しゃにむに円安誘導してきた安倍政権に対し、藻谷氏は述べている。
 <円安になれば、日本は経常収支赤字国になってしまう。新規国債の消化に支障が出て金利が上昇し、ハイパーインフレや金融セクターの崩壊を招く恐れもあります>
 安倍政権は見向きもしなかったが、藻谷氏の予測どおり、国民は物価高に苦しむことになった。

 【注1】『デフレの正体 ~経済は「人口の波」で動く~』(角川新書(角川oneテーマ21)、2010)、『里山資本主義 ~日本経済は「安心の原理」で動く~』(角川新書(角川oneテーマ21)、2013)。
 【注2】市中に出回るお金の量。
 【注3】むかしの疫病治療の呪文。現在は世界の手品師の掛け声。

□横田一「株を保有していない大多数の人々にアベノミクスの恩恵は皆無 ~「成功」という“大本営発表”を藻谷浩介氏が徹底批判」(「週刊金曜日」2016年9月23日号)
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