語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】移民政策の得失を冷静に分析 ~キューバ移民の第一線学者~

2018年04月26日 | 批評・思想
★ジョージ・ボージャス(岩本正明・訳)『移民の政治経済学』(白水社 2,200円)

 (1)現在、外国人労働者が急増している。過去5年間で60万人増加し、労働力人口増加の4割、就業者数増加の3割弱を占める。
 製造業から小売り、宿泊、飲食、農業などあらゆる業態に広がるが、目立つのは低スキルの技能実習生や留学生の増加だ。人手不足でも賃金の上昇が遅れるのは、外国人労働者の急増が影響しているのかもしれない。

 (2)外国人労働者なしでは経営が成り立たない企業も現れている中、今後の外国人労働政策を考える上で参考にすべき一冊が翻訳された。移民労働者に頼る米国では、それは皆にとって良いことだと多くの専門家が主張する。しかし、本当に米国人に大きなメリットがあるのか。丁寧な分析手法で定評があり、米ハーバード大学で長く研究する第一人者が異論を唱える。
 まず、移民が稼ぐことで、その所得が増え、米国のGDP(国内総生産)は増加する。ただ、そのことと米国人の経済厚生が向上することとは別の話である。移民の所得増加分を除くと、GDPの増加分は実はゼロに近い。移民を活用する企業のメリットは確かに大きいが、移民と競合する国内の低スキル労働者の所得減少に相殺される。つまり、国内の低スキル労働者から企業へ所得移転が生じているのだ。本書は、移民の経済効果の本質が所得分配の問題であることを炙り出す。

 (3)GDPの押し上げや企業業績への貢献から移民は望ましいという主張が多いが、丁寧な分析を基に、どこに負担が発生するのかを明確にした。また、移民の増加で、財政負担が増える可能性も論じる。近年、低スキルで低賃金の移民が増加傾向にあるため、社会給付を受ける人が増えているのだ。

 (4)2016年の米大統領選挙では、移民の排斥を訴えるトランプ氏が、著者の分析を何度も好意的に引用した。しかし、著者は移民否定論者ではない。幼いころにキューバから移住した異色の経歴の持ち主で、移民の受け入れは、途上国の人々に大きなチャンスを提供するため人道的に望ましいと論じる。
 ただ、不利益を被る国内の低スキル労働者に配慮し、所得分配を強化することや、米国の労働者にプラスの波及効果をもたらす高い技能を持つ移民をバランスよく受け入れるべきだという。また、急激な大量流入は、米国社会への同化を遅らせるため、社会負担が大きく、避けるべきだとも論じる。

 (5)日本では、2017年11月に技能実習生の滞在期間を3年間から5年間に延長した。このまま人手不足が続けば、さらに延長される可能性もあるが、目先の問題にばかり捉われず、長期的影響を十分に検討する必要があるだろう。

□河野龍太郎(BNPパリバ証券経済調査本部長)「キューバ移民の第一線学者が移民政策の得失を冷静に分析  ~私の「イチオシ収穫本」~」(「週刊ダイヤモンド」2018年4月14日号)
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 【参考】
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【本】つげ義春は文章も面白い ~『つげ義春とぼく』~
【本】バブルを描く古典的名著 ~『バブルの物語 暴落の前に天才がいる』~
【本】塩野七生、最後の歴史大長編 ~『ギリシア人の物語3』~
【本】日本銀行はどのようにして政治的に追い込まれたのか ~『日銀と政治 暗闘の20年史』~
【本】最悪の選択は現状維持と分析 ~黒田日銀の5年間を問う好著~
【本】麻薬撲滅のための経済学思考 ~アピールと説得の理論と方法~
【本】モンゴルのユーラシア制覇 ~『モンゴルvs.西欧vs.イスラム 13世紀の世界大戦』~
【本】歴史はどう繰り返すのか ~『歴史からの発想』~
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【本】北朝鮮核危機を描く労作 ~『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』~
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【本】80年代中世ブームの傑作 ~『一揆』~
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『【本】『世界をまどわせた地図』
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【佐藤優】宗教改革の物語 ~近代、民族、国家の起源~」」
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