★クリントン・ロメシャ(伏見威蕃・訳)『レッド・プラトーン 14時間の死闘』(早川書房 2,500円)
(1)すでに、16年が経過した。2001年9月11日の米同時多発テロ事件を受けて始まった米国の「テロとの戦争」は、米国史上最長の戦争となっている。直接的な当事者でない日本人には、どうしても無関係な戦いのように感じられるが、今回、紹介する体験記は、そうした距離感を完全に吹き飛ばしてくれる。
著者は、2009年10月に中央アジアのアフガニスタンにあった米軍の前哨拠点の一つで発生した「キーティングの戦い」に参加した兵士である。クリントン・ロメシャ元米陸軍2等軍曹は、戦闘の激しさから全米でも大きな注目を集めた戦いにおける戦功が認められ、後に米兵が個人として受ける最高位の名誉勲章を叙勲された人物だ。
(2)本書の特色は3点ある。
(a)まず、何といっても戦闘描写の鮮やかさである。キーティングの戦いは、戦略的価値の乏しい前哨拠点に駐留していた50人の米兵が、突然、300人ものタリバン兵による一斉攻撃を受けた。それから14時間にわたって続いた悲惨な戦闘の様子が、時系列を追って詳細に描かれている。
著者は、ドキュメンタリー化に当たり、当事者としての体験ばかりでなく、関係者にも相当のリサーチを行ったことが見て取れる。
(b)次に、それらの人物の描写が徹底してリアルな点だ。得てして戦記物には、登場人物を英雄化したり美化したりする傾向が見られる。だが、本書は一般的な兵士の強烈な個性や歪んだ性格などをありのままに描く。それが、かえって物語にリアリティーを与えている。
(c)最後は、戦略的な間違いを戦術で取り返すことの難しさを実感させてくれるところであろう。
(3)そもそもキーティングの戦いが起こったきっかけは、米軍がアフガニスタンで「反政府活動制圧ドクトリン」に基づいて、ヘリコプターがなければ移動できないような孤絶した地区に前哨拠点を置いたことだ。この戦略的な間違いのおかげで、戦術レベルで兵士が苦悩する様子が生々しく描かれる。
上層部の判断ミスにより、現場にしわ寄せが及ぶ--。こうした顛末は、日本のビジネスマンにも共感できる部分がありそうだ。
(4)本書に批判するべき点があるとすれば、戦闘相手のタリバン側の事情についてほとんど触れられていないことである。本書は、あくまでも米国側の視点に立ったもので、「なぜこの戦いが行われたのか」という根本的な問題から目がそらされてしまう懸念がある。
ただし、圧倒的な筆力と語り口により、最前線での米兵の戦いを“手に汗握る物語”として読み進められるところは秀逸である。
□奥山真司(IGIJ(国際地政学研究所)上席研究員)「米兵のありのままが描かれた実録・テロとの戦争の最前線 ~私の「イチオシ収穫本」~」(「週刊ダイヤモンド」2018年5月12日号)
【参考】
「【片山善博】【本】地域づくりの要諦を学ぶ ~『地域からつくる 内発的発展論と東北学』~」
「【本】世界中で食べられるトマト缶 ~消費者が知らない驚愕の事実~」
「【本】移民政策の得失を冷静に分析 ~キューバ移民の第一線学者~」
「【本】戦前から日本は変わらず ~1940年体制~」
「【本】いかに“米中戦争”を避けるか ~歴史から国際政治を類推する~」
「【本】つげ義春は文章も面白い ~『つげ義春とぼく』~」
「【本】バブルを描く古典的名著 ~『バブルの物語 暴落の前に天才がいる』~」
「【本】塩野七生、最後の歴史大長編 ~『ギリシア人の物語3』~ 」
「【本】日本銀行はどのようにして政治的に追い込まれたのか ~『日銀と政治 暗闘の20年史』~」
「【本】最悪の選択は現状維持と分析 ~黒田日銀の5年間を問う好著~」
「【本】麻薬撲滅のための経済学思考 ~アピールと説得の理論と方法~」
「【本】モンゴルのユーラシア制覇 ~『モンゴルvs.西欧vs.イスラム 13世紀の世界大戦』~」
「【本】歴史はどう繰り返すのか ~『歴史からの発想』~」
「【本】社会変革のヒントを得る ~『フィンランド 豊かさのメソッド』~」
「【本】時流に流されないために ~『誰か「戦前」を知らないか 夏彦迷惑問答』~」
「【本】戦争の矛盾がよく理解できる/存在自体が珍しい軍事技術書 ~『兵士を救え! (珍)軍事研究』~」
「【本】北朝鮮核危機を描く労作 ~『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』~」
「【本】スウェーデンの高福祉で高競争力、両立の秘密 ~『政治経済の生態学』~」
「【本】ネット時代のテロリズムはどこから生まれてくるのか ~『グローバル・ジハードのパラダイム: パリを」
「【本】1920年代の経済報道に学ぶ ~『経済失政はなぜ繰り返すのか メディアが伝えた昭和恐慌』~」
「【本】朝日新聞・書評委員が選ぶ「今年の3点」(抄)」
「【本】著者の知的誠実さに打たれる日韓問題を深く理解できる書 ~『「地政心理」で語る半島と列島』~」
「【本】人の判断はなぜ歪むのか/2人の研究者の友情物語 ~『かくて行動経済学は生まれり』~ 」
「【本】エネルギーの本質を学ぶ ~『エネルギーを選びなおす』~」
「【本】JR九州の勢いの秘密を凝縮 ~読んで元気が出る人間の物語~」
「【本】日本は英国の経験に学べ ~『イギリス近代史講義』~」
「【本】噴火の時待つ巨額損失のマグマ ~『異次元緩」
「【本】“立憲主義”の由来を知る ~『立憲非立憲』~」
「【本】日本語特殊論に与せず ~『英語にも主語はなかった』~」
「【本】小国の視点で歴史を学ぶ ~『石油に浮かぶ国/クウェートの歴史と現実』~」
「【本】日本における婚姻を考える ~『婚姻の話』~」
「【本】元財務官僚のエコノミストが日本経済復活の処方箋を説く ~『日本を救う最強の経済論』~ 」
「【本】歴史を知らずに大人になる不幸 ~『戦争の大問題 それでも戦争を選ぶのか。』~」
「【本】私たちの食卓はどうなるのか ~工業化された食糧生産の脆さ~」
「【本】歪み増殖していく物語に迷う ~『森へ行きましょう』~」
「【本】加工食品はどこから来たのか ~軍隊と科学の密な関係~ 」
「【本】80年代中世ブームの傑作 ~『一揆』~」
「【本】万華鏡のように迫る名著 ~『新装版 資本主義・社会主義・民主主義』~」
「『【本】『世界をまどわせた地図』」
「【本】率直過ぎる米情報将校の直言 ~『戦場 -元国家安全保障担当補佐官による告発』~」
「【佐藤優】宗教改革の物語 ~近代、民族、国家の起源~」」
「【本】舌鋒鋭く世の中の本質に迫る/地球規模で読まれた洞察の書 ~『反脆弱性』~」
「【本】【神戸】「自己満足」による過剰開発のツケ ~『神戸百年の大計と未来』~」
「【本】英国は“対岸の火事”にあらず ~新自由主義による悲惨な末路~」
「【本】人材開発でもPDCAを回す ~戦略的に人事を考える必読書~」
「【本】仮想通貨が通用する理屈 ~『経済ってそういうことだったのか会議』~」
「【本】進化認知学の世界への招待 ~『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』『動物になって生きてみた』~」
「【本】「戦争がつくっった現代の食卓」 ~ネイティック研究所~」
「【本】IT革命、コミュニケーションの変容、家族の繋がりが希薄化 ~『「サル化」する人間社会』~」
「【本】生命はいかに「調節」されるかを豊富な事例で解き明かす ~『セレンゲティ・ルール』~」
「【本】メディアの問題点をえぐる ~『勝負の分かれ目 メディアの生き残りに賭けた男たちの物語』~」
「【本】テイラー・J・マッツェオ『歴史の証人 ホテル・リッツ』」
「【本】中国から見た邪馬台国とは」
「【本】核兵器は世界を平和にするか ~著名学者2人がガチンコ対決~」
「【本】『戦争がつくった現代の食卓 軍と加工食品の知られざる関係』」
「【本】梅原猛『梅原猛の授業 仏教』」
「【本】東芝が危機に陥った原因は「サラリーマン全体主義」 ~『東芝 原子力敗戦』~」
「【本】バブル崩壊後の経済を総括 ~『日本の「失われた20年」』~」
「【本】20世紀英国は実は軍事色が濃厚 ~通念を覆す『戦争国家イギリス』」
「【本】時代による変化、方言など ~『オノマトペの謎 ピカチュウからモフモフまで』~」
「【本】冷笑的な気分に喝を入れる警告と啓発に満ちた本 ~『日本中枢の狂謀』~」
「【本】物質至上主義批判の古典 ~『スモール イズ ビューティフル』~」
「【本】日本近現代史を学び直す ~『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』~」
「【本】精神の自由掲げた9人の輝き ~『暗い時代の人々』~」
「【本】遊牧民は「野蛮」ではなかった ~俗説を覆すユーラシアの通史~」
「【本】いつも同じ、ブレないのだ ~『ブラタモリ』(1~8)~」
「【本】分裂する米国を論じた労作 ~『階級 「断絶」社会 アメリカ』~」
「【本】否応なきグローバル化、つながることの有用性 ~「接続性」の地政学~」
「【本】読書の効用、ゆっくり丹念な ~より速く成果を出すメソッド~」
「【本】国谷裕子『キャスターという仕事』」
(1)すでに、16年が経過した。2001年9月11日の米同時多発テロ事件を受けて始まった米国の「テロとの戦争」は、米国史上最長の戦争となっている。直接的な当事者でない日本人には、どうしても無関係な戦いのように感じられるが、今回、紹介する体験記は、そうした距離感を完全に吹き飛ばしてくれる。
著者は、2009年10月に中央アジアのアフガニスタンにあった米軍の前哨拠点の一つで発生した「キーティングの戦い」に参加した兵士である。クリントン・ロメシャ元米陸軍2等軍曹は、戦闘の激しさから全米でも大きな注目を集めた戦いにおける戦功が認められ、後に米兵が個人として受ける最高位の名誉勲章を叙勲された人物だ。
(2)本書の特色は3点ある。
(a)まず、何といっても戦闘描写の鮮やかさである。キーティングの戦いは、戦略的価値の乏しい前哨拠点に駐留していた50人の米兵が、突然、300人ものタリバン兵による一斉攻撃を受けた。それから14時間にわたって続いた悲惨な戦闘の様子が、時系列を追って詳細に描かれている。
著者は、ドキュメンタリー化に当たり、当事者としての体験ばかりでなく、関係者にも相当のリサーチを行ったことが見て取れる。
(b)次に、それらの人物の描写が徹底してリアルな点だ。得てして戦記物には、登場人物を英雄化したり美化したりする傾向が見られる。だが、本書は一般的な兵士の強烈な個性や歪んだ性格などをありのままに描く。それが、かえって物語にリアリティーを与えている。
(c)最後は、戦略的な間違いを戦術で取り返すことの難しさを実感させてくれるところであろう。
(3)そもそもキーティングの戦いが起こったきっかけは、米軍がアフガニスタンで「反政府活動制圧ドクトリン」に基づいて、ヘリコプターがなければ移動できないような孤絶した地区に前哨拠点を置いたことだ。この戦略的な間違いのおかげで、戦術レベルで兵士が苦悩する様子が生々しく描かれる。
上層部の判断ミスにより、現場にしわ寄せが及ぶ--。こうした顛末は、日本のビジネスマンにも共感できる部分がありそうだ。
(4)本書に批判するべき点があるとすれば、戦闘相手のタリバン側の事情についてほとんど触れられていないことである。本書は、あくまでも米国側の視点に立ったもので、「なぜこの戦いが行われたのか」という根本的な問題から目がそらされてしまう懸念がある。
ただし、圧倒的な筆力と語り口により、最前線での米兵の戦いを“手に汗握る物語”として読み進められるところは秀逸である。
□奥山真司(IGIJ(国際地政学研究所)上席研究員)「米兵のありのままが描かれた実録・テロとの戦争の最前線 ~私の「イチオシ収穫本」~」(「週刊ダイヤモンド」2018年5月12日号)
【参考】
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「【本】社会変革のヒントを得る ~『フィンランド 豊かさのメソッド』~」
「【本】時流に流されないために ~『誰か「戦前」を知らないか 夏彦迷惑問答』~」
「【本】戦争の矛盾がよく理解できる/存在自体が珍しい軍事技術書 ~『兵士を救え! (珍)軍事研究』~」
「【本】北朝鮮核危機を描く労作 ~『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』~」
「【本】スウェーデンの高福祉で高競争力、両立の秘密 ~『政治経済の生態学』~」
「【本】ネット時代のテロリズムはどこから生まれてくるのか ~『グローバル・ジハードのパラダイム: パリを」
「【本】1920年代の経済報道に学ぶ ~『経済失政はなぜ繰り返すのか メディアが伝えた昭和恐慌』~」
「【本】朝日新聞・書評委員が選ぶ「今年の3点」(抄)」
「【本】著者の知的誠実さに打たれる日韓問題を深く理解できる書 ~『「地政心理」で語る半島と列島』~」
「【本】人の判断はなぜ歪むのか/2人の研究者の友情物語 ~『かくて行動経済学は生まれり』~ 」
「【本】エネルギーの本質を学ぶ ~『エネルギーを選びなおす』~」
「【本】JR九州の勢いの秘密を凝縮 ~読んで元気が出る人間の物語~」
「【本】日本は英国の経験に学べ ~『イギリス近代史講義』~」
「【本】噴火の時待つ巨額損失のマグマ ~『異次元緩」
「【本】“立憲主義”の由来を知る ~『立憲非立憲』~」
「【本】日本語特殊論に与せず ~『英語にも主語はなかった』~」
「【本】小国の視点で歴史を学ぶ ~『石油に浮かぶ国/クウェートの歴史と現実』~」
「【本】日本における婚姻を考える ~『婚姻の話』~」
「【本】元財務官僚のエコノミストが日本経済復活の処方箋を説く ~『日本を救う最強の経済論』~ 」
「【本】歴史を知らずに大人になる不幸 ~『戦争の大問題 それでも戦争を選ぶのか。』~」
「【本】私たちの食卓はどうなるのか ~工業化された食糧生産の脆さ~」
「【本】歪み増殖していく物語に迷う ~『森へ行きましょう』~」
「【本】加工食品はどこから来たのか ~軍隊と科学の密な関係~ 」
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「【本】舌鋒鋭く世の中の本質に迫る/地球規模で読まれた洞察の書 ~『反脆弱性』~」
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「【本】生命はいかに「調節」されるかを豊富な事例で解き明かす ~『セレンゲティ・ルール』~」
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「【本】テイラー・J・マッツェオ『歴史の証人 ホテル・リッツ』」
「【本】中国から見た邪馬台国とは」
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「【本】梅原猛『梅原猛の授業 仏教』」
「【本】東芝が危機に陥った原因は「サラリーマン全体主義」 ~『東芝 原子力敗戦』~」
「【本】バブル崩壊後の経済を総括 ~『日本の「失われた20年」』~」
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「【本】国谷裕子『キャスターという仕事』」