【凡例】
X・・・・2011年11月から2012年10月までの1年間
Y・・・・2010年11月から2011年10月までの1年間(Xの前年同期)
Z・・・・2006年11月から2007年10月までの1年間(リーマンショック前)
(1)日本の貿易収支は、3・11以来、若干の例外を除き、月ベースで赤字になっている。
⇒ Xは5.3兆円の赤字(Yの赤字1.7兆円の3倍超)。2011年の貿易統計ベースの赤字は2.6兆円だった。
⇒ 2012年の貿易収支の赤字は、8.2兆円という巨額となる(サービス収支の赤字を加えると、10兆円程度)。
(2)所得収支の黒字は14兆円程度あると考えられるので、経常収支の黒字は維持できるだろう。しかし、3・11前に比べて状況が大きく変化したことは間違いない。よって、貿易赤字拡大の要因を把握することが重要だ。
輸出は、2012年6月以降、対前年比マイナスが続いている。格別の円高が進行していないのにこうなっている点が重要だ。
(3)対中輸出月額を前年同月比で見ると、
(a)2010年においては10~40%増と極めて高い値が続いた。
(b)しかし、2011年4月ごろからマイナスの伸びも見られるようになり、2012年6月からはマイナスが継続している。2012年10月の対前年同月比は、12%の減だ。Xの輸出額は11.8兆円となった。これはYの13.2兆円の1割減だ。
(c)対中輸出減少の原因・・・・一般には、ユーロ安のために中国の対EU輸出が伸び悩み、その影響で日本の対中輸出が減少している、と言われる。しかし、中国の輸出総額の伸び率は依然としてプラスだ。それに対して日本の対中輸出は減少している。だから、別の大きな要因がある。
(d)対中輸出のうち減少が著しいのは、建設機械や資材などだ。他方、輸出産業向けの部品輸出はそれほど落ち込んでいない。よって、原因は輸出ではなく、投資支出の減少だ。
(e)中国のGDPでは、固定資本形成が極めて高い比重を占めている(50%に近い)。よって、これが変動すると、GDPや輸入に大きな影響が及ぶ。中国は、経済危機後の2008年から2009年にかけて、極めて大規模な投資増加策をとった(<例>高速鉄道・高速道路建設)。金融緩和策によって住宅建設も増加した。こうした政策が終了したのだ。
(f)(e)の結果、経済全体の投資額の伸びが低下し、その影響で日本からの輸入が減ったのだ。つまり、2009年から2010年ごろの増加が異常だったのだ。これは一時的な現象で、再現されることはない。
(4)対米輸出は、
(a)月額では2011年11月から対前年比で増加し続けている。
⇒ この結果、Xでは11.1兆円となった(Yの10.0兆円の11.9%増)。ただし、Zでは17.1兆円だったから、それに比べてば大きく落ち込んだままだ。Zの頃の異常な輸出増は、円安バブルと米国住宅価格バブルによるものであり、もう再現することはない。
(b)2012年6月からの輸出の減少は、循環的なものではなく、構造的なものだ。日本が貿易立国を続けるのは極めて難しくなった。
(5)以上の状況に対する対応策として一般に考えられているのは円安政策(⇒輸出の増加を期待)だ。
(a)しかし、輸出減は構造的なものだから、この政策は成功しない。実際、円高が進まなかったにもかかわらず輸出が減っているのだ。だから、さらに円安になっても、輸出は増えない。
(b)他方、円安が進めば、輸入額は増加する。 ⇒ 特に発電用燃料において深刻な問題を引き起こす。LNG輸入は、Xで6兆円になった(Xの鉱物性燃料の輸入額24兆円の4分の1)。しかも、輸入額の増加が著しい。Xの輸入数量はYの13.9%増であるのに対して、金額では6.5%増(1.6兆円増)にものぼる。この主要な要因は
①LNGの価格上昇だ。しかし、
②為替レート変化の影響も無視できない。Xの円ドルレート月末値の平均は1ドル=79.0円だ。これは2011年9月のレート(76.7円)より3%ほど円安だ。よって、為替レートが2011年9月当時のままであれば、XのLNG輸入額は1,800億円ほど少なくなっていたはずだ。
(c)電灯料と電力料の電気事業10社合計は14.5兆円だ(2011年度)。(b)-②でみたLNG輸入額の増加1.6兆円はほぼ自動的に電気料金に転嫁されるため、電気料金は11.1%ほど上昇せざるをえない。そのうち1.2%分程度は円安によるものだ。
(d)2012年11月以降、顕著な円安が進んでいる。11月と12月の平均レートは84.5円であり、2011年9月より10%も安い。したがって、円安による電気料金引き上げ効果は強まっているわけだ。
(e)電気料金上昇は、あらゆる日本企業の生産コストを引き上げる。特に製造業=電力多使用産業にとっては、利益を大きく圧迫する要因だ。発電の火力シフトも、LNG輸入の増加も、電気料金の値上げも、不可避だ。しかし、電気料金上昇の一部分は、円安がなければ回避できた。
(f)円安による輸入額増加は、すべての輸入について言える。円安は貿易赤字を拡大させる。円安は、企業の生産コストを引き上げて輸出競争力を低下させるだけではなく、マクロ経済にも問題をもたらす。
(g)(f)は、オイルショック後の英国と似た状態だ。ポンド安が輸出を増加させず、貿易赤字が拡大して、英国経済は疲弊した。
(h)現在の日本でも、輸出国のモデル(原料や燃料を輸入して国内で加工して、それを輸出する)がもはや成立しなくなっている。円安を追い求めれば、輸入金額は増える。他方で、輸出は増えない。かくしてますます傷が深まる。
(6)国際収支について言えば、輸出の増加を追及するのではなく、所得収支の黒字拡大をめざすべきだ。
これは英国が実現したことだ。英国の製造業はオイルショックによる痛手から回復できなかったが、代わって金融業が成長した。 ⇒ 1990年代に英国に大繁栄をもたらした。
これを実現したのは、金融業における大幅な規制緩和だった。わけても、外資に対して門戸を開いた効果が大きい。
□野口悠紀雄「幻の輸出国を追い円安を求め続ける愚 ~「超」整理日記No.643~」(「週刊ダイヤモンド」2013年1月19日号)
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X・・・・2011年11月から2012年10月までの1年間
Y・・・・2010年11月から2011年10月までの1年間(Xの前年同期)
Z・・・・2006年11月から2007年10月までの1年間(リーマンショック前)
(1)日本の貿易収支は、3・11以来、若干の例外を除き、月ベースで赤字になっている。
⇒ Xは5.3兆円の赤字(Yの赤字1.7兆円の3倍超)。2011年の貿易統計ベースの赤字は2.6兆円だった。
⇒ 2012年の貿易収支の赤字は、8.2兆円という巨額となる(サービス収支の赤字を加えると、10兆円程度)。
(2)所得収支の黒字は14兆円程度あると考えられるので、経常収支の黒字は維持できるだろう。しかし、3・11前に比べて状況が大きく変化したことは間違いない。よって、貿易赤字拡大の要因を把握することが重要だ。
輸出は、2012年6月以降、対前年比マイナスが続いている。格別の円高が進行していないのにこうなっている点が重要だ。
(3)対中輸出月額を前年同月比で見ると、
(a)2010年においては10~40%増と極めて高い値が続いた。
(b)しかし、2011年4月ごろからマイナスの伸びも見られるようになり、2012年6月からはマイナスが継続している。2012年10月の対前年同月比は、12%の減だ。Xの輸出額は11.8兆円となった。これはYの13.2兆円の1割減だ。
(c)対中輸出減少の原因・・・・一般には、ユーロ安のために中国の対EU輸出が伸び悩み、その影響で日本の対中輸出が減少している、と言われる。しかし、中国の輸出総額の伸び率は依然としてプラスだ。それに対して日本の対中輸出は減少している。だから、別の大きな要因がある。
(d)対中輸出のうち減少が著しいのは、建設機械や資材などだ。他方、輸出産業向けの部品輸出はそれほど落ち込んでいない。よって、原因は輸出ではなく、投資支出の減少だ。
(e)中国のGDPでは、固定資本形成が極めて高い比重を占めている(50%に近い)。よって、これが変動すると、GDPや輸入に大きな影響が及ぶ。中国は、経済危機後の2008年から2009年にかけて、極めて大規模な投資増加策をとった(<例>高速鉄道・高速道路建設)。金融緩和策によって住宅建設も増加した。こうした政策が終了したのだ。
(f)(e)の結果、経済全体の投資額の伸びが低下し、その影響で日本からの輸入が減ったのだ。つまり、2009年から2010年ごろの増加が異常だったのだ。これは一時的な現象で、再現されることはない。
(4)対米輸出は、
(a)月額では2011年11月から対前年比で増加し続けている。
⇒ この結果、Xでは11.1兆円となった(Yの10.0兆円の11.9%増)。ただし、Zでは17.1兆円だったから、それに比べてば大きく落ち込んだままだ。Zの頃の異常な輸出増は、円安バブルと米国住宅価格バブルによるものであり、もう再現することはない。
(b)2012年6月からの輸出の減少は、循環的なものではなく、構造的なものだ。日本が貿易立国を続けるのは極めて難しくなった。
(5)以上の状況に対する対応策として一般に考えられているのは円安政策(⇒輸出の増加を期待)だ。
(a)しかし、輸出減は構造的なものだから、この政策は成功しない。実際、円高が進まなかったにもかかわらず輸出が減っているのだ。だから、さらに円安になっても、輸出は増えない。
(b)他方、円安が進めば、輸入額は増加する。 ⇒ 特に発電用燃料において深刻な問題を引き起こす。LNG輸入は、Xで6兆円になった(Xの鉱物性燃料の輸入額24兆円の4分の1)。しかも、輸入額の増加が著しい。Xの輸入数量はYの13.9%増であるのに対して、金額では6.5%増(1.6兆円増)にものぼる。この主要な要因は
①LNGの価格上昇だ。しかし、
②為替レート変化の影響も無視できない。Xの円ドルレート月末値の平均は1ドル=79.0円だ。これは2011年9月のレート(76.7円)より3%ほど円安だ。よって、為替レートが2011年9月当時のままであれば、XのLNG輸入額は1,800億円ほど少なくなっていたはずだ。
(c)電灯料と電力料の電気事業10社合計は14.5兆円だ(2011年度)。(b)-②でみたLNG輸入額の増加1.6兆円はほぼ自動的に電気料金に転嫁されるため、電気料金は11.1%ほど上昇せざるをえない。そのうち1.2%分程度は円安によるものだ。
(d)2012年11月以降、顕著な円安が進んでいる。11月と12月の平均レートは84.5円であり、2011年9月より10%も安い。したがって、円安による電気料金引き上げ効果は強まっているわけだ。
(e)電気料金上昇は、あらゆる日本企業の生産コストを引き上げる。特に製造業=電力多使用産業にとっては、利益を大きく圧迫する要因だ。発電の火力シフトも、LNG輸入の増加も、電気料金の値上げも、不可避だ。しかし、電気料金上昇の一部分は、円安がなければ回避できた。
(f)円安による輸入額増加は、すべての輸入について言える。円安は貿易赤字を拡大させる。円安は、企業の生産コストを引き上げて輸出競争力を低下させるだけではなく、マクロ経済にも問題をもたらす。
(g)(f)は、オイルショック後の英国と似た状態だ。ポンド安が輸出を増加させず、貿易赤字が拡大して、英国経済は疲弊した。
(h)現在の日本でも、輸出国のモデル(原料や燃料を輸入して国内で加工して、それを輸出する)がもはや成立しなくなっている。円安を追い求めれば、輸入金額は増える。他方で、輸出は増えない。かくしてますます傷が深まる。
(6)国際収支について言えば、輸出の増加を追及するのではなく、所得収支の黒字拡大をめざすべきだ。
これは英国が実現したことだ。英国の製造業はオイルショックによる痛手から回復できなかったが、代わって金融業が成長した。 ⇒ 1990年代に英国に大繁栄をもたらした。
これを実現したのは、金融業における大幅な規制緩和だった。わけても、外資に対して門戸を開いた効果が大きい。
□野口悠紀雄「幻の輸出国を追い円安を求め続ける愚 ~「超」整理日記No.643~」(「週刊ダイヤモンド」2013年1月19日号)
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