語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【野口悠起雄】危機に直面するのは英国よりEU ~英国のEU離脱~

2016年07月22日 | ●野口悠紀雄
 (1)英国のEU離脱は、欧州にも影響を及ぼしている。EU離脱のドミノ効果を引き起こす可能性が高い。オランダ、チェコ、フランスでもEU離脱を支持する世論が高まっている。
  (a)オランダで2月に行われた世論調査では、残留が離脱を1%しか上回らなかった。
  (b)チェコで2015年10月に行われた世論調査では、EU離脱の支持率は62%だった。
  (c)フランスでは、2017年の大統領候補として、反EUと移民排斥を掲げる国民戦線党首マリーヌ・ルペンの支持率が最も高く、フランソワ・オーランド大統領の支持は低迷が続いている。最近自死された世論調査では、48%が国民投票(EU残留・離脱を問う)を望んだ。

 (2)EU離脱を求める理由は、国により人によってさまざまだ。
  (a)移民拒否。オランダ、チェコ。
  (b)欧州委員会という巨大官僚機構に対する嫌悪。同委が加盟国に課す経済政策に対する不満が高まっている。余計な規則が経済活力を削いでいるという批判だ。EU官僚は、契約職員や加盟国からの出向職員などを加えると3万人を超す(ちなみに、ローマ帝国の中央官僚はわずか300人程度だった)。
  (c)金融取引税のように金融活動を阻害する政策をEUが導入することへの反対。
  (d)ドイツの「独り勝ち」に対する反感。特にフランスにおいて根強い。【注】
 
 (3)一方、EUを離脱しないのは南欧諸国だ。EUの強い規制によって経済活動を制限されているのに。
 典型例、「ベイルイン」制度。金融機関の再生・破綻処理に際して、公的資金ではなく、銀行の債権保有者が救済資金を負担する制度。2015年12月末に全加盟国で導入が終了し、2016年1月1日に発動された。
 これがまず問題となったのはイタリア。4つの地方銀行が救済資金を受けることになっていたが、その前にベイルイン制度で株主や劣後債の保有者が損失を被ることになった。
 イタリアでは、劣後債を購入する年金生活者が多いため、多くの年金生活者が犠牲となった。預金のすべてを失った年金生活者の首つり自殺が報道され、問題となった。
 2016年からは、株主や劣後債の保有者に限らず、10万ユーロ以上の預金を持つ一般の預金者も対象となった。それが実施されると大問題なので、イタリア政府はこの制度の適用を何とか回避したい。それならばEUを離脱してしまえばよさそうなものだが、イタリアは離脱しないのだ。
 なぜか? それはイタリア経済の現状がヨーロッパ中央銀行(ECB)の政策によって支えられているからだ。
 マリオ・ドラギECB総裁は、「ユーロを守るためには何でもやる」べく、無制限の国債買い入れプログラム(OMT)を導入した。現在のイタリアの金利が抑えられているのはECBが買い支えているからだ。
 もしイタリアがユーロを離脱すれば、この支えがなくなり、たちまち国債の金利が暴騰する。そしてリラは暴落し、イタリア経済が崩壊してしまう。

 (4)ギリシャも似た事情だ。厳しい財政再建条件を課されても離脱しない。なぜならEUやユーロが支えているからだ。
 ところで、南欧諸国の支援のための負担は、主としてドイツが負っている。貿易赤字国に対するファイナンスは、「ターゲット2」と呼ばれる決済システムを通じて移動的に行われる。
 結局、EUやユーロは、イタリア、ギリシャなど支援を求める国と、ドイツなど支援を支える国に分離してしまっているのだ。

 (5)ベイルインに見られるような厳しい政策をEUが打ち出すのは、これまで破綻銀行の処理のために想い負担を余儀なくされてきたドイツの意向があるからだろう。また、ドイツはOMTに対していまだに批判的だ。そして、金融取引税は、投機を嫌うドイツ人の考えから正当化される。  
 これらの政策の背後には、「モノ作りこそ健全な経済活動であり、金融は虚業だ」という考え、そして「財政規律が最優先だ」という考えがある。
 ドイツの不満は、OMTに対して、欧州司法裁判所がすでに合法との判断を下していたにもかかわらず、ドイツ国内で憲法裁判が行われていたことに表れている(6月21日にドイツ憲法裁判所は懸念を示しながらもEU司法裁の判断に従う決定を下した)。
 さらに、ECBのマイナス金利政策に対して、ドイツ国民、金融機関、経済界の不満は高まっている。
 こうして、南欧諸国が支援され続け、それを支えるドイツが厳しい要求を出すという悪循環に陥っている。
 支える側も支えられる側も、EUやユーロのシステムをどこまで維持することができるか?

 【注】例、エマニュエル・トッド『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』(文春新書、2015)

□野口悠紀雄「危機に直面するのはイギリスではなくてEU ~「超」整理日記No.816~」(「週刊ダイヤモンド」2016年7月23日号)
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 【参考】
【野口悠起雄】世界経済の不確実性は長期 ~英国のEU離脱~
【野口悠起雄】日米で経済情勢や政策に著しい違い ~アベノミクスの本質(3)~
【野口悠起雄】期待への働きかけは効果なし ~アベノミクスの本質(2)~
【野口悠起雄】為替と株の投機ゲーム ~アベノミクスの本質(1)~
【野口悠起雄】誰が負担するのか? ~マイナス金利のコスト~
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【経済】外国人投資家は株式から国債へ ~世界金融市場混乱(2)~
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