(承前)
(4)安倍内閣の経済政策においては、期待の役割が強調された。それは、マネーの側面においては機能した。
すなわち、内閣発足以前から大胆な金融緩和を行うと宣言したため、為替レートが今後円安になるとの期待が醸成された。
たまたまその時期は、ユーロ危機が収束に向かい、それまで日本に大量の資金が流入して円高になっていたのが転換しつつある頃だった。このため、世界の投機資金が円安方向への投機に転換し、実際に円安が進行した。これによって、前記のように企業利益の増大と株価上昇が生じたのだ。
経済学の教科書には、為替レートは内外金利差によって動くと書いてある。しかし、今回の円安は、そうした実体経済の動きによって生じたのではなく、投機によって進行したのだ。
このことは、この間に日米金利差が大きく拡大していないことを見ても明らかだ。
期待への働きかけは、確かに機能した。ただし、それは「投機に働きかける」ということだった。
もともとマネーが関連する部分は、投機によって大きく変動し、そしてこれは期待によって大きく変わる。だから、以上のようなことが生じたのは、別に不思議ではない。
他方、しばしば強調された期待効果、すなわち
「物価が上昇すれば、経済が活性化するという期待で賃金が上昇し、消費が増大し、設備投資が増大する」
という効果は生じなかった。・・・・《甲》
(5)(4)の《甲》を見るために、(1)-(a)グループをさらに細分化すると、実質GDP、企業売上高、鉱工業生産指数などは3年間で1.4~1.6%の成長率だ。それに対して、実質賃金の成長率は▲3.9%、家計最終消費支出の成長率は▲1.2%だ。
実質賃金が下落したのは、名目賃金の伸びがはかばしくない半面、円安によって消費者物価が上昇したためだ。それが実質消費のマイナス成長をもたらした。
日本銀行は、インフレ期待が上昇すれば消費が増えるとしているが、実際にはそれと全く逆のことが生じたわけだ。
つまり、実体経済活動に対しては、期待に働きかけるという試みは失敗した。
実体的な経済活動も、期待によって影響を受ける。しかし、投機の場合とは違って、ここで重要な役割を果たすのは、長期的な見通しだ。
そして、長期的な期待は悪化しつつある。なぜなら、消費税率引き上げの再延期などによって、将来の財政の長期的な見通しが悪化しているからだ。消費の低迷状態は、長期的期待が改善しなければ、克服できない。
□野口悠紀雄「アベノミクスの本質は為替と株の投機ゲーム ~「超」整理日記No.814~」(「週刊ダイヤモンド」2016年7月9日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【野口悠起雄】為替と株の投機ゲーム ~アベノミクスの本質(1)~」
「【野口悠起雄】誰が負担するのか? ~マイナス金利のコスト~」
「【野口悠起雄】物価下落は実質賃金を上昇させる ~経済成長~」
「【経済】外国人投資家は株式から国債へ ~世界金融市場混乱(2)~」
「【経済】新年からの世界金融市場混乱の原因 ~「リスクオフ」~」
「【経済】軽減税率が突きつける諸問題(2) ~現存特例措置の見直し~」
「【経済】軽減税率が突きつける諸問題(1) ~現存特例措置~」
「【経済】企業の利益増加で賃金が減る ~理由と対策~」
「【経済】政策にみる安倍政権の思慮不足 ~「新しい3本の矢」~」
「【年金機構】の情報漏洩から学ぶこと(2) ~3つの疑問~」
「【年金機構】の情報漏洩から学ぶこと(1) ~経緯~」
「【経済】日本経済をドルの立場から再評価すると」
「【野口悠紀雄】マイナス成長から抜け出す手段 ~実質消費増大の方法~」
「【経済】今後、狙いと反対のことが起きる ~異次元緩和(2)~」
「【経済】期待を煽り資産価格のみを変化させた ~異次元緩和~」
「【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか(2) ~法人企業統計~」
「【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか ~GDP統計~」
「【経済】小企業や家計の赤字=大企業の利益 ~トリクルダウン(2)~」
「【経済】円安で小企業や家計は赤字 ~トリクルダウンはなぜ生じない?~」
「【経済】円安で貧乏になりゆく日本 ~スタグフレーション~」
「【政治】先の見通しを持たない新成長戦略 ~鎖国的政策~」
「【野口悠紀雄】仮想通貨が財政ファイナンスを阻止 ~経済政策と金融政策~」
「【野口悠紀雄】ビットコインが持つ経済価値はどの程度か?」
(4)安倍内閣の経済政策においては、期待の役割が強調された。それは、マネーの側面においては機能した。
すなわち、内閣発足以前から大胆な金融緩和を行うと宣言したため、為替レートが今後円安になるとの期待が醸成された。
たまたまその時期は、ユーロ危機が収束に向かい、それまで日本に大量の資金が流入して円高になっていたのが転換しつつある頃だった。このため、世界の投機資金が円安方向への投機に転換し、実際に円安が進行した。これによって、前記のように企業利益の増大と株価上昇が生じたのだ。
経済学の教科書には、為替レートは内外金利差によって動くと書いてある。しかし、今回の円安は、そうした実体経済の動きによって生じたのではなく、投機によって進行したのだ。
このことは、この間に日米金利差が大きく拡大していないことを見ても明らかだ。
期待への働きかけは、確かに機能した。ただし、それは「投機に働きかける」ということだった。
もともとマネーが関連する部分は、投機によって大きく変動し、そしてこれは期待によって大きく変わる。だから、以上のようなことが生じたのは、別に不思議ではない。
他方、しばしば強調された期待効果、すなわち
「物価が上昇すれば、経済が活性化するという期待で賃金が上昇し、消費が増大し、設備投資が増大する」
という効果は生じなかった。・・・・《甲》
(5)(4)の《甲》を見るために、(1)-(a)グループをさらに細分化すると、実質GDP、企業売上高、鉱工業生産指数などは3年間で1.4~1.6%の成長率だ。それに対して、実質賃金の成長率は▲3.9%、家計最終消費支出の成長率は▲1.2%だ。
実質賃金が下落したのは、名目賃金の伸びがはかばしくない半面、円安によって消費者物価が上昇したためだ。それが実質消費のマイナス成長をもたらした。
日本銀行は、インフレ期待が上昇すれば消費が増えるとしているが、実際にはそれと全く逆のことが生じたわけだ。
つまり、実体経済活動に対しては、期待に働きかけるという試みは失敗した。
実体的な経済活動も、期待によって影響を受ける。しかし、投機の場合とは違って、ここで重要な役割を果たすのは、長期的な見通しだ。
そして、長期的な期待は悪化しつつある。なぜなら、消費税率引き上げの再延期などによって、将来の財政の長期的な見通しが悪化しているからだ。消費の低迷状態は、長期的期待が改善しなければ、克服できない。
□野口悠紀雄「アベノミクスの本質は為替と株の投機ゲーム ~「超」整理日記No.814~」(「週刊ダイヤモンド」2016年7月9日号)
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【参考】
「【野口悠起雄】為替と株の投機ゲーム ~アベノミクスの本質(1)~」
「【野口悠起雄】誰が負担するのか? ~マイナス金利のコスト~」
「【野口悠起雄】物価下落は実質賃金を上昇させる ~経済成長~」
「【経済】外国人投資家は株式から国債へ ~世界金融市場混乱(2)~」
「【経済】新年からの世界金融市場混乱の原因 ~「リスクオフ」~」
「【経済】軽減税率が突きつける諸問題(2) ~現存特例措置の見直し~」
「【経済】軽減税率が突きつける諸問題(1) ~現存特例措置~」
「【経済】企業の利益増加で賃金が減る ~理由と対策~」
「【経済】政策にみる安倍政権の思慮不足 ~「新しい3本の矢」~」
「【年金機構】の情報漏洩から学ぶこと(2) ~3つの疑問~」
「【年金機構】の情報漏洩から学ぶこと(1) ~経緯~」
「【経済】日本経済をドルの立場から再評価すると」
「【野口悠紀雄】マイナス成長から抜け出す手段 ~実質消費増大の方法~」
「【経済】今後、狙いと反対のことが起きる ~異次元緩和(2)~」
「【経済】期待を煽り資産価格のみを変化させた ~異次元緩和~」
「【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか(2) ~法人企業統計~」
「【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか ~GDP統計~」
「【経済】小企業や家計の赤字=大企業の利益 ~トリクルダウン(2)~」
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「【野口悠紀雄】仮想通貨が財政ファイナンスを阻止 ~経済政策と金融政策~」
「【野口悠紀雄】ビットコインが持つ経済価値はどの程度か?」