語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】逆転につぐ逆転の法定ミステリー ~炎の裁き~

2016年08月14日 | 小説・戯曲

 古い倉庫を始末し、新しく設置した際、古い倉庫から出てきた本の一。

 (1)主人公ピーター・ヘイルの父は、さる法律事務所の代表弁護士、オレゴン州法律家協会の会長経験者。ピーターも弁護士だが、高校からロー・スクールまで成績は劣悪、私生活でも不始末ばかり。要するに、親の庇護の下でかろうじて弁護士でござい、という顔をしていられたのだが、自信だけはたっぷりあって、主任弁護士に任命してもらえない不満を常日ごろ抱いていた。
 とある事件の最終弁論が予定されている朝、父が心臓の発作で倒れた。救急車で運ばれる寸前、父は無効審理の申し立てを厳命する。しかし、野心に燃えたピーターは、あえて父に代わり自分が法廷に立った。傲岸と浅慮の結果は、惨めなものであった。初歩的なミスをおかし、クライエントに大損害を与えたのである。

 (2)父は、ピーターを事務所から追放した。オレゴン州東部のウィタカー市の法律事務所に斡旋したのが、せめての思いやりであった。
 人口1万3千人の町で、年棒1万7千ドル?
 ピーターの失望は深かった。
 事件が、向こうからやってきた。
 ウィタカー市で再会したスティーヴ・マンシー(ロー・スクールの同級生)の、新妻ドナの弟ゲイリー・ハーモンが女子大生殺害の容疑で起訴されたのである。ゲイリーには軽度の知的障害があり、尋問で警察官の誘導にのせられた疑いがある。
 だから勝てる、と見てピーターは弁護を引き受けた。最初、高額の報酬に目がくらみ、事件を失地挽回の機会とだけとらえていたピーターだが、次第に真剣に取り組むにいたる。
 ゲイリーの告白は、知的障害者特有のあいまいさがあり、立証された他の事実との矛盾もあった。
 裁判が進むにつれ、有罪となる見こみが高くなってきた。法廷で対決する検察官、ベッキー・オシェイは、死刑判決を勝ちとることで出世をもくろむ野心家であった。当然、準備は万端おこたりはない。ピーターの反撃は、次々に撃退される。判決の日、陪審員はゲイリーにとって最悪の結論をくだす。

 (3)以下、ネタバレの恐れあり。
 たいがいの法廷物はここでジ・エンドとなるのだが、本書では紙数がまだたっぷり残っている。最後の最後まで、意外な事実がいくつも曝露されるから、息をぬけない。
 伏線がきちんと用意されていている。立証された事実と矛盾するゲイリーの告白すら、ゲイリーの視点に立って事実を見なおせば、事実の別の様相が明らかになる仕組みになっている。
 著者は映画を意識しているらしく、映画談義が本書にちらと出てくる。
 著者はまた、ペリー・メイスンを意識しているらしく、本書に何度かこの名が出てくる。実際、真実を率直に語らない依頼者という点で、また真犯人が依頼者とは別にいるという点でペリー・メイスン・シリーズのパロディだ。ただ、真実を語らないのは知的障害ゆえに表現力に限界があるから、という点で新味を出している。その知的障害の描き方はやや類型的だが、それなりに特徴を描きだしている。

□フィリップ・マーゴリン(田口俊樹・訳)『炎の裁き』(ハヤカワ文庫、2000)
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