語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【生活】ダイエー700品目値下げの「秘密」

2013年06月16日 | 社会
 (1)6月8日、ダイエー新松戸店は、700品目の値下げに踏み切った。平均15%、なかには3割近くの値下げ商品も。菓子からパンなどの食料品から、柔軟剤や造次用品などの日用品、さらにはカーテンなどの雑貨まで。
 <例1>「ブルガリアのむヨーグルト」(明治) 228円→198年(▲13%)
 <例2>「熟成極み素麺」(日清フーズ) 228円→198円(▲18%)
 <例3>柔軟剤「レノアプラス詰替」(P&G) 278円→228円(▲18%)

 (2)輸入する小麦などの原材料、エネルギー価格が円安引き上げられ、食品メーカーが相次いで値上げを表明している中、どうして値下げなのか。
 価格競争が激化しているからだ。ただでさえ消費者の財布のヒモが固くなっているなか、ドラッグストアが食料品を売り出したり、JRが商業施設「駅ナカ」をつくったりして、業態をまたいだ競争相手が一気に増えたからだ。とりわけ脅威になっているのが、コンビニエンスストアだ。
 <例>「セブン-イレブン」では、総菜などの食料品の品ぞろえを強化し、これまで取り込めなかったシニアや主婦などの顧客層を獲得している。現在、取り扱い商品の5割以上が食料品だ。かくしてスーパーは、じわじわと客を奪われている。

 (3)(2)のようなあおりを受け、スーパーの業績は冴えない。2012年の大手スーパーなどの国内年回販売額は12兆5,340億円だった。ピークの1997年の4分の3に、落ち込んだ。
 競争が厳しいなか、値下げしないと客を奪われてしまう。【ダイエーIR広報部】
 消費者の低価格志向は、非常に根強い。
 そこで値下げとなるのだ。
 ダイエーが昨年9月の第一弾から第四弾まで継続して値下げしたのは、1,300品目。、今回と合わせて2千品目にのぼる。今後も定期的に取り組んでいく、という。

 (4)親会社のイオンも昨年6月に1千品目を値下げした。シーズンごとに商品を入れ替えているものの、値下げは現在も継続している。「値上げをせずにどうやってコストを吸収するか」はイオン内部で常に話し合っている。

 (5)値下げは、もろ刃の剣だ。値下げしただけ利益が減少するので、会社の業績が悪化するリスクをはらむ。
 値下げすればある程度のインパクトになり、集客数は伸びるかもしれない。だが、長期的戦略としては疑問。【東秀樹・日本総合研究所主席研究員】
 値下げで現象した利益の分を納入するメーカー側に負担してもらっているのか。
 商談がうまくいったか、いかないかによって価格を決めるわけではない。【ダイエーIR広報部】

 (6)値下げと利益確保を両立させる「秘密」は何か。
 自社で開発するプライベートブランド(PB)がヒントだ。
 PBは、メーカーが製造し、スーパーが自社ブランドとして売る商品だ。大量に発注して返品しないから製造費が安い。包装やデザインが簡素だ。広告費をかけずに自社の流通網に乗せて工場から店舗に直接運ぶので、卸売会社を通すより物流費を下げることができる。
 かくて、PB商品は利幅が非常に大きい。粗利益が5割に近いPB商品もある。ナショナルブランド(NB)より安く売っても利益を稼げる。

 (7)ダイエーはイオンのPB「トップバリュ」の売場を増やす方針だ。
 誰でも知っているNBを値下げして多数の顧客に来店してもらい、利幅の大きいPBも一緒に買ってもらう。そうすればzせんたいとして利益を確保できる、というわけだ。
 大々的に打ち出すNB商品の値下げは、客寄せの役目を果たすのだ。
 事実、過去の値下げで対象商品の販売数が4割伸び、PB商品の拡販につながった。【ダイエーIR広報部】

 (8)以上からして、スーパーが稼ぐには、PB商品の拡充が不可欠だ。
 英大手スーパー「テスコ」ではPB商品の比率が全体の40~50%に達する。日本のスーパーも、PB商品の比率がこの程度まで高まってもおかしくはない。今後はスーパーが農業や水産業にも進出し、PB商品として野菜や魚などの生鮮食品を販売することもあり得る。
 ただし、質の悪いPB商品には消費者は見向きもしないから、品質管理が厳しいメーカーと組んで、安全で質の高いPB商品を開発しなければならない。
 イオンのように体力がある大企業でないと難しいかもしれない。

□常冨浩太郎・竹内良介(本誌)「ダイエー700品目値下げの「秘密」」(「週刊朝日」2013年6月21日号)
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【TPP】は企業権益拡大のための協定 ~リーク文書~

2013年06月15日 | 社会
 (1)「パブリック・シチズン」は、ラルフ・ネーダーが創設した市民運動団体だ。GATTやWTOを決裂に導いたことがある。目下、民主主義を守るために、TPP反対を世界中の市民に訴える。
 その「パブリック・シチズン」が、TPP協定案文のリーク文書を入手した。ロリー・ワリック・弁護士/同組織「グローバル・トレード・ウォッチ」ディレクターが、その内容を告発する動画がネットで公開されている。

 (2)ワリック弁護士によれば、
  (a)米国政府は、TPP宮廷案文を企業顧問に見せておきながら、市民や上院部駅委員長にすら公開せず、国民の「知らされる権利」を侵害した。米国政府や企業が、民主主義に求められている説明責任を放棄している。
  (b)農業分野では、多国籍企業による種子の独占権が強化される。TPPは、地域産業の優先を禁じ、地産地消や国産品愛好を許さない。緩急や人権に配慮する商品も提訴されかねない。
  (c)ISD条項により、企業が相手国の政策や規制で損害を被った場合には国を相手に提訴できる。つまり、企業が国と台頭に権利をふるうことになる。国際仲裁機関も米国の企業寄りで、公正ではない。これは企業の権利の世界的強制以外の何ものでもない【注】。
  (d)北米自由貿易協定(NAFTA)以来、交渉のたびに規制が緩和され、企業権限は拡大した。さらに、交渉の行末によっては、既存の国内法が改変され、よい法ができなくなるばかりか、新法の制定さえできなくなる。
  (e)医薬品や種子の独占権が強化され、医薬品の価格つり上げのため、後発医薬品を阻止する案まである。
  (f)各国の金融規制が緩和させられ、米国政府が金融制度改革で規制強化を進めているときに、高リスク金融商品も禁止できなくなる。
  (g)安部政権は、TPPの具体的な内容に関しては日本がルール作りに参加し、国益を守るために交渉力を発揮する、と説く。しかし、日本はルール作りに参加する権利は一切なく、この事実はすでに明らかになっている。しかも、新規参入国の日本は、何に合意するのかを知る権利すらなく、屈辱的な内容になっている。

 (3)4月12日、日米両政府が合意した「往復書簡」が正式文書として発表された。
  (a)日本側文書・・・・「日本には一定の農産品、米国には一定の工業製品といった2国間貿易上のセンシティビティ(重要項目)がある」と記載されている。
  (b)米国側文書・・・・米国通商代表部(USTR)の日本との「協議事項報告」には、(a)の一節が欠落している。USTR文書では、日本政府はすべての産品を交渉のテーブルに載せる、となっている。農業といえども例外ではないことが明らかになっている。
  (c)日米両政府の文書の食い違いについて、内閣官房のTPP対策本部の担当者は、USTR文書を「日本政府は関知していない。具体的な交渉はこれからだ」と、無責任な発言に終始している。
  (d)関税撤廃の除外はあるかのように喧伝している安部政権は、じつは国の内と外とで、情報を巧みに使い分けているのだ。 

 【注】国際シンポジウム(2012年、於東京)で、ワリック弁護士はISD条項の危険性について言及した。

□野村恵子(翻訳家/ラルフ・ネーダー研究家)「リーク文書が明らかにした TPPは企業権益拡大のための協定だ」(「週刊金曜日」2013年5月31日号)
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 【参考】
【TPP】秘密交渉の裏側/多国籍企業群がTPP妥結に圧力
【TPP】数百万人の命を左右するEU・インドのFTA ~対岸の火事?~
【食】モンサントの不自然な食べもの
【食】【TPP】原産地表示の抜け道 ~食のグローバル化~
【食】「多古町旬の味産直センター」の試み ~農業経営の安定化~
【TPP】「限界農業」化の危機 ~農業の持続可能性~
【TPP】持続可能な農業を ~いま必要な政策~
【TPP】自民党の二枚舌、甘利大臣の無知
【TPP】国家主権の放棄 ~国民の知らないところで~
【TPP】条件闘争は不可、途中下車も不可 ~韓米FTA~
【TPP】1%の1%による1%のための協定 ~医療・食の安全~
【TPP】安部首相の二枚舌 ~信じがたい事態~
【TPP】医療制度崩壊を招くTPP参加
【TPP】その先にあるFTAAP ~国家ビジョンの不在~
【TPP】米国製薬会社の要求 ~日本医療制度の営利化~
【TPP】蚕食される医療保険制度 ~審査業務という盲点~
【経済】TPP>米韓FTAの「毒素条項」 ~情報を隠す政府~
【経済】TPPは寿命を縮める ~医療と食の安全~
【経済】中野剛志の、経産省は「経済安全保障省」たるべし ~TPP~
【経済】中野剛志『TPP亡国論』
【震災】原発>TPP亡者たちよ、今の日本に必要なのは放射能対策だ
【経済】TPPをめぐる構図は「輸出産業」対「広い分野の損失」
【経済】TPPで崩壊するのは製造業 ~政府の情報隠蔽~
【経済】中国がTPPに参加しない理由 ~ISD条項~
【社会保障】TPP参加で確実に生じる医療格差
【社会保障】「貧困大国アメリカ」の医療 ~自己破産原因の5割強が医療費~
【経済】TPPとウォール街デモとの関係 ~『貧困大国アメリカ』の著者は語る~
【経済】TPP賛成論vs.反対論 ~恐るべきISD条項~
【経済】米国は一方的に要求 ~TPP/FTA~
【経済】伊東光晴の、日本の選択 ~TPP批判~
【経済】伊東光晴の、TPP参加論批判
【経済】TPPはいまや時代遅れの輸出促進策 ~中国の動き方~
【震災】復興利権を狙う米国
【読書余滴】谷口誠の、米国のTPP戦略 ~その対抗策としての「東アジア共同体」構築~
【読書余滴】野口悠紀雄の、日本経済再生の方向づけ ~外資・外国人労働力・TPP・法人税減税~
【読書余滴】野口悠紀雄の、中国抜きのTPPは輸出産業にも問題 ~「超」整理日記No.541~

【原発】電力会社を救済する経産省の幹部たち ~利権~

2013年06月14日 | 震災・原発事故
 (1)経産省が、電力会社の原発廃炉費用について、分割処理と利用者負担を認める方針を固めた・・・・というニュースが、6月初旬に流れた。経産省の誘導で、大きな扱いになった。
 唐突な。
 一見、単純な「危機回避」策であるかのように演出されている。
 が、実は、その裏に経産省と原子力ムラの緻密な戦略が隠されている。

 (2)日本の原発運営の大原則・・・・
  (a)原発の40年稼働
  (b)使用済み核燃料の再処理による再利用
 これは会計的には、
  ①原発の設備は40年で償却すればよい。
  ②廃炉のための費用は40年にわたってゆっくり積み立てればよい。

 (3)ところが、いま(2)の大原則が根柢から覆る事態が生じている。
 7月から新たな安全基準が施行される。これを満たせない原発がかなり出てくるのだ。
 レッドカード1号は、敦賀原発(日本原子力発電)だ。他にも廃炉になる原発が続出する(予想)。 

 (4)40年経過を待たずに廃炉にすることが決まった場合【注】、原発の設備も、使用済み核燃料(使えなくなる)も、ただのゴミと化する。
 すると会計的には、
  ①直ちに損失処理が必要となる。
  ②廃炉費用は即時積み立てが求められる。
 全原発の廃炉を今決めると、日本原電を含めた電力10社で、4.5兆円の損失が出る(経産省の試算)。その結果、6社が債務超過(破綻)する。
 経産省は、このことを、ことさら危機であるかのように喧伝している。

 (5)電力会社が債務超過になれば、会社更生法などで破綻処理すればよい。
 それでも電力は止まらない。独占企業の電力会社から顧客は逃げられない。日々の料金収入があるから、カネが不足する事態には陥らない。万一の場合は、政府が緊急融資などの支援をする準備さえしておけば足りる。
 電力改革を本気で進めるなら、政府の支援の条件として、発送電の分離、発電所単位での会社の分割などを求め、市場改革の突破口にすればよい。ピンチではなく、チャンスとして捉えることができる。
 むろん、廃炉費用などについて、電力需要家に料金として負担を転嫁する必要が出てくる可能性はある。最終的には国税の投入、という事態の発生もあり得る。が、その場合でも破綻処理すれば、株主と銀行の責任を問うことができる。その分、おそらく5兆円をかなり超える規模で消費者、国民の負担を軽減することができる。
 逆に言えば、破綻処理しなければ、株主や銀行を守るために、国民は10兆円以上余計に負担させられるのだ。

 (6)と・こ・ろ・が、経産省の計画は、本来は直ちに行うべき損失処理を分割して行うことで、電力会社が債務超過に陥るのを回避する、というものだ。
 これは、国家的粉飾だ。
 東証は、こんなことを許すのか。
 世界中のマーケットも驚くに違いない。

 (7)破綻処理を避ければ、時間をかけて電力料金を値上げし、消費者に廃炉費用をツケ回しできる。得するのは電力会社と銀行だ。
 東京電力も全く同じ構図で処理した。破綻させず、電力料金と税金を投入し、銀行の債権を守った。
 経産省の幹部たち(原発事故のA級戦犯)の天下り先には金融機関、電力会社、原発メーカーがずらりと並ぶ。
 彼らが今「危機回避」を声高に叫ぶのは、さしあたり日本原電を守るためだが、その先にはすべての電力会社の救済がある。
 「危機回避」とは、「利権の危機回避」のjことだ。経産省の幹部たち(原発事故のA級戦犯)の利権の。

 【注】記事「原発40年超運転、特別点検が要件 規制委、条件厳しく(朝日デジタル、20313年6月12日)

□古賀茂明「原発をめぐる「国家的粉飾」 ~官々愕々第67回~」(「週刊現代」2013年6月22日号)

 【参考】
【原発】電力、経産省、メディア・・・・の嘘、今も
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【TPP】秘密交渉の裏側/多国籍企業群がTPP妥結に圧力

2013年06月13日 | 社会
 (1)5月15~24日、ペルーはリマで、第17回TPP交渉会合が開催された。
 ペルーのNGO「正義のグロバリゼーションを求めるペルーネットワーク(RedGE)」その他、国際NGOたち100人以上は、会場(超高級ホテル)前でアクションを行った。その声が向けられる先は、「閉じられたドア」の向こうにいる各国の交渉担当官、秘密裡に進む交渉そのもの、そしてその背後で蠢く多国籍企業だ。

 (2)TPP交渉会合に参加するステークホルダー(利害関係者)は、交渉期間中、各自の主張や意見を各国交渉官に伝える機会が与えられることがある。
 ステークホルダーの7~8割は米国を中心とする大企業、業界団体だ。残り2割がNGOや労働組合だ。
 TPP交渉会合自体は完全な秘密であるため、ステークホルダーといえども参加できない、当然。そこで、彼らは。交渉の間や朝、夜などの時間に各国交渉官に会い、情報を聞き出したり、自らの主張を伝え、働きかける。

 (3)企業側の主張とは何か。利益の獲得だ、当然。
 前回のシンガポール交渉時には、ナイキ、フェデックス、カーギル、フォードなど名だたる米国多国籍企業が参加。さらに、「TPPを推進する米国企業連合」(モンサント、ウォルマートなど100社以上が加盟)、「米国商工会議所」(ファイザー、グラクソスミスクラインなどの米国製薬会社の業界団体)ほかが参加している。
 これらの企業は、他国の交渉官に、投資や輸出の話を精力的に行っている。
 今回のリマ交渉でも、交渉会合のあいまに、公式会議であるステークホルダー会合とは別に、米国商工会議所、米国貿易緊急委員会(ECAT)、APECのための米国ナショナル・センター、カナダ農産物輸出連合、ペルー外国貿易協会(Sofofa)など各国の財界・業界団体が、各国交渉官を招いて「ビジネス会議」を開催した。
 その場で、これら企業連合群は、難航していると言われる交渉自体に対して、「TPP交渉を今年中に妥結するよう求める」という趣旨の要請を行った。
 TPPは、国と国との交渉であるはずだ。しかし、実は公式・非公式に各国財界(特に多国籍大企業)からさまざまな形で圧力や影響を受けているのだ。ここにTPPの持つ本質がある。

 (4)国際NGOや労働組合は、交渉の現場で、あるいは日常的に対抗する。リマでも各国から20人が参加し、交渉官や業界団体などから情報を得ようとした。
 各国の市民社会がTPPのような秘密裡の協定を批判し、監視している、という姿を見せることには意味がある。こうした活動の結果、重要なリーク文書を入手し、全世界に暴露することによって葬り去られた貿易協定や投資協定が、過去にはある。

 (5)ペルーは2006年に米国とのFTAを締結したが、その結果、医薬品の価格が上がり、米国に本社をおく鉱山会社RENCOは、ISD条項を使ってペルー政府を提訴した。米国とのFTAによる弊害は多大で、特にTPPでは貧困層が医薬品にアクセスできなくなったり、知的所有権分野での悪影響が大きい。【RedGEのポール・マグエット】
 RedGEは、今回のTPP交渉開催時に、ペルー国内の50団体からの反対声明をとりまとめた。また、中南米諸国150以上もの社会運動がまとまり、今回のTPP交渉への批判声明を出した際の中心となった。
 ちなみに、4月下旬、米州ボリバル同盟(ALBA、中南米8ヵ国が参加)らが呼びかけて、中南米13ヵ国による「多国籍企業によって被害を受けた中南米諸国の閣僚会議」が開催されている。実に辛辣な名の会議だ。
 過去の米国とのFTAや北米自由貿易協定(NAFTA)、そして1990年代以降の米国自由主義政策の押しつけによって、中南米諸国は十分すぎるほどの痛みを受けてきた。

□内田聖子(アジア太平洋資料センター事務局長)「秘密交渉の裏側 多国籍企業群がTPP妥結に圧力」(「週刊金曜日」2013年5月31日号)
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 【参考】
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【読書余滴】野口悠紀雄の、中国抜きのTPPは輸出産業にも問題 ~「超」整理日記No.541~

【経済】投機に翻弄される日本経済と金融市場

2013年06月12日 | ●野口悠紀雄
 (1)4月4日の新金融政策発表の直後、株式市場は歓迎し、株価は上昇した。ただし、債権市場は乱高下した。
 5月に入ってから、金融市場で、政府当局の意図に反する重要な異変が生じた。
  (a)長期金利が高騰。
  (b)株価が5月23日に暴落。その後、株価は大きく変動。
 金融緩和の目的は、実質金利を下げて投資活動などを促進させようとすることだ。上昇しているのは名目金利であって、必ずしも実質金利の上昇を意味しないが、実質金利も上昇している可能性が高い。
 ここ数ヵ月間の株価上昇は、政権支持率を高めていた要因だった。株価が順調に上昇しなければ、政権にとって大きな痛手となる。

 (2)株価暴落の原因として、次のことなどが指摘されている。
  (a)中国製造業購買担当者景気指数(PMI)の低下
  (b)米国の量的金融緩和政策(QE3)の終了予測
 たしかに、(a)や(b)が株価下落の引き金を引いたことは事実だろう。が、基本的な原因は、昨秋以降の株価上昇が企業活動の活性化を反映したものではなく、円安だけに依存したものだったことだ【注1】。だから、海外からの小さなショックによっても下落してしまうのだ。
 仮に株価上昇が、生産性向上や需要増加など実体的経済活動の改善に裏づけられていたなら、乱高下は起こりにくいはずだ。大きく下落し、その後も乱高下すること自体が、株価が脆弱な基礎の上に成立していることを示す何よりの証拠だ。
 いまの日本の株式市場は、企業の業績を評価するのではなく、為替レートの行方を当てるゲームを繰り広げるだけの市場になってしまっている。

 (3)アベノミクスの真の問題・・・・株価が上昇しただけで、実体経済が改善しなかったこと。
 賃金は上がらない。設備投資は増えない。貿易赤字は拡大し続ける。構造的な問題を抱える電機産業や鉄鋼業は株価が上昇しても実体が変わらない。円安や株価から利益をあまり得られない中小企業にとっては厳しい状態が続く。円安によるコストアップが経営を圧迫する。
 今後円安が再び進めば株価も再び上昇する。しかし、実体経済は改善されない。これまでのようなマネーゲームが続くだけだ。
 株価上昇の原因となった円安自体が、海外のヘッジファンドなどによって引き起こされた可能性が強い。それと並行して、株式についても海外投機家による投機が行われ、それによって株高が進んだ可能性が高い。
 株式についても為替についても、資金の流れを伴う現物の取引ではなく、先物を用いた取引が中心だったことを東京証券取引所の投資部門別売買状況は示唆する。

 (4)日本は円安投機に狙われやすい条件をそろえていることに注意が必要だ。長期的な傾向としては日本経済の衰退に伴う「日本売り」によって円安になる可能性が高いからだ。
 2012年夏まで円高が進んだのは、ユーロ危機などによって、日本国債が安全のための待避所(セイフヘイブン)と見なされたためだ。日本経済の強さが買われたからではない。
 国債や通貨が投機の危機にさらされるのは、どの国でも同じだが、日本には他の国にない特徴がある。政府や中央銀行が円安を歓迎したことだ。大胆な金融緩和を標榜し、制限のない円安を歓迎して政権に就いた安部晋三内閣の登場は、海外ヘッジファンドが円安投機を仕掛けるのに、千載一遇のチャンスを与えたに違いない。
 今後も円安が進むとすれば、株価が上昇しても、海外の投機家が巨額の利益を得るだけだ。
 その半面、円安による原材料の価格上昇や電気代の上昇などが、日本の中小企業や国民生活を脅かしていく。 

 (5)いま一つ懸念されるのは、投機によって長期金利の高騰(国債価格の暴落)が引き起こされることだ。金利が上昇すると、財政危機が加速する危険がある。それが財政に対する信認を低下させ、さらに金利が上昇する。
 長期的には金利上昇が自然な方向なのだ。だから、円売り投機に狙われやすいと同じ意味で、国債売り投機に狙われやすい。
 日銀のインフレ目標は、この方向での投機を容易にした可能性がある【注2】。
 してみれば、将来の国債価格はいまより下落する。だから、いま日本国債売りの投機を仕掛ければ、巨額の利益を得られる可能性が高い。
 よって、ここでも、政府・日銀は投機を進めやすい環境を提供したことになる。
 これまで、日本国債の売り投機は、海外のファンドなどによって何度も試みられながらも失敗してきた。しかし、今回は成功の確率が高まった、と判断される危険がある。
 
 【注1】詳しくはこちら。
野口悠紀雄「円安は企業利益をどう変化させるか --シミュレーションモデルによる分析 ~日銀が引き金を引く日本崩壊 第4回~」(ダイヤモンド・オンライン)
野口悠紀雄「1ドル100」円で正当化できる日経平均は、1万3000円程度 ~日銀が引き金を引く日本崩壊 第6回~」(ダイヤモンド・オンライン)

 【注2】インフレ率2%の経済で10年債利回りが1%未満にとどまるようなことは考えにくい。現在マイナス0.5%程度の消費者物価指数の上昇率が2%になれば、実質金利をゼロまで押し下げたところで、10年債利回りは2%になる。

□野口悠紀雄「投機に翻弄される日本経済と金融市場 ~「超」整理日記No.663~」(「週刊ダイヤモンド」2013年6月15日号)

 【参考】
【経済】マネタリーベース、マネーストックとは何か ~金融緩和~
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【悼】なだ いなだ

2013年06月11日 | 医療・保健・福祉・介護
 本名・堀内秀(作家/精神科医)、2013年6月6日逝去。享年83。
 晩年は神奈川県鎌倉市で執筆活動に専念する一方、2003年にインターネット上の仮想政党「老人党」を立ち上げ、ホームページで弱者が暮らしやすい社会づくりや平和を訴えた。

☆代表作
 『娘の学校』(中央公論社、1969。後に中公文庫)
 『お医者さん 医者と医療のあいだ』(中公新書、1970)・・・・毎日出版文化賞受賞
 『アルコール中毒  会的人間としての病気』(紀伊国屋新書、1966。後に『アルコーリズム』、朝日文庫、1966)
 『人間、とりあえず主義』(筑摩書房、2002)

   *

●追悼(加賀乙彦・談)
 <昨夏に軽井沢の高原文庫で開いた北杜夫展に参加してもらったのが最後になりました。いつもとちっとも変わらず、ユーモラスだった。なだと僕は同い年生まれで、境遇も似ていて、何かあれば電話をかけあっていました。「パパのおくりもの」以降の彼のエッセーはすばらしかった。鋭い社会批評で、時代時代の一番の欠点をついていた。晩年に彼がつくった「老人党」には僕も引き込まれて。なだのエッセーを集めれば、それがそのまま時代史になるという気がします。>

□記事「精神科医で作家のなだいなださん死去 「権威と権力」」(2013年6月11日付け朝日新聞)

   *

●追悼(内橋克人・談話)
 専門家の知ではなく、人々の磨き上げられた「常識」こそが人間を解放する。そんな信念を持った人でした。
 日本社会はしばしば、特定の価値観や指導者の旗振りに従う形で熱狂的な自己陶酔に流れます。なださんは常識への信頼を足がかりに、ひるまず、ユーモアも使いながら、時々の多数派の流れに警鐘を鳴らしてきた。経済の場で長く“主流”に批判を唱えてきた私にとって、その言動は「賢さを伴った勇気」の見本でした。
 精神科医としてアルコール依存症という厄介極まる問題に向き合った経験を通じて、なださんは人間存在についての認識をつかみとった。人間は本源的に病理とともにある、との認識です。病とともに生き続けている人間がどう秩序を作り出すのか。そういう考察が、なださんの文学に深みを与えていた。
(中略)
 なださんは繰り返し、コモンセンス、つまり常識が大事だと語った。医師として、専門家の知では癒やせない問題を前に、「患者に学ぶ」姿勢を採ってきた。水俣病に取り組んだ医師・原田正純さん(故人)とも通じあう態度です。人々の中に生きる、歴史を通じて磨き上げられた常識と、それに支えられた秩序への信頼が感じられました。「老人党」を設立する発想の根にも「老人の知恵は社会の宝だ」という常識があったと思います。
(後略)

□記事「常識信じ時代に警鐘 なだいなださんを悼む」(朝日デジタル2013年6月11日)

   *

●(天声人語)なだいなださん、逝く
 現実がよく見えた人だった。なだいなださんは、ネット上の仮想政党「老人党」をつくり、政権交代を目指した。(中略)現実を見すえつつ楽観主義を貫いた。名著『権威と権力』では、〈絶望的な状況でも、希望を失わない人間〉に自身をなぞらえる。そして理想とは〈たどりつけるもの〉ではなく、〈見つめるべきもの〉である▼権威も権力もない社会は来ないとわかった上で、状況への発言を続けた。第1次安倍政権のナショナリズムへの傾斜を「国家中毒」と批判した。いまのアベノミクスも疑い、先月末には〈浮いた気分も、もう終わりでしょう〉と書いた▼大切にした臨床での心得がいい。アルコール依存症は「治す」のではなく、患者と「つき合う」。医師の仕事は「人間というものがよく見えるし、自分自身のいいところ悪いところが鏡のように映る」(後略)

□天声人語「なだいなださん、逝く」(朝日デジタル2013年6月11日)
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【食】効能表示をしたい健康食品業界と歯止めをしたい消費者庁

2013年06月11日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)内閣府規制改革会議の中の健康・医療ワーキング・グループで、健康食品の効能表示の規制緩和問題が検討されている。
 会議は非公開だが、第2~4回WGの議事録が5月28日に公表された。健康食品の機能性表示に係る審査はほぼ終了したらしい。

 (2)健康食品の規制緩和について、論点は大きく3つ。うち、2つは現在の制度内での改善だ。現在国が認めているのは、
  (a)ビタミン、ミネラルなど必須栄養素を対象とした栄養機能食品。
  (b)栄養素以外の成分の効能表示を対象bとした特定保健用食品(「トクホ」)。
 (a)については、栄養機能食品の対象となる成分を現在のビタミン12種類、ミネラル5種類からさらに拡大すべきだ、という意見が規制改革会議の中で出ている。・・・・以前から消費者庁も拡大する方向で検討していたため、問題なく通りそうだ。
 (b)については、審査期間が長すぎるとか、効能表示の対象が狭すぎるとか、審査基準や内容が不透明だ、などという意見が出ている。事業者が積極的に申請しやすいような改善が求められている。・・・・消費者委員会から改善要求が出ている点とも重なるので、問題なく通りそうだ。

 (3)問題になるのは、
  (c)それ以外の「いわゆる健康食品」の取り扱い。
 現行法上、一般食品と同じ扱いで、効能表示は認められない。制度上、何らかの機能性を表示したいならばトクホを申請せよ、というルールだ。
 米国のように国がまったく関与せず、事業者の責任で効能表示ができる制度・・・・も規制改革会議では検討されたらしい。が、最終的には、第三者機関による認証制度(事業者団体である日本健康・栄養食品協会が提案した)を進める方向で検討している模様。
 米国でも、健康食品による被害が多発し、制度の見直しが進行中だ。
 第三者機関による認証制度ならどうか?

 (4)消費者庁はしかし、「食品の機能性表示の認証に関し、外部の第三者認証機関を導入している例は見受けられず、これを日本に導入することは困難」だと抵抗している。

 (5)いわゆる健康食品については、これまで、成分の安全性と品質管理(GMP)に関してのみ第三者機関が機能している。事業者団体としては、それをさらに効能表示についても拡大すればよい、という考えのようだ。
 しかし、健康食品は特定の成分を濃縮したものも多い。健康被害を起こす可能性が一般食品より高い。
 安全性確保や品質管理などについて、第三者機関をつくることが望ましい、といえる。
 しかし、効能表示の許可制度まで事業者団体にやらせるとなると、販売促進のために証拠不十分な成分までどんどん効能表示が進んでしまう可能性が否定できない。消費者庁としては、そこはどうしても認められない、ということらしい。
 6月5日に規制改革会議の答申が発表され、6月中旬には閣議決定される。
 いわゆる健康食品の効能表示の規制緩和は、どのような形で入るか。

□植田武智(科学ジャーナリスト)「効能表示をしたい健康食品業界と歯止めをしたい消費者庁」(「週刊金曜日」2013年6月7日号)
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【社会】教育委員は何をなすべきか ~民意を汲みとる~

2013年06月10日 | 社会
 (1)安部政権の下、全国の教育委員会を廃止しようとする目論みが進行中だ。
 いじめ自殺問題で醜態をさらした大津市教育委員会をはじめ、各地の教育委員会は、その職責を全うしているとは言えず、そこから教育委員会無用論ないし廃止論が出てくる。
 しかし、これを廃止するより、むしろ立て直すほうが賢明だ。その際、教育委員選任に当たり、議会がきちんと「品質管理」すべきだ【注】。

 (2)「品質管理」はしかし、現在その任にある教育委員自らの努力によって成し遂げることも可能だ。
 現職の教育委員は、「何をしたらいいか、わからない」と悩みを漏らす。何をしたらいいか、わからないときは、とりあえず原点に戻るのだ。
 教育委員会の原点とは、教育における民主主義の実現だ。自治体が公教育を担い、その自治体の中で教育委員会(首長から独立した機関)に教育を委ねている理由の一つは、わが国がかつて国家に翻弄された歴史があり、それに鑑み、教育を子どもたち、保護者、住民に身近な地域の統御の下におく必要があったからだ。
 地域の統御とは、地域の民意によってコントロールされる、ということだ。その民意の激しい変化や、民意によって選ばれた首長の「気まぐれ」などから教育現場を守るための「緩衝装置」として教育委員会は設けられている。
 さらに、民主主義とは一人一人の国民/住民を政治や行政の中心に据えることだから、教育委員は子どもたちや保護者をたいせつにするオンブズマンとしての役割も期待されている。

 (3)教育委員は何をなすべきか・・・・は、(2)によって明らかになったはずだ。
 その一つは、住民のいる現場の視点に立って、国への対抗軸になることだ。国は時として筋の通らないこと、理不尽なことを押しつけてくる。それをはね返したり、是正させたりするのが教育委員会の役割だ。
 <例>「学校週5日制」の導入だ。その頃、国は理屈をつけて子どもたちを地域や家庭に「お返ししたい」がため導入する、と説明していた。その説明が地域や家庭の実情といかにかけ離れ、空虚と欺瞞に満ちていたか、保護者や住民にはよくわかっていた。現場では、そうした違和感や異論が渦巻いていたが、国はそれを無視して制度を強行した。案の定、国が唱えていた絵空事の効果は生じず、今では「学校週6日制」に戻すことが検討されている。
 教育委員会は、「学校週5日制」導入に当たり、保護者たちの違和感や異論を真摯に受け止めなかった。だから、その政策は地域の実情にそぐわないと国を戒めることもしなかった。逆に、彼らを押さえつける役割に徹した。国に対する対抗軸ではなく、むしろその先兵の役を果たした。
 ここから得られる教訓は、国が新しい制度や仕組みを学校現場に持ち込もうとするとき、教育委員会はそれを鵜呑みにせず、それが現場において妥当するかどうか、導入するためにいかなる条件整備が必要かを検証し、その結果を臆さず国に申し入れなくてはならない、ということだ。
 そのためには、まず教育現場の当事者(教師や保護者など)から意見や考えを聴くことだ。これが教育における民主主義の一つの実践だ。

 (4)教育委員会議における公聴会は、わが国の教育委員会のモデルとなった米国の教育委員会においては一般的だ。
 会議開催に先立って議案を公表、会議当日誰でも参加可能、その場での意見表明を歓迎する旨を告知・・・・意見内容に制約はないが、事前に届け出しておく必要はある。
 会議では、保護者、地域住民、教師、大学関係者なども訪れ、教育に関する意見披瀝したり、具体的な議案に対する賛否を表明する。時にはハイスクールの生徒が加わって意見を述べる。教育委員会委員は、これらすべてに謙虚に耳を傾けた上で議案を決したり、その後の会議の議題として取り上げたりする。 
 一人の発言時間を2分に制限するとか、20人を超えて発言申込みがあれば次回の会議に持ち越すなどのルールがあり、個人間の誹謗中傷などは厳禁されているので、会議は順調に運営される。

 (5)わが国の教育委員会にも、(4)のような公聴会が制度化されるべきだ。
 公聴会によって、いじめや教師の暴力などは、これまでより速やかに顕在化されるのではないか。
 公聴会でその端緒を得た教育委員会は、該当する学校関係者を呼び、その考えを正せばよい(「参考人質疑」)。その上で、もしいじめや暴力の存在が明らかになったら、防止する手立てを直ちに講じるよう学校に指示するし、その手立てのため新たなスタッフを学校に配置する必要があれば、教育委員会はその実現に尽力しなければならない。
 このほか、米国では教育委員会が単独で、しかし正規の業務として、日時と場所を特定し、保護者や住民の意見を聴くことが多い。教育委員会は、まさしくオンブズマンなのだ。
 教育委員会の重要な仕事の一つが保護者や住民の意見を聴くことだとすれば、それ自体はさほど難しいことではない。

 【注】以上、詳しくは「【社会】教育委員会は壊すより立て直す方が賢明」参照。

□片山善博(慶大教授)「教育委員は何をなすべきか ~日本を診る 45~」(「世界」2013年7月号)
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【原発】【食】東日本太平洋沖で獲れた魚介類8体からセシウム検出

2013年06月09日 | 震災・原発事故
 (1)グリーンピース・ジャパンは、福島第一原発事故の被害に係る調査を不定期に行っている。今回は、
  (a)2013年5月8~10日に、
  (b)宮城県・福島県・茨城県・千葉県の8つの港で採取した魚介類
を対象にした調査を行った。

 (2)東日本太平洋沖で獲れた24の魚介類のうち、8検体からセシウムが検出された。特に海藻のフクロノリは深刻で、セシウム量は基準値とされる100Bq/kgを超えていた。
 くだんのフクロノリは、福島第一原発の南方10kmにある富岡港のテトラポットから採取された。109.9Bq/kgのセシウム137と57.1Bq/kgのセシウム134が検出された。
 また、同原発の南方30kmにある久之浜港の岸壁から採取されたワカメから、8.8Bq/kgのセシウム137が検出された。
 このほか、同原発から55kmにある小名浜港のすぐ沖から採取されたアイナメから26.7Bq/kgのセシウム137と13.8Bq/kgのセシウム134が検出されるなど、計8検体から放射性セシウムが検出された。
 ちなみに、セシウム134と137は、半減期がそれぞれ2年、30年とされている。

 (3)リーンピース・ジャパンは、上記調査結果に加え、サンプル採取の際にヒアリングした漁業関係者、釣り人、釣り船船長、魚屋店員などの話をホームページ上で公開している。
 
 (4)リーンピース・ジャパンは、オンライン署名を実施中だ【注】。
  (a)食卓に並ぶ魚介類の7割を販売するスーパーマーケットに、安全対策の強化を求める。
  (b)東京電力や安倍晋三・首相に、汚染水海洋排出の中止を呼びかける。

 【注】「緊急オンライン署名 「スーパーマーケットさん、売っているお魚、放射能検査して!」

□グリーンピース・ジャパン「魚介類8体からセシウム」(「週刊金曜日」2013年6月7日号)

 【参考】
【原発】汚染された魚介類が慢性的に流通 ~スーパーマーケット~
【原発】放射能と東京オリンピック招致
【原発】大手スーパーの真鱈から放射能検出 ~関東・東海地方~
【原発】東京湾の汚染
【震災】原発>東京湾に放射能汚泥が堆積中 ~海の汚染~
【震災】原発>無防備都市--東京を覆う放射能
【震災】原発>食卓の放射能汚染、2012
【震災】原発>海洋汚染の拡大・・・・表層から海底へ、海のホットスポット、陸から海へ
【震災】原発>海洋汚染 ~グリーンピースの調査・水産学者の「原子力村」~
【震災】原発>海洋汚染の隠蔽
【震災】原発>海洋汚染の隠蔽・追記
【震災】原発>汚染食品のデータをどう読むか
【震災】原発>海洋汚染の拡大・・・・表層から海底へ、海のホットスポット、陸から海へ
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【原発】原賠法改正により原発にもメーカー責任を ~GE・日立・東芝・三菱重工~

2013年06月08日 | 震災・原発事故
 (1)「原子力損害の賠償に関する法律」(原賠法)の見直しが進められつつある。
 賠償は、原子炉メーカーでもなく電力会社でもなく、国が責任をとる・・・・つまり国民が負担する方向で、自民党が検討しつつある。

 (2)福島第一原発事故の賠償金は、東京電力だけでは払いきれず、すでに3兆2,000億円の税金が投入されている。東電と政府に重大な責任があるのは当然だが、責任を問われるべきはこの2者だけか。
 福島第一原発の発電所を運営していたのは東電だが、原子炉を作ったのは日立、東芝、GEだ。ちなみに、GEと日立は、現在、原発事業を経営統合している。 
 なお、三菱重工は、関西電力大飯原発などの原子炉メーカーだ。

 (3)大事故を起こした自社の商品(原子炉)について、責任をどう考えているか、原子炉メーカーの公式見解は発表されていない。
 そこで、グリーンピースがメーカー3社に文書照会したところ、次のような回答があった(2013年2月8日付け)。
  (a)日立・・・・今後も原子炉の製造を続ける。
  (b)東芝・・・・福島第一原発事故の責任は、法的には当社にはない。
  (c)三菱重工・・・・今後も原子炉の製造を続ける。

 (4)作った原発が大事故を起こしたのに、なぜ(3)のような回答が可能なのか。
 それは、原賠法第4条によって、原発にはメーカーの製造責任が問われないからだ。原子炉メーカーは、賠償責任を心配しないで原発ビジネスを展開できる。
 事実、日立は中期経営計画で、今後8年間で原発での売上高を2倍の3,600億円にする、と発表している(2012年6月)。
 また、東芝は中期経営計画で、今後5年間で1兆円の売上達成をめざす、と発表している(2012年5月)。
 どちらも福島第一原発事故後に原発ビジネスの拡大を宣言した。

 (5)自民党は、今年8月までに原賠法改正をめざしている。
 グリーンピースは、メーカーをはじめ事故の原因に責任のある者が賠償責任を負うようにし、安全確保のために原子炉も製造物責任法の対象とするよう、「オンライン書名」運動を行っている【注】。開始後2ヵ月で98,000筆の書名が集まった。

 【注】「原発にもメーカー責任を ~利益は原子炉メーカーに、ツケはあなたに~

□高田久代(グリーンピース・ジャパン気候変動・エネルギー担当)「原賠法改正して原発にもメーカー責任を!」(「週刊金曜日」2013年4月19日号)

    *

 事故を起こした福島第一原発は、設計上、非常に大きな問題を抱えていた。
 設計者である米国人にとって、原発に想定外の事態をもたらすと考えられていたのは、竜巻だった。竜巻によって、原子炉の冷却に関わる装置が破壊されてしまうとメルトダウンへとつながる。だから、とにかく竜巻に破壊されないようにと地下に予備電源を配置した。
 実際、米国の竜巻がよく通る地域では、普通の家でも地下室を持っている。竜巻に襲われると、地上は今回の津波に襲われた後のように壊滅状態になってしまうが、地下室に入っていれば何ということはない。通り過ぎるのを待つだけだ。その感じは、日本人の台風に対する感覚に近い。台風は時々深刻な被害をもたらすが、一過性のものであることが分かっている。基本的にはそれほど怖がらない。
 福島のケースは、電源さえ確保できていれば問題なかった。しかし、予備電源を設計した米国人は、竜巻に襲われてもよいように地下室に設置してしまった。すべての問題はそこにある。
 日本側が「それは日本の実情にそぐっわない」と主張しても、設計者であるGE側は「うちの設計どおり小ネジ一本変えるな、でなければ安全は担保できない」と言っていた。
 そういう意味で言えば、今回の福島第一原発事故の原因の相当部分はジェネラル・エレクトリック(GE)の設計ミスに起因する。賠償は東電ではなくGEに対して要求すべきだ。

□立花隆/写真:薈田 純一『立花隆の書棚』(中央公論新社、2013.3)の第1章

 【参考】
【本】イスラム世界におけるペルシアの独特な立ち位置 ~『立花隆の書棚』(4)~
【本】旧約聖書には天地創造神話が2つある ~『立花隆の書棚』(3)~
【本】土着の宗教と結びいたキリスト教 ~『立花隆の書棚』(2)~
【本】欧米理解に不可欠なこと ~『立花隆の書棚』~
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【原発】事故(5月23日)の顛末 ~原子核素粒子実験施設「J-PARC」~

2013年06月07日 | 震災・原発事故
 (1)茨城県東海村には、①日本原子力研究開発機構(原研)と②高エネルギー加速器研究機構(高エネ研)があり、①と②が運営する原子核素粒子実験施設「J-PARC」もある。
 そのJ-PARCから、2013年5月23日11時55分頃、放射性物質が施設の外に漏れた。研究者らが被曝し、最大被曝量は1.7mSvとなった。
 陽子ビームを金にあて、素粒子を発生させる実験中に、装置が誤作動し、陽子ビームが通常の400倍の出力で金にあたった。ために「出ないはず」の放射性物質が漏れたのだ。
 研究者らは、建物内の放射線量が上昇したため、線量を低下させようよ、排気ファンを作動させ、放射性物質を外部へ漏出させた。この排気扇には、放射性物質を通さないフィルターが付いておらず、危険な実験設備の完全密閉化も行われていなかった。

 (2)原研は、事故の翌24日21時40分になって、ようやく県、村へ通報した。事故発生から33時間以上が経っていた。
 ちなみに、J-PARCでは、事故の際に通報する「安全協定」は原研のみと締結されている。原研と高エネ研の共同運営であるにも拘わらず。

 (3)今回事故を起こしたのは、原研ではなく、高エネ研の施設だ。原研が幅広く原子力を扱うのに対し、高エネ研は事故を起こした加速器のみを扱う。
 原研に比べ、高エネ研は放射性物質漏洩などについて考えが甘い。にも拘わらず、事故の通報は原研の原子力科学研究所が行うことになっている。今回、双方の意思疎通がうまくいっていないことが露呈した。【J-PARC関係者】
 じつは、J-PARCは放射性物質漏洩の可能性すら考慮されていなかった。そのため、排気ファンにも漏出を抑えるフィルターがついていなかった。これまえ、フィルターがついていなくても許認可上の問題は「なかった」のだ。
 放射性物質漏洩は「想定外」だった。そのため対応が遅れた。事故が起きた際のマニュアルも十分でなかった。【J-PARCセンター広報セクション担当者】
 要するに、原子力に関わる研究者や専門機関の「危機感の欠如」と「想定外」が、「放射性物質漏洩」と「公表遅れ」を引き起こした。

 (4)日本原子力研究開発機構(JAEA)を「魔窟」と呼ぶ人もいる。
 JAEAは、「もんじゅ」に係る昨年の調査で1万個もの点検漏れが発覚し、原子力木瀬委員会から「もんじゅ」試験運転再開の停止命令が5月15日に出て、その2日後、鈴木篤之・JAEA理事長は辞任に追い込まれた。
 「もんじゅ」でこのような事態が起きていること自体、JAEAの組織の安全文化の欠如を示し、科学者、技術者としての倫理観が問われる。【2012年12月12日、規制委の会議】
 こういう組織の存続を許していること自体が問題だ。【島田邦彦・規制委委員長代理、2013年5月15日の規制委の会議】
 
 (5)2005年、(a)核燃料サイクル開発機構(旧動力炉・核燃料開発事業団【注1】)と(b)日本原子力研究所がJAEAに一本化された。茨城県東海村の本部、東京事務所、多数の研究センターから成る職員4千人、支出規模2,100億円(2011年度決算)の事業体へと肥大化した。
 ところが、機構の中枢部すら「管理不能」となってしまった。加えて、(a)動燃派(現行の原発と核燃料サイクル路線を推進し、「もんじゅ」をその要に位置づける)と、(b)原研派(放射能の出ない核融合エネルギーの可能性を追求する)の「水と油」的両者が一緒になったため、(a)と(b)のいずれから見ても組織の一体的使命感が消えてしまった。気質的にも(a)は現場的、(b)は「象牙の塔」的だった。
 田中俊一・規制委委員長は、実は(b)の出身で、原研韜晦研究所長、国の原子力委員会委員長代理を歴任。その間、終始「もんじゅ」。核燃料サイクル路線への疑問をあらわにしてきた。
 J-PARCを原研につくることを主張し、建設費1,500億円をかけて実現させたのが、原研時代の田中委員長だった。
 原研派は、「もんじゅ」の冷却材ナトリウム漏れ事故(1995年)を撮ったビデオテープを(被害を小さく見せるため)改竄【注2】するなど不祥事続出の動燃派の安全意識を原研派は批判してきた。しかし、図らずもこのたび、原研派もまた、(1)で見られるように安全問題に無頓着だったことが露呈された。

 【注1】動燃
【原発】プルトニウム輸送船の「日米密約」 ~原子力ムラの極秘工作~
【原発】NHKに対する「やらせ抗議」 ~科学技術庁~
【原発】動燃の組織ぐるみの選挙~「西村ファイル」~
【原発】動燃の裏工作部隊 ~「洗脳」と「カネ」~
【原発】動燃による反対派つぶし「工作」の記録 ~「西村ファイル」~

【注2】動燃の隠蔽工作
【原発】動燃の隠蔽工作 ~「もんじゅ」事故~

□長谷川煕(ライター)「翻弄され続ける東海村/こんな組織必要なのか」(「AERA」2013年6月10日号)に拠る。
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書評:『タバコの害について』

2013年06月06日 | 小説・戯曲
 「初等音楽学校と全寮制女学校を経営する女史を妻にもつ男」、ニューヒンの独白で構成される一幕劇である。
 長い頬ひげ、くたびれた燕尾服の男が威厳たっぷりに登場する。
 講話する。
 演題は如上のごとし。

 ところが、しょっぱなから脱線しっぱなし。
 数日前書き上げたという「大論文」から南京虫に話題が移り、
「いくら書いてみたところで、どのみち、蚤取粉がなけりゃ駄目なんですからね」
と、あっさり自分の努力を烏有に帰しめる。

 して、随所でポロリと漏れるのは、
「今日はタバコの害について話してこいという家内の命令ですので」
といった科白。
 ちっとも自主性が見られない。
 それどころか、
「家内は音楽学校と全寮制の私立女学校を・・・・」
「家内の奴、口癖のように赤字だ、赤字だとこぼしているくせに、かなりためこんで・・・・」
「家内はいつも機嫌が悪いんですよ」
「もっともまだ家内はまだ来てないようですな」
 と細君を自慢するのか、けなしているのか、ちっとも判然としない。

 たしかなのは自嘲である。
「わたしをこんなみじめな、年とった馬鹿に、みじめな老いぼれの白痴に・・・・」
 あげくのはては、
「ああ、わたしは何一つおぼえていたくないんだ! 30年前、結婚式の時に着た、この愚劣な、古めかしい燕尾服を、ぬぎすてたくてたまらないんです」

 要するに、この戯曲は恐妻家をからかった喜劇である。
 全編モノローグである以上、劇中には余人の批評はまったく出てこないが、本人の言動それ自体が、そしてそれを描くことが、チェホフの批評となっている。
 事物をして語らしめよ。
 問わず語りに連発する「家内」という言葉は、ふだん気になってしかたないのが「家内」であることを示しているし(深層心理学的分析)、首尾一貫しない話しぶりや時々見せる狂態は、ちと頼りないこの紳士が、しっかり者の細君の尻にしかれているのも当然だ、と読者を納得させる。

□アントン・チェホフ(原卓也訳)『タバコの害について』(『チェーホフ全集 第11巻』所収、筑摩書房、1968)
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書評:『言葉と人間』

2013年06月05日 | ●加藤周一
 東西の本をかわるがわる約80編とりあげ、その思想をもって(コラム発表当時の)今日的問題の要点を明らかにする。

 その特徴の第一は、自在な文体である。ときには文体模写をもって、その文体の持ち主の思想を加藤が(したがって私たちが)直面する現実へ適用してみせる。
 たとえば、『三酔人経綸問答』をとりあげ、鼎談する各人の論法を換骨奪胎して、原水爆反対運動の分裂を批評する。
 すなわち、「いかなる国の核実験にも反対する」悲願君、「核実験も状況次第で一律には扱えない」とする政策君、その両者に部分的には理解を寄せつつもいずれにも与しない南海先生、という三者三様の思想または態度の構図である。
 あるいは、『論理哲学論考』の特異な文体を借りて、『仮名手本忠臣蔵』の小社会学を論じる。

 特徴の第二は、とりあげる話題の幅の広さである。芸術は美術から能まで、文学は古今東西いたらざるはなく、かたや哲学、かたや政治に及ぶ。
 たとえば、「世論操作あるいは『乃木希典日記』の事」。
 戦さの時代には戦さに明け暮れた武士も、戦さのない時代には別の生き方をした。徳川時代の武士は、支配層として行政に従事した。武士道は行政マンの心構えであり、儀礼と精神主義がその内容である。乃木将軍は武士道の権化であった。それにも拘わらず、ではなくて、それゆえに戦場の指揮官としては常に失敗せざるをえなかった。
 旅順は、乃木将軍が指揮する間はいつまでたっても落ちなかった。犠牲があまりに大きかったから、乃木は更迭されて児玉源太郎が代わった。要塞が落ちたのはそれからだ。陸軍はしかし、その事実を隠して乃木を表にたてて開城の儀式を行い、御用歌人佐々木信綱をして「水師営の会見」の唱歌をつくらせ、国定教科書に載せる、と操作を行った。
 乃木夫妻が殉死したとき、現場には10か条からなる遺書があり、その中には伯爵乃木家の廃絶と邸宅の東京市への寄付の2項目も記されていた。政府は、この2項目を削って公表した。遺書の内容を知った新聞は事実を発表したが、政府は責任をとるどころか、3年後に乃木の旧藩主の弟を据えて伯爵家を再興した。「権力による世論操作のこれほど見事な例は少ない」
 軍人として無能だった「乃木を、権力はその中心から遠ざけると同時に、陸軍の象徴としてカミにすることに成功した(軍神乃木)。カミの個人としての意思は無視される。たとえ生涯に一度、遺書に述べた意思でさえも。なぜならば、フォイエルバッハもいったように、カミが人を作ったのではなく、人がカミを--いや、もっと正確にいえば、日本帝国の権力機構がカミを作ったのだ」
 権力による世論操作の薄汚さを簡潔に整理して、痛烈きわまりない。

 特徴の第三は、人生の多様な楽しみ方である。「二流詩人または『南海詩集』の事」は、タイトルだけで推察がつきそうだが、ここでは「その日暮しまたは『ある日の言葉』の事」を挙げる。
 加藤一流のやや諧謔に満ちた紹介によれば、ポール・レオトーは出版社に勤めて生計をたて、雑誌に好きな文章を書き、売れない本を出版して世間の注目を集めることがなかった。評価されるようになってから、彼の警句を集めた本が出版された。すなわち『ある日の言葉』("Propos d'un jours")である。
 「私は来るべきもの、または可能性をあてにしたことがない。常に現在の、実際の、確かなものだけを信用した」
 「作家としての私は想出を書くことが多かったが、過去に係ること私よりも少ない男はないだろう。後をふり返らず、前を見つめず、私はいつもその日暮しをつづけてきたし、今なおつづけている。その日暮し、とさえいえるかもしれない。この時間を愉しもう・・・・」
 現在至上主義は、古来、日本の土着的世界観の根元にあった、と加藤はいう。ただし、レオトーのように自覚的に「その日暮し」に徹底し、生活を愉しむことを生活の原理にした者はきわめて稀れであると。
 この原理を実践すれば、名声、金、権力など他の多くを犠牲にしなくてはならない。
 「私はあまりにも静かさを愛する」
 「私はあまりにも余暇を愛する」
 現在の愉しみ方は人によって異なる。レオトーにとっては愛すること(少数の女友だち)と、書くこと(または読むこと)であった。「私の書いたものが愛を傷つけたことも少なくなかった・・・・しかし何よりも書くこと。私はそのためには世界をも犠牲にするだろう」
 こう引用しつつ、平安仏とロマネスク彫刻を愉しむ友人の例を引いて加藤はいう。
 「私自身は、私の友人のようにも、またレオトーのようにも、それを徹底したことがない」

□加藤周一『言葉と人間』(朝日新聞社、1977、後に朝日選書、1980)
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書評:『沈黙のファイル -「瀬島龍三」とは何だったのか-』

2013年06月04日 | ノンフィクション
 沈黙の中に閉じこもっていた生き証人を発掘し、戦中・戦後の日本の軍事・政治・経済を裏から動かしてきた構造を解明した力作である。日本推理作家協会賞「評論その他の部門」賞受賞作。
 ターゲットは、瀬島龍三。というより、彼において典型的に示されるところの、軍事テクノクラートの思想なき行動である。瀬島は、旧陸軍の元エリート参謀。30歳で対英米戦の事実上の作戦主任となり、400万人の軍人の生殺与奪権をにぎった。戦後、シベリア抑留をへて伊藤忠商事に入社し、10年で専務、20年で会長に昇りつめ、「政界の影のキーマン」として影響力をふるう。
 参謀時代の瀬島は、会議の流れを的確にまとめて文章化する能力にたけていた。上司の意向を事前に伺い、理路整然と説明するから、首相や参謀総長さえ説得された。この資質ゆえに、戦後、政治家に重用される。複雑混沌たる政治情勢を明快に分析し、箇条書きに整理して示す瀬島によって、中曽根康弘元首相たちは展望を得たのである。
 本書は、五章で構成され、巻末に資料として生き証人のインタビューを付す。
 第一章では、インドネシアや韓国に対する賠償ビジネスに伊藤忠商事が食いこんでいく過程が明らかにされる。瀬島の参謀時代の人脈をたどって成立した商談。商談成立の裏で授受される多額のコミッション。
 第二章では、対米開戦直前の大本営陸軍部作戦課の動きを追う。ノモンハン事件の責任者が、処罰されないままに南進論を強硬にとなえ、漸次「大きな流れ」になって国策となるに至る。開戦という重大な決定が、じつは陸軍省の一課長レベルで左右された。
 第三章で示されるのは、「天皇の軍隊」の暗部である。硬直した官僚制の結果として撤退が遅れ、ために上陸した3万1千人の3分の2が死亡したガダルカナル戦。155万人の満州居留民を見殺しにして、ひたすら遁走した関東軍。
 第四章、シベリア抑留時代の瀬島の行動に焦点をあてると、事実の改竄が目につく。たとえば、尋問に対して、経歴を偽り、対ソ連作戦計画への直接的関与を否定(後日事実を認めた)。また、帰還後、監修者の立場を利用して停戦交渉に係る歴史的文書を書き換えて刊行させた。
 第五章では、ふたたび戦後に戻る。自衛隊が誕生する過程で、兵器商売に割りこむ伊藤忠。ここでも瀬島の参謀時代の人脈が生きる。瀬島は、防衛や外交について政治家から意見を求められ、次第に政界の調整役として重きをなしていく。
 この章で、本書の結論的な要約が行われている。参謀本部は官僚制の典型であった。失敗を失敗として認めない(ノモンハン事件と厚生省の薬事行政)、上が下をコントロールできないできない(稟議制)、云々。軍首脳部をはじめ、戦争責任は十分に追求されなかった。戦争の実質的な推進力となった幕僚は、形式上は補佐官にすぎなかったから、実体と形式のずれを利用して生き残った。幕僚に共通するのは、責任の意識の欠如である。

□共同通信社社会部編『沈黙のファイル -「瀬島龍三」とは何だったのか-』(新潮文庫、1999)
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書評:『地図が読めればもう迷わない -街からアウトドアまで-』

2013年06月03日 | エッセイ
 著者はスポーツ心理学・認知心理学を学び、地理学を大学で教えるかたわら、オリエンテーリングに精魂を傾けている(全日本選手権22勝、1986年及び1996年にアジア・環太平洋チャンピオン)。
 本書は地図を読むための指南書だが、独特の視点、独特の味わいをもち、単なる実用書に終わっていない。現象(風景)と記号(地図)の往復運動を、著者の豊富なオリエンテーリング体験によって実例を示し、さらに心理学的知見を援用した独特な解説をくわえる。

 たとえば「整地」(逆は「非整地」)。心理学では「整列」(逆は「反整列」)と呼ばれ、要するに、実際に見える方向と地図の方向とを一致させる作業を指す。ちなみに、英語では両者とも“alingnment”である。
 地図を整地することで、居場所の把握、正しい方向への進行の割合が高まる。逆に、整地されていない地図を使うと、迷いやすい。
 進行方向が変わるごとに「地図を回し」て、整地しないといけない。たとえば、両手に地図をもち、その姿勢のままで角で右に直角に曲がると、当然、地図は90度右へ傾く(意図せずして「地図を回す」ことになる)。そこで、整地を行う。角で右に直角に曲がった時に、手にした地図を90度左へ傾けて、「地図を回していない」状態に戻すのである。
 街中の案内図の3割は整地されていない、という調査結果もある。整地されていない案内図は、まちがった方向へ歩行者をいざなう。この点、電車では、最近、左右の壁には逆向きの地図を掲示することで、どちらの地図も整地されるようにしてある車輌が増えてきた。
 ナヴィゲーションは3つのポイントから成り立っている。第一、プラニング(確実で早いルート、確認するべきポイント、誤りの可能性を地図から読みとる)。第二、ルート維持(プランした進路を維持する)。第三、現在地の把握(風景と地図とを対応させ、居場所を把握する)。ナヴィゲーションはこの3つを循環させながら行う。
 道迷いは、ナヴィゲーションの第三点、現在地の把握に失敗した状態だ。
 地図は縮小化されているから、大きさの感覚を迷わせる。また、その記号化は実際に見えるものとの食い違いを生む。さらに、地図は鳥瞰できるのに実際に見える範囲は限られている。こうした事情が地図と風景との対応を失敗させる。
 現在地を把握するには、第一に、ランドマーク(目印)を使う。地図に記載された特徴的な場所と現実の対応である。第二に、距離感や時間を使う(推測航法)。○○分歩いたから、この辺に来ているはずだ、とか。第三に、遠くの目印を使う(パイロッティングないし交会法)。遠く離れた2点への方角(角度)を利用して現在地を把握する。第四に、目印からの距離を測る。端的にはGPSによる位置把握である。

 こうした具体的なテクニックを、具体的な道具(たとえばコンパス、シルバ社のNo.8が手頃な価格でオイル保持にすぐれる、云々)や地図の使いこなし方(適当な大きさに切る・張り合わせる、ルートを書き込む、書き込みを入れる、折る、袋に入れる)とともに教示してくれる。
 練習問題付きというのがにくい・・・・さっそく実践してみたくなるのも事実だが。
 主な地図サイトも紹介してあって親切だ。

□村越真『地図が読めればもう迷わない -街からアウトドアまで-』(岩波アクティブ新書、2004)
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