ゴミ拾いに挑戦してて、休み中だったけど再開しました

いつの間にか浜がゴミの山に。自分自身の健康のためにもゴミ拾いを始めました。引っ越し先から戻ってきてゴミ拾い再開しました。

津波には備えてはいるが・・・・

2020-08-11 10:37:40 | 徳島県・四国
2015年2月の下書きに残っていました。
公開するのを躊躇したのか、書き足すつもりだったのか
すっかり忘れ去っていました。
「下書き」をチェックしたこと無かったかもしれないです。
今日もゴミ拾い休むので記事も無いので、これを公開します。





私の住む町
散歩すれば、いたる所に津波の時に避難する階段があります。

 



 



 



安心、安心
津波が来てもすぐに高台に逃げられる様になってるから

と、思っていたけれど東日本大震災の津波を見たら何も言えない


康暦の碑
康安元年(1361年)におこった南海地震で命を失った人たちを供養するために
康暦2年(1380年)建立されたものと思われています。
(20年もあとにできたのですね
地震津波に関する石碑としては日本最古とも言われています。





こういう碑を見て思うのは、年月が経っていったい何の碑だったのかも分からなくなり
誰もその意味を知らなくなっていくなぁと言う事です。
そして、誰も気にしなくなった頃、また地震がおきる
まさに天災は忘れた頃にやってくるです。

町内でも、この碑を知っている人は知っているが
知らない人は全く知りません。


康安元年(1361年)におこった南海地震では地が裂けて大池ができたと言われています。
「太平記」に「阿波の雪湊(ゆきみなと)には大山のごとく潮張り来て、在家千七百余が引き潮に連れて海底に沈み…」と記述があるそうです。


現在、大池は埋め立てられて、小学校。中学校、住宅地などになっています。
写真の右手に小学校、中学校があります。






南海地震は周期的に何度もおきています。
直近では1946年12月には昭和南海地震がおきています。



1605年 慶長地震・・・・ほぼ同時に東海・東南海・南海地震が起こったとみられる
  
1707年 宝永地震・・・・ほぼ同時に東海・東南海・南海地震が起こったとみられる

1854年 安政東海地震 安政南海地震  安政東海地震の32時間後に安政南海地震がおこった

1944年 昭和東南海地震
1946年 昭和南海地震  昭和東南海地震の2年後に昭和南海地震



地震3兄弟と呼ばれる、東海地震、東南海地震、南海地震のうち
東海地震は1854年の安政地震以来150年以上経過しています。
東海地震が起こる危険性が高いと言われるのがわかりました。

南海地震は、ほぼ100~150年間隔で起こっているので昭和南海地震から68年
まだまだかも知れないし、もうすぐかも知れない。





津波に負けな(津波に負けるなと言う意味)
あの階段を登るにはお年寄りには杖が必要
いつでも杖を持って登れるように備えています。
でも、あの階段を登るには足腰鍛えておかなければ・・・