小さいながらも楽しい我が庭で、
あれこれいじるとき、
「自分がひきがえるだったら庭をこうしてほしい…」
「自分がカナヘビだったらこんなのも追加◎」
そんな風に感じながらものすことがある。
そして、余った石をどこかに配置するとき、
いくつかの石に向かって
「どこかへ移動したい人~?」って尋ねると
何名かが名乗り出るので、
1つ1つにどこへ行きたいか聞いてから動かす。
そんなように、自我を超えて、融け合ったような意識で臨む。
決して特別なトランス状態ではなく、そもそも生命体は
宇宙全体と共鳴していればこそ、自分の内に答えがあるというもの。
畑に対しても、今何してほしいかを問いかけながら
理由の分かること、または一見脈絡ないことを行なうわけですが、
1つの鍵として、
「自分が(土壌)微生物ならば、どうしてほしいか」
どんな土の状態があらまほしいかを心に問う。
ぎゅっと締まった土では、棲む隙間がなくて無理。
とりあえずそこにわしゃわしゃと枯草でも混ぜ込んでほしい。
水はけがよいということは、水が出される流れで空氣も誘いこまれる。
そうやって酸素が入らないと酸欠になる。
特に、土中に肥料となる有機物を混ぜていれば、分解に酸素を必要とする。
土の中が熱くなりすぎるのも困るから(自分が微生物だったらつらい)、
苗のポットには直射日光が当たらないほうがよい。そのように導く。
水はけは大切だが、水持ちもないとカラカラに乾いてこれまた苦しくなるから、
腐葉土なり黒土も適度にほしくなるが、そのとき
保持されたる水分によって有機物が腐敗するのを防ぐのは、実は
土の中の石ころである。
石は鉱物で、それが2種類以上あれば電流を生み、電子を引き込む。
電子は酸化(腐敗)を防ぐ。動きが生まれるとものは腐らない。
こうやって書いていくときりがないが、とにかく
自分が当事者になり切ることで見えてくる、開ける窓がある。
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