ふろしき王子のブログ◎
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昨夜はすこし遅くまでパソコンを打っていて、
そういえばテレビ鑑賞会のときに友人が
すてきなとろとろのどぶろくを差し入れてくださったのを
飲んだのもあったのか、
入浴中に激烈な睡魔に誘われた。

そのとき僕は、浴槽のフタにタオルと紙を置いて、
こんど新規事業をはじめるという方の
仕事名をつくっていた。
字画がよいだけでなく見た目も自然かつ魅力的な名前をと。

ところが眠たさに湯の中にボールペンを落としたりしていて、
結局そのまま朝の6時まで眠りふけた。
まあ、よくあることです。

夏場は居間の床で寝おちることが多い。

遊牧民なので、住む場所や寝るところは不定でも大丈夫で、
自分の居るところが居場所なのかもしれない。
そこに、好きな本や心のこもったお菓子があれば、
だいたいどこだって、このうえなく浸れる場となる。

忘れていた。
そこにひとり友達のおはしませば、時はなくなる。

ただし、もっとも世界が広がるのは、一人きりで
星の向こうを見つめたり
虫の鳴き声、草の重なる響きに融けあうときだ。

昨日、テレビに紹介いただいてよかったのは、
この機会に、最近会っていない昔の友達に連絡ができたこと。

今の自分は、過去の出会いと、歩いたこと、
思ったこと、そしていま吹く風が
そこはかとなく形成している。

第一に妻、こどもは僕の土台。妻が海で、子は大地。
僕はそこに揺るる草であり蛙、友達はバッタやお花。

忘れちゃならないのが親で、
母や祖母は地球、父や祖父は宇宙たらむ。

昔の仲間と再会することは、ふたたび生まれ変わることでもある。
時間は無い。
当時できなかったことを、ふしぎとやり直せるのが
同級生とともにある空氣感。

僕はいま、なんとなく23才に還ったきぶんでもあるし、
友達によっては16才にも戻れる。

実年齢とは別に、その都度自分にしっくりくる年齢がある。

そこを実感すると身体は錯覚して、相応の息吹をもたらしてくれる。

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僕の言動には全く期待しないでほしいのですが、
いよいよ今夜「マツコの知らない世界」出演回が
放送されます。

うちにはテレビが無いため(子どもが見すぎないように等の理由)、
同じくお持ちでない友達とともに、
テレビのあるご近所さんの家に集って
観ることになりました。

放送は20:57からですが、夕飯後におつまみ(ムカゴなど)
持ち寄って、交流しながらの予定です。

多くの人がたの目におじゃますることは、変な奴という印象や
好き嫌いも当然あるでしょうが、

僕がひとつ希むのは、
風呂敷の宣伝ではなくて、

「こんな人でも生きていられるんだ。
私のほうがずっとまともじゃない?」
と、ほっとして肩の力を抜いてもらえたらと願います。

幼いころから厳しくされてきた方は、
優秀でなければ愛されないという恐れがあって、
完璧を求めたり何者かになろうとする。
さような姿勢ではいつまでも満たされず、自分や周りを傷つけて
あらゆる問題を生み出してしまう。

「きみは、今のそのままで
宇宙史上最高にかわいくて魅力的だし、
これから先どう変わろうが、僕はちっともかわらずに大すきでいられる」

すべての存在に、そう伝えたい。

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あたしゃ中高男子校で、母と祖母と書道の佐々木先生以外は、
6年のあいだ異性と口を聞くことがなかった。

思春期の成長は本来、一歩いっぽ順を追って、

・何となく氣になる
・チョコにどきどきする
・友達としてお茶する
・ふと手をつなぐ

のような段階を、当事者らのしぜんなペースで
歩むものかと。

僕はそんな6年間、同じバスに乗ってくる
名前も学校も知らない1人の異性へ向けて、
ノートにたくさんの俳句、短歌、詩を詠みつづけていた。
うち1つの首をNHK歌壇に投稿してみたところ
入選し、馬場あき子先生にTVでご紹介賜った思い出さえある。

とはいっても、1つたりともその子に歌を贈ること(勇氣)は
叶いもせず、初々しい白いんげん豆の
ようだった彼女も、
6年後には、佳い意味で、イエアメガエルのごとき風格をもち、
ぷっちんプリンを直接口の中へとぷっちんしていた。

僕といえば、高校3年間は、修学旅行をのぞいて
ほぼ皆勤賞で浅草、上野、秋葉原のゲームセンターに通い
ぷよぷよや格闘ゲームの対戦に明け暮れていた。

かくあって、
本来あってもよさそうな、思春期の
ほのけき体験を経ぬままに
年齢だけはいっぱしに突入していった。

ところが、二十歳もとうに過ぎたある日、不思議な感覚を経験した。

同じく既に成人している女友達がいて、彼女は女子校だったために
僕と多少は似かよった青春行路。

いい大人ながらも、お茶屋で
子どもぽいドリンクやミニョンなスイーツを
何となく注文していた。

会話の内容も、バッタだエビガニだと、なかなか子どもじみている。

ふとそのとき、
思った。
「いま、僕も友達も、高一になっている…」

高校生のふりや演技をしているわけではなく、
ただすっと自然体で高校生だった。

16歳のころにできなかったことをいま経験し、
置き忘れていた胸のつかえが天へ昇っていった。

以来僕は、それまでの持ちネタ
「6年間異性と口を聞かなかった」に、
ささやかなマスコットがくっついた。
「でも、高1のときに一度だけ、女友達とお茶したことはある」

経歴詐称のようだが、どうしたって僕には、
16のときの大切な思い出として、
胸の空氣をあたためてくれている。

人の神経は電氣信号であり、その回路や記憶ディスクという意味では
記憶自体を更新することで、様々なトラウマなども、解決できることがあるだろう。

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11/17(土)は、世田谷区の狛江のすてきなスペースで、
ふろしきの結び方と、負担をかけない身体つかい、そして飲食もついた
中身が濃くてお得なイベントがあります。
午前・午後、近くの2会場となります。

詳細は、主催者のクプクプさんの
ページにあります。定員がありますので、参加ご希望の方は
早めにご確認ください。

今後の講座情報は、ホームページにも載っています。

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実家のお店の掃除をしていたら、
シュガーみゆき さんという女性ボクサーの
テレホンカードを発見。

その方が、僕の友達のみゆきさんにも
どことなく似ていたので、
プレゼントしようと自転車をこいだ夜。
途中から雨。
インターホンを押して「横山です」というと、
みゆきさんがドアを開けた。
甘いものでも、とそれを渡したが、

果たして
夜に雨に濡れながら届けるようなものだったのか。

ところが、お礼に
たくさんのミカンやむかご(山芋の実)を
頂戴してしまい、
シュガーみゆきさんはさすがチャンピオンだと思いました。

帰りはますます雨がつよかったですが、
なるべく濡れないように身をすくめるのは胸もくるしく
肩がこりそう。

「もし疲れるなら、それは何かが間違っている」という
ことばもあるので、
体がらくなように胸をひらき雨空を仰いで、ぴちぴちと頬を濡らして
かえりました。

濡れても乾せばよい。
よごれても洗えばよい。

結ばれたものも、

いつか

ほどける。

自由な空へとむかって。

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昨日は17時まで、
浅草の実家の店を手つだったあと、
西日暮里まで1時間あるき、お好み焼き屋さんで
知人と交流しました。

駅までの移動や昼休みの浅草散歩をふくめて
1日2時間はあるいたためか、帰宅して1時半ころに入浴すると、
そのまま湯舟で朝6時まで眠ってしまった。
疲れはよくとれたものの、やはり横になって
布団に挟まれて眠りたい。

今日も実家手つだいだが、いまの所、夜はまっすぐ
帰る予定なので、夢のふとんを目指します。
来週(火)のマツコさんの番組に出ることを伝えたい人もいますし、
ふろしき用に麻の生地を60メートルも買ったので
どんどん縫いたいから、
引きこもりたい。 
土日は外出するが、
日曜の朝と
月曜(昼過ぎまで畑)の午後に、
でき得るかぎりミシンを踏もう。

寒くもなってきて、亀の冬越しをどうするか検討中。

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たとえ 形や結果にならなくても、
考えた時間や
それに伴い出会ったもの、こと、人、言葉は
自らの引き出しに収められて、
忘れかけた頃、新たな形で出逢いなおすことになる。

しかし形や行動は
思いを超えたつよさがあるから、
ハードルは思い切り下げて、
紙切れのメモがごと存在で充分だから、
独り歩きさせると、何かを連れてきてくれる。
今手元にあるもので
やっつけ仕事。
をしようとしても、
頭とは別時元で、手足やまなざしは
特有の磁力と距離感をもって
素材と語らいを、まぐわいを、シンフォニーを
奏ではじめる。

王女さまが考え無しにつぶやいたことでも、
彼女を敬愛する職人が全身を尽くせば、
宇宙の得難き秘宝とならむ。

万人ができるのに
忘れられがちな
最強のかたちと行動こそは

歩くことと
掃除すること。
そこにはリアルな具体と前進しかない。

迷ったときは、
1.整理と掃除
2.充分に寝る
3.旅へ出てそこから離れる
4.ひたすら歩く
5.すきな人に会う
6.嫌いな人とも会う

大キライと思い込んでた人と
一対一で会って話して
印象が変わったとき、扉の外の全世界は
sweetに変貌していることだろう。

好きをもっと好きにすると、
嫌いはより嫌いになる。

嫌いを好きへうごかしていけば、
好き嫌いはだんだんと寄り添い協力して中庸へ近づき、

漫画の終盤でライバルが手をむすぶような
無敵のフュージョンがあらわれる。

嫌いな相手を
思考で好きになるのは、難儀だし不自然さや
偽りが介入しやすいが、

ただ
ただ、
身体で、言葉なくして
ともに歩いたり、共同作業をしたり、
同じものを食べたり、取っ組み合いの喧嘩をしたり。。

相手の汗が自分の涙と共鳴するとき、
赤子を前にしたときのように、
やさしさはautomaticにあふれはじめる。

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本日は自宅で、ベルギーからのご家族の方にふろしき講座を開催いたしました。
日本語文法に英単語置き換えという、僕のめちゃくちゃな英語でも、
ふろしきは見れば解る「コトバのいらない世界」なので、今回も乗り切りました。



ベルギーからの家族と、日本の友達と。

お父さん:ミカエルさん
お母さん:ガエルさん
お姉さん:バロンティーヌちゃん
弟さん :コーくん

みんなみんな、ミニョン!

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