あたしゃ中高男子校で、母と祖母と書道の佐々木先生以外は、
6年のあいだ異性と口を聞くことがなかった。
思春期の成長は本来、一歩いっぽ順を追って、
・何となく氣になる
・チョコにどきどきする
・友達としてお茶する
・ふと手をつなぐ
のような段階を、当事者らのしぜんなペースで
歩むものかと。
僕はそんな6年間、同じバスに乗ってくる
名前も学校も知らない1人の異性へ向けて、
ノートにたくさんの俳句、短歌、詩を詠みつづけていた。
うち1つの首をNHK歌壇に投稿してみたところ
入選し、馬場あき子先生にTVでご紹介賜った思い出さえある。
とはいっても、1つたりともその子に歌を贈ること(勇氣)は
叶いもせず、初々しい白いんげん豆の
ようだった彼女も、
6年後には、佳い意味で、イエアメガエルのごとき風格をもち、
ぷっちんプリンを直接口の中へとぷっちんしていた。
僕といえば、高校3年間は、修学旅行をのぞいて
ほぼ皆勤賞で浅草、上野、秋葉原のゲームセンターに通い
ぷよぷよや格闘ゲームの対戦に明け暮れていた。
かくあって、
本来あってもよさそうな、思春期の
ほのけき体験を経ぬままに
年齢だけはいっぱしに突入していった。
ところが、二十歳もとうに過ぎたある日、不思議な感覚を経験した。
同じく既に成人している女友達がいて、彼女は女子校だったために
僕と多少は似かよった青春行路。
いい大人ながらも、お茶屋で
子どもぽいドリンクやミニョンなスイーツを
何となく注文していた。
会話の内容も、バッタだエビガニだと、なかなか子どもじみている。
ふとそのとき、
思った。
「いま、僕も友達も、高一になっている…」
高校生のふりや演技をしているわけではなく、
ただすっと自然体で高校生だった。
16歳のころにできなかったことをいま経験し、
置き忘れていた胸のつかえが天へ昇っていった。
以来僕は、それまでの持ちネタ
「6年間異性と口を聞かなかった」に、
ささやかなマスコットがくっついた。
「でも、高1のときに一度だけ、女友達とお茶したことはある」
経歴詐称のようだが、どうしたって僕には、
16のときの大切な思い出として、
胸の空氣をあたためてくれている。
人の神経は電氣信号であり、その回路や記憶ディスクという意味では
記憶自体を更新することで、様々なトラウマなども、解決できることがあるだろう。
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