新聞、ラジオ、テレビ等、大地震大津波の特別番組から被災地の情報を目に耳にする。
あまりにも被害の大きさに唖然とし被害者の方々にお見舞いを申し上げるという言葉しか浮かんでこない。
数十年前、私が30歳後半の時広島県三次市の水害時、日曜日の一日だけであったがボランティアに出かけた。7時から一般車両は入れないと言うことで、我が家を5時スタートし三次市内に潜り込んだ。
水を含んだ一枚の畳を大の男が4人でないと運び出せない。そして泥をかき出すのに大変な重労働を経験。昼はあき手作りおむすび弁当を知らない年配の男性と分けて食べた事がいまだに記憶にある。
東日本大震災は想像を絶する光景、人ごとではない。被災地での対応にあたる関係者のご苦労も察しする。できればガレキの一本でも片づける手伝いをしたいと思うが、今の私は募金という協力しか出来ない。
一日でも早く普通の生活にもどられる事を祈るだけである。
大地震大津波から五日目、それに原発事故の事、心が重い。
そんな中で鳥の話は出来ないなぁー
約2年半在籍しましたが、山火事の災害派遣が多かったです。似の島・阿多田・大竹松が原・・・。
私事の大昔のたわごとを聞いていただき有難うございます。
この度息子さんが被災地で危険な状態の中、救援活動に汗されているんですね。きっと、じじさんの気持ちまで入っていると思います。
私どもじじばばは義援金寄付だけではなく、19、20、21日の三日間大授搦計画を中止しました。灯油、ガソリン等々不足の報道、そして復興には数年かかるので、その都度出来る事をしたいと思っています。
息子さんには私どもも応援しています。