生活改善へ願い切実、議論は文化振興のみ /北海道
毎日新聞 2012年12月01日 地方版
09年衆院選後の政権交代には、苦悩の歴史を背負うアイヌ民族も暮らしの改善を期待した。だがこの3年で何が変わったのか。次の衆院選(4日公示、16日投票)を前に、その現実を見た。
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早坂ユカさん(43)は、札幌市豊平区の借家に子供2人と住んでいる。一戸建ての小さな建物。近くには豊平川が流れる。22歳から洋裁などの仕事をしながら1人で子供を育て、今は知床のホテルでアイヌ民芸品の委託販売をしている。余裕のある暮らしではない。
今春、長男駿(しゅん)さん(22)が奨学金を頼りに札幌大学を卒業した。しかし、正規の勤め口が見つからず、臨時職員として市アイヌ文化交流センター「ピリカコタン」で働いている。月収は13万円。早坂さんは「奨学金は4年間で約360万円。9月に返済を求める通知が来たが、収入が少ないので猶予してもらった。少しずつ返しても重荷。消費増税でさらに負担も増える」と不満を漏らす。
長女由似(ゆに)さん(20)も札幌大の2年。アイヌ子弟を対象にした札幌大の「ウレシパ奨学生」として学費は免除されている。だが生活費にするため、1カ月約5万円の奨学金を借りている。この返済もいつかはやってくる。
四女のさやかさん(18)が来春の大学進学を目指す札幌市東区の川上裕子さん(64)の悩みも学資。さやかさんは今春高校を卒業し、アルバイトで学資をためている。
川上さんは前回衆院選後、首相になった鳩山由紀夫氏に期待した。「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」(アイヌ議連)会長で、アイヌ問題に理解があると信じていた。「でも結局何も変わらなかった。どの政治家も、自分の首をつなぐため政党を渡り歩くばかり」と失望感でいっぱいだ。
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長い差別の中で生活の糧を奪われ、十分な教育も受けられなかったアイヌ。道の06年度の調査で、大学進学率は17・4%。全体の38・5%とは大きな隔たりがある。北海道大の08年の調査では、道内のアイヌの平均年収は197万円で、300万円未満が7割も占めた。期待する施策は、子供の進学や学力向上への支援が51・0%で最も多く、差別のない社会の実現、雇用対策拡充が続いた。
道は76年度からアイヌに学資給付を始めたが、82年度から無利子貸し付けに後退した。現在の上限は、国公立大生で月額5万1000円、私立大生8万2000円。卒業後、年収によって返済は最大5年間猶予されるが、猶予条件も段階的に切り下げられ、11年度の年収400万円以下から13年度に300万円以下となる。
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アイヌを先住民族と認めることを政府に求めた国会決議(08年7月)を基に、国はアイヌ施策の検討を本格化し、09年12月には政府のアイヌ政策推進会議が発足。アイヌ文化の復興・発展を目指す「民族共生の象徴空間」を白老町に設けることを決めたが、最も望まれている進学や就労支援はほとんど進んでいない。道外に住むアイヌも対象にしなければならず、予算もかなり必要になるからだ。
北海道アイヌ協会札幌支部で生活相談員を19年間務めた多原良子事務局次長(61)は「国会決議は期待をもたせたが、議論されるのは文化の振興ばかり」と指摘する。それはそれで大切だが、景気低迷でしわ寄せを受けるのは低所得者が多いアイヌら弱者。生活改善への願いは切実ながら、次の衆院戦に大きな期待ももてずにいる。【千々部一好】
http://mainichi.jp/area/hokkaido/news/20121201ddlk01010183000c.html