先住民族関連ニュース

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小粋な染織産地マスク 新宿高島屋、自動販売機も設置

2020-08-27 | アイヌ民族関連
産経新聞 8/26(水) 7:55
 染織産地の技術を生かして作られたファッションマスクなどを販売するイベント「マスクラボラトリー」が新宿高島屋(渋谷区)で開催されている。手軽にマスクを購入してもらいたいと、マスク自動販売機も設置している。
 イベントでは、北海道のアイヌ刺繍(ししゅう)(税抜き1100円から)、福岡県の博多織(同2700円)、京都府の京友禅(同3千円)など、16都道府県の染織産地から約20種類を販売。ターラ・ブランカやケイコクロイシなど婦人雑貨ブランドによるファッション性の高いマスクも数多く並んでいる。
 自動販売機は、2階JR口の店内に設置。使い捨てマスクや布マスク、ファッションマスクなどを取り扱う。
 マスク需要が高まる中、同店は「百貨店らしいマスク売り場を提案したい」と、百貨店の販路を生かし、機能性とファッション性を兼ね備えた商品を取りそろえた。染織産地のマスクを通じて、「染織物に触れるきっかけにもなってほしい」という。
 今後もマスクが手放せない状況が続きそうだが、「気分によってマスクを変えるなど、ファッションとしても楽しむ提案をしたい」としている。
 イベントは9月1日まで、自動販売機は11月中旬ごろまで設置予定。
https://news.yahoo.co.jp/articles/a6f5e8528eed4c0f391b64dc7762bf1cb9402518

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ロヒンギャ6人の立候補を認めず、ミャンマー改革の限界露呈か

2020-08-27 | 先住民族関連
ロイター 8/26(水) 15:28
 今年11月に行われるミャンマーの総選挙で、立候補を申請した少数民族ロヒンギャの出身者6人が、資格がないなどとして立候補が認められなかった。人権団体からは、これがこの国の改革の限界を示しているとの声が上がっている。
 ミャンマー出身のアブドゥル・ラシードさんは政治家志望だ。 彼の父親は公務員だった。
 だが11月に行われる選挙の投票用紙に、ラシードさんの名前が載ることはない。当局はラシードさんを外国人の子供だとみなしているからだ。
 立候補を認められなかったのはラシードさんを含め6人。全員イスラム教徒のロヒンギャ族だ。当局はラシードさんが誕生した当時、両親は市民権を有していなかったと主張。だがラシードさんはそれを証明する書類を持っている。
 ミャンマー政府は先住民族としての彼らのコミュニティーや、そもそも「ロヒンギャ」という言葉すら認めていない。
 アブドゥル・ラシードさん
 「これは父の年金証書、これは母の新しい身分証明書だ。必要な書類をそろえて立候補を届け出たのに、却下された。何が問題かわからないし、答えもわからない」
 両親の「国民登録カード」と呼ばれる市民権の証明書は、1990年代に突如無効が伝えられ、別のカードと交換させられた。さらに2015年、テイン・セイン前大統領は一方的にこのカードをも無効化し、ロヒンギャから選挙権をはく奪した。
 歴代のミャンマー軍事政権は、ロヒンギャの公的書類を次々と奪い、大勢の人が出自を証明するものを失ってしまった。
 ラシードさんは、ノーベル平和賞を受賞したアウン・サン・スー・チー氏率いる政党が選挙で勝てば、いずれロヒンギャの権利が認められるだろうと期待していた。だが、その夢ははかなくも打ち砕かれた。
 「民主的な政府になり、スー・チー氏に一定の希望を持っていた。今年の選挙は事実上のスー・チー政権のもとで行われるので、ロヒンギャへの差別がなくなるよう、政治を変えられると期待していた。私たちのことを受け入れてもらえると思っていた。だが、そうではなかった」(ラシードさん)
 少なくとも12人のロヒンギャが立候補を申請して、6人が却下された。全員、スー・チー氏の民主的な政府でチャンスを求めていた。
 11月8日に行われる総選挙は、軍事政権からの脱却が問われていると専門家は話す。2017年、73万人以上のロヒンギャがミャンマーからの避難を余儀なくされた。軍が弾圧をおこなったためで、国連は大量虐殺を狙ったものだったと結論付けた。
 ロヒンギャが立候補を認められなかったことについて人権団体は、これがこの国の改革の限界を示していると指摘した。
https://news.yahoo.co.jp/articles/f9fda2e3cc51bceb815ba077f940d470b012b0b9

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アイヌ文様の万華鏡作り 親子ら文化工作体験 白老

2020-08-27 | アイヌ民族関連
苫小牧民報 2020/8/26配信
 白老町末広のしらおいイオル事務所チキサニで22日、子ども向け行事「アイヌ文化工作体験」が開かれた。参加した小学生らはアイヌ文様をデザインした万華鏡作りを楽しんだ。  一般社団法人白老モシリが主催し、地元や苫小牧市の親子21人が集まっ…
この続き:178文字
ここから先の閲覧は有料です。
https://www.tomamin.co.jp/article/news/area2/27295/

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先月開業・アイヌ文化の発信地「ウポポイ」 この土産が人気! 北海道白老町

2020-08-26 | アイヌ民族関連
HBC 8/25(火) 21:47

 民族共生象徴空間=ウポポイのオープンからおよそ1か月半。あるお土産が人気を博し、アイヌ文化の発信に一役買っています。
 新型コロナウイルスの影響で、2か月半遅れて先月12日に開業したウポポイ。コロナ禍で入場制限があるものの、来場者はこれまでに5万人を超えています。
 お土産などを販売するミュージアムショップには、アイヌの代表的な楽器「ムックリ」や、北海道の民芸品として人気の木彫りのクマなどが並びますが、中でもオープン当初から人気を博しているグッズがあります。
 「こちらが弊社が企画販売した商品でございます」(ほくみん・浜松大輔取締役)
 アイヌの伝統的な文様を使ったポーチやバッグです。ポーチやペンケースは1500円と、手ごろな値段と目を引くデザインで当初は売り切れが続出。旭川の企業が食品ではなく、形に残るもので、北海道の歴史や文化を伝えたいと企画しました。生地には丈夫な「帆布」を使い、13種類ほどのグッズがそろいますが、企画を考えた5年前は、デザインに課題がありました。
 「アイヌの文化や歴史についてまだまだ勉強が足りなかったところがありましたので」(ほくみん・浜松大輔取締役)
 そこで声をかけたのがアイヌ・アートのデザイナー、藤戸康平(ふじと・こうへい)さんです。
 「今までにないような模様を作りたいというのがあったので」(アイヌアートデザイナー・藤戸康平さん)
 アイヌ文様の商品をきっかけに、アイヌ文化そのものへの理解が進んで欲しいと話します。
 「そこがきっかけで、もっと興味ある人は、どんどん調べてウポポイにも行ったりするだろうし、徐々に広がっていく感じでいいんじゃないかなと思います」(アイヌアートデザイナー・藤戸康平さん)
 一方、販売する企業側も製品を通して民族共生に一役買えたらと期待を高めています。
 「子供たちが弊社の商品を手に取っていただいて、家に持って帰ってもらって、ご家族ともう一度アイヌの文化と歴史について話し合えるような、そんなきっかけになる商品になったら、うれしいなと思います」(ほくみん・浜松大輔取締役)
https://news.yahoo.co.jp/articles/3a55dcca0ae675f7a4bd5e63e411ccc455ec8e44

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▽ウポポイ視察

2020-08-26 | アイヌ民族関連
BLOGOS 2020年08月25日 15:00

北海道白老を訪ねウポポイ(民族共生象徴空間)を視察して参りました。 様々な議論を醸し出しているこの施設。 国の予算がなんと200億円も付けられている国立民族博物館です。
この際、アイヌが先住民族であったかどうかと言うような議論に関しては私の持論もありますが、あえて先住民族であったと言うことを前提としての心構えで、見学させていただきました。
結論から申し上げると、先住民族であると言うアイヌ文化を紹介する博物館の展示物にしては、歴史的検証がなされたとは言えないようなものばかりであり、国立民族学博物館としてはいかがなものかと、疑問符を打たざるを得ない印象を持ちました。
いくつかの根拠がありますが、最も象徴的なのはまず展示物の新しさです。 説明書きをチェックしながら、私が記憶した限りでは、最も古い展示物は1980年代のものが数点。 展示物ほとんどが2000年代に作られたもの、あるいは2017,18,20年頃、つまり最近作られたものばかりなのです。
新しいものを展示することに私は反対をするものではありません。 しかし先住民族であるならば、古くから伝えられた展示物、歴史的検証価値のあるものが展示されて然るべきと思うのですが、一切そのような展示物は見当たりませんでした。
穿った見方をすれば、「新しいものしかないのかもしれない」などとも考えてしまうような展示です。 ぜひともアイヌ民族が先住民族であると言うことを歴史的に科学的に見学者が理解することのできるような展示物を示してほしいと心から願っております。
もちろん古い時代の展示物もありました。しかしこれは一般に日本の古い時代に当たり前に存在していた食器や農具などであり、アイヌ民族だけが使っていたものであると言う但し書きすらない展示物ばかりの印象でした。
アイヌ文化を継承発展させようとする活動の調査、検査についても然り。 大きな立派なガラスケースの中に収められた資料を見ますと、極最近のイベントのポスターの様なものばかりなのです。 果たしてこのような立派な陳列ケースの中に入れるような資料なのでしょうか。
これまでの脈々と続いてきた文化継承の歴史がある筈なので、今回期待したいと思います。アイヌ民族と江戸時代の武士との交流についての資料がありそうなものですが、これも全く陳列されておりませんでした。
今回の視察では、仙台藩白老陣屋跡資料館も視察してきました。 幕末、白老から東へ北方領土にかけて、なんと仙台藩が外敵から守るため安全保障上の陣を構えていたのです。
そして、あまりにもの寒さに耐えかね地域地域に住んでいたアイヌの方々から生活の知恵を貰いながら、武士達はアイヌと多くの交流をしてきたと資料館に展示されております。 ウポポイ博物館には江戸時代から伝えられる資料は全く展示されておりませんでした。
と、同時に、このような幕府との関係についても全く展示されておりませんでした。そして気になることがもう1つ。 展示された資料にはその多くには所有者がいるのです。
国立民族博物館ですから、博物館が自ら所有していたり、あるいは所有者が寄贈していたりするのが普通だと思うのですが、当該博物館所有の展示物が全くありません。 まさか、所有者に対して貸出料等を支払っていないかどうか?などと疑ってしまいたくもなるのです。
特別展示室。先住民族であるアイヌ民族に関する何か特別なテーマを取り上げた特別展示なのかと思いきや、現在アイヌ文化に取り組んでいる現代人の日常生活を展示したものです。 この方々がアイヌの子孫なのかどうかも明確ではありません。
中にはアイヌ文化振興に取り組んでいる方が日頃なりわいとしている職業についての展示などもあり、その展示コンセプトが全く理解できません。 今後どのような特別展示が行われるのか興味津々であります。
いやしくも国立民族博物館です。 大切な民族の伝統歴史文化が見学者に浸透するような運営でなければならないはずです。そのためにも博物館の運営にはまだまだ改善が必要だと認識をしました。
お金のことを、あまり言いたくありませんが入場料は1200円です。 それに値する博物館なのかと言うことについては専門家の議論に委ねたいと思いますが、少なくとも文化歴史の素人である私が一般人として見学をして得た感想としては「値しない」と思っています。
歴史的な文化の重み、深み、そこから派生する人々の生活が全くイメージされる事はありませんでした。国立の施設として多額の税金を投じたからには、今後とも施設に対する検証を継続していく必要があります。
歴史の真実を継承していくためにも、あらゆる民族の文化を大切にしていくためにも、今回の気づきをもとにフォローしていきたいと思います。今回は中国資本により買収された土地についても何箇所か視察をしてまいりました。 この件につきましてもまた改めて報告をさせていただきます。
https://blogos.com/article/480340/

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抗ウィルス作用があるというアマゾンの薬草ウーニャ・ヂ・ガトとは?

2020-08-26 | 先住民族関連
メガブラジル 2020年08月25日
ウーニャ・ヂ・ガト(写真/Vangeliq.petrova)
食生活からデザインの分野まで、さまざまな先住民の知恵や文化が、現代の生活の中にも数多く活かされているブラジルでは、地方によっては、古来から土地に伝わる薬草文化が今も息づいている。
アマゾン地域で広く知られるウーニャ・ヂ・ガトも、先住民によって利用されてきた薬草で、現地メディア「UOL」によると、抗炎症や免疫力強化などの作用のほか、喘息、関節炎、胃炎、糖尿病、副鼻腔炎など幅広い効用があると考えられているという。
そしてウーニャ・ヂ・ガトが持っていると考えられているもうひとつの効用が、抗ウイルス作用だ。
ウーニャ・ヂ・ガト(エリーニャの名でも知られる)はアマゾンの熱帯雨林や中南米の熱帯地域に自生する、アカネ科カギカズラ属の植物。大きく分けて2種が知られており、それぞれ学名はUncaria tomentosa (Willd.) DCとU. guianensis (Aubl.)Gmel.)となる。日本ではキャットツクローの名で知られている。
葉の下に猫のかぎ爪のような棘があることから、ウーニャ・ヂ・ガット(キャッツクロー、猫の爪)と呼ばれている。
リオデジャネイロ連邦大学(UFRJ)科学研究所有機化学科のリジア・マリア・マリーノ・ヴァレンチ准教授によると、ウーニャ・ヂ・ガットは「複数の先住民の部族によって少なくとも2000年間、腐敗や炎症、胃潰瘍の治療や、避妊、その他の目的で利用されてきた」薬草で、この植物の「生態学的・経済的側面だけでなく、治療特性、構成要素の複雑さと構造の多様性とその作用メカニズムが、この30年来、医師、化学者、薬理学者、植物学者、農学者、および経済学者の関心を集めている」と述べている(1)。
リオデジャネイロ研究助成カルロス・シャーガス・フィーリョ財団(FAPERJ)も2009年に、ウーニャ・ヂ・ガトがデング熱の治療薬の開発に寄与する可能性があることを発表している(2)。
(3)は過去の様々な研究により、「化学的、生物学的および薬理学的研究によると、この種には、免疫刺激作用、抗炎症作用、抗ウイルス作用、癌細胞増殖阻害剤など」が指摘されていることを紹介している。
民間療法においてこの植物は、先住民はの間で「主に、茎の樹皮または根から煎じたお茶のスタイル」(リジア・マリア・マリーノ・ヴァレンチ准教授)で摂取していたという。現在もマナウスなどアマゾン地域などで、同様にお茶にして利用されることが多い。
また、日本の厚生労働省による「『統合医療』情報発信サイト(eJIM)」でも、「アメリカ国立補完統合衛生センター(NCCIH)」んが公表しているキャッツクローの項目(4)を翻訳して紹介している。同翻訳によると、キャッツクロー(ウーニャ・ヂ・ガト)は「より最近では、ウイルス感染症(ヘルペスやHIV)、アルツハイマー病、がんおよび関節炎などのさまざまな疾患に対する民間療法または伝統療法として」使われていると紹介しているが、同時に「キャッツクローが何らかの疾患に対して有効かどうかを判断できる十分な科学的根拠はありません」とも記している。
民案療法の薬草が広く一般的に人々の生活の中に息づいているパラー州ベレン市などブラジルの北部の都市では、市営市場や街中のスーパーマーケットにも薬草のコーナーがある。
アマゾナス州マナウス市では、1882年から市民の台所として親しまれているアドウフォ・リズボア市場にも、薬草を販売する名物店舗がずらりと並び、市民に親しまれている。
マナウス市の地元ジャーナリスト、マリオ・アドウフォさんは自身が運営する「マリオ・アドウフォ・ブログ」(5)で、「多くのマナウスの人々が、科学的に製造された薬品よりも、薬用植物による治癒を信じている」と語る、薬草販売店の店主クリスチーナ・タナカさんのコメントを紹介している。
アドウフォ・リズボア市場でこの道40年のキャリアを持っているという日系ブラジル人のクリスチーナ・タナカさんは、マナウス首都圏にある農村地帯のマナカプル市にあるベラ・ヴィスタのコミュニティで薬草の知識を学んだという。
「その地域には医師はいませんでしたから、とても古くから伝わる薬草の利用法を用いて自分たちをケアしなければなりませんでした。免疫低下を防ぐ効用を持つ薬草には、さまざまな種類があります。例えばウーニャ・ヂ・ガト(キャッツクロー)、紫イペー、ジャンボラォン、これらすべてには、とりわけ抗炎症、抗菌、抗ウィルス、抗アレルギーがあると考えられています」
例えばウーニャ・ヂ・ガト(キャッツクロー)には、白血球減少症の治療に使われるアルカロイドを含む種があることで知られている。しかし、薬草を通じて病気を予防することは可能だとしても、新型コロナウィルスをズバリ退治することを示している薬草は存在しないとクリスチーナさんはいう。
「適切な投与量、使用方法、治療特性を知る必要があります」
クリスチーナさんは薬草の有効性や安全性を確保するための、化学的、薬学的、毒物学的な特性についての知識は、依然として不足しているという。
1:Valente,L.M.M.「Unha-de-gato [Uncaria tomentosa (Willd.) DC. e Uncaria guianensis (Aubl.) Gmel.]: Um Panorama Sobre seus Aspectos mais Relevantes」(「Revista Fitos」 Vol.2 Nº01 junho/setembro 2006)
2:「Planta medicinal pode ser o ponto de partida para remédio contra a dengue」(FAPERJ,22/01/2009)
3:Lunz, A.M.P.I,; Silva Júnior, E.C.II; de Oliveira, L.C.「Efeito de diferentes níveis de sombreamento no crescimento inicial de Unha de gato (Uncaria tomentosa Willd.)」(「Revista Brasileira de Plantas Medicinais」、vol.16 no.4 Botucatu Oct./Dec. 2014)
4:「Health Information : Cat’s Claw」(National Center for Complementary and Integrative Health, Last Updated: May 2020)
5:Adolfo,Mário「Cresce a procura por plantas medicinais em Manaus」https://www.blogdomarioadolfo.com.br/cresce-a-procura-de-plantas-medicinais-em-manaus/
(文/麻生雅人)
https://megabrasil.jp/20200825_48603/

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返還のアイヌ遺骨再埋葬 浦幌の団体「ほっとしている」(動画)

2020-08-25 | アイヌ民族関連
北海道新聞 08/24 14:06 更新

【浦幌】十勝管内浦幌町のアイヌ民族団体「ラポロアイヌネイション」(旧浦幌アイヌ協会)は22日、保管していた東大から返還されたアイヌ民族の遺骨6体を同町営墓園に再埋葬した。
 同団体の関係者が、遺骨を土の中へ丁寧に埋め戻した。同団体の差間正樹名誉会長は「いろんな思いはあるが、再埋葬が私たちの目的なのでほっとしている。ただ(東大から)謝罪の言葉はあってしかるべきだった」と話した。東大関係者は立ち会わなかった。
 東大に遺骨の返還を求めた訴訟は7日に釧路地裁で和解が成立し、20日に返還された。
 6体のうち5体は1888年(明治21年)、東大教授が研究目的で浦幌町ウツナイの墓地から掘り出し、残る1体は1965年に東大の別の教授が同町十勝太の墓地から持ち去っていた。
 同団体が東大と北大、札幌医大に遺骨の返還を求めた一連の訴訟は終結し、計102体が古里に戻った。町立博物館から返還された1体を含め103体が同墓園に再埋葬された。(岩瀬貴弘)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/452880

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グアテマラの障害児に医薬品を コロナ禍で苦境 京都のNGOが緊急支援金募る

2020-08-25 | 先住民族関連
毎日新聞 8/24(月) 16:41配信
 中米グアテマラで新型コロナウイルスの影響で苦境に陥った障害児たちのため、京都市に拠点を置くNGO「日本ラテンアメリカ協力ネットワーク」(略称レコム)が緊急支援キャンペーンに乗り出した。1万円で4家族の2週間分の食料、8000円で子供1人の1カ月分の医薬品を提供できるといい、100万円を目標に9月末まで支援金を募っている。
 支援金を送る先は同国南西部のサンティアゴ・アティトラン市にある「サンティアゴ・アティトラン 障害を持つ人々の親と友人協会」(略称ADISA)。アティトラン湖のほとりで暮らすマヤ先住民族を中心に、障害を持つ人たちが必要なケアを受け、社会生活を送れるよう支援している団体だ。乳幼児の総合的なセラピーや家族の支援、若者の経済的自立プロジェクトなどを展開しており、レコムは2015年から資金協力している。
 同国は人口約1700万人の半数以上がマヤ先住民族で、その80%が貧困層とされる。3月に新型コロナ感染者が確認され、非常事態宣言が出されて夜間の外出や県外移動が禁止される中、露天商や日雇いなどで働く多くの人が仕事を失い一層困窮しているという。美しい湖を中心とする観光地の同市は来客が途絶え、多くの住民の収入が激減。ADISAは各家庭への電話によるケアと感染予防の指導に加え、困窮する150家族への2週間に1回の食料支援や医薬品提供も続けてきた。
 食料支援には1回で約35万円を要する。ADISAはレコムの他にも欧米からの支援を受けてきたが、資金が底をつくようになり、レコムが今回の緊急募金を決めた。担当者は「公的支援が乏しい国で障害のある人も共生できる社会を目指して先進的に取り組むADISAと、各家庭への確かな支えになる」と協力を呼び掛けている。
 支援金はゆうちょ銀行の口座「グアテマラ基金」(口座番号00100―6―664427)へ。問い合わせはレコムへ電子メール(recom@jca.apc.org)。【太田裕之】
https://news.yahoo.co.jp/articles/e5d0c9c635c9d2eec38e3a7a1b9881768dfa211a

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消滅しつつあるロシアの民族(写真特集)

2020-08-25 | 先住民族関連
ロシアNOW 2020年8月24日

 写真家のアレクサンドル・ヒムシンさんは、先住民族の歴史と文化を守ろうとしている。シベリアと極東で消滅しつつある民族が独自の民族衣装を身につけた姿を映したもの、それが彼のプロジェクト「顔で見る世界」である。
 写真家のアレクサンドル・ヒムシンさんは世界中の少数民族の写真を12年以上にわたって撮影している。
 ヒムシンさんはヤクーチヤ生まれ。長い間、オーストラリアに住んでいた。プロジェクト「顔で見る世界」で、彼は地球上のさまざまな民族を紹介している。現在はモスクワに住んでおり、ロシア国内をめぐる写真による民族調査を続けている。しかも、彼が訪れているのは観光地だけではない。
 “流浪の写真家”を名乗るヒムシンさんは、「2014年、数え切れないほどの写真を整理していたが、その中にたくさんのポートレートを見つけました。そしてそのとき、旅行の思い出の中で、彼らとの出会いが一番興味深い瞬間だったことを思い出したのです」と語る。「なぜなら、そのとき、わたしたちは自然の中にある境界線を超えるのではなく、文化やメンタリティーの境界に直面するからです」。
 彼はこれらの肖像画の最初の200枚を「顔で見る世界」というタイトルで、インターネットで公開した。そしてそれから、このプロジェクトだけに打ち込むことにした。それまで彼は旅行をテーマにした人気ブログをやっていた。
 アレクサンドルさんは2016年に旅行を始めた。最初はシベリアと極東で調査を行った。前もってヒーローを決めたりはせず、撮ってもいいと言ってくれる人を全員撮影し、そこから自分がもっとも気に入った写真を選んでいくという。作品の中には何年も公開されないものもあれば、ウイルスのように広がって、デイリーメールやデイリーミラー、デイリーテレグラフなどの表紙に使われるものもある。
 1回の旅行には数週間から1ヶ月ほどの期間をかける。というのも、多くの民族が遠く離れた場所に住んでいて、その居住区に行くまでに時間がかかるからである。衣装はその場で選ぶことが多いという。地元の人々は衣装タンスの中から、喜んで両親や祖父母、曽祖父母らの服を出してきてくれるのだそうだ。
 アレクサンドルさんがこれまでに紹介してきたのはロシアのおよそ30ほどの少数民族と世界の数十の民族であるが、このうちのいくつかは公式に消滅しつつあるものと認められている。
 アレクサンドルさんは言う。「すでに10人以下しかいない民族が住む場所にも行きました。地図で見ても、本当になかなか行けない場所ですが、そこにたどり着いてみると、そこにはもう何の文化も残っていないことが分かります。写真を撮影するために、昔のイラストを基に、民族衣装を縫ったこともありました」。
 チュヴァシはアレクサンドルさんが初めてロシアのヨーロッパ部で撮影を行った場所である。
 「村のおばあさんや少女に民族衣装を着てもらい、撮影しました。地元の博物館が本物の18世紀の銀の頭飾りを貸してくれたのですが、それはもう本当に素晴らしいものでした。それに多くのチュヴァシ人が古いコインで飾られた、ひいおばあちゃんの民族衣装を大事に保管していることを知りました」。
 「この仕事をしていて、一番面白いのは人々と触れ合うことです。前もって期待しないよう、旅行の前にはできるだけガイドブックを読まないようにしています」とアレクサンドルさんは話している。
 「今ではみんながわたしのことを知っていて、家族のように迎えてくれます。カムチャツカに行ったとき、わたしはまったく計画を立てず、ソーシャルネットワーク上で、ネット上の何人かの知り合いにメッセージをしただけだったのですが、その翌日には地元で文化を学び、旅行のプランを立ててくれる人々と連絡を取ることができました」。
 現在、彼はすでに数千枚のポートレートを撮影しているが、まだこのプロジェクトを終わらせる気はないと言う。「ロシアには非常にたくさんの民族がいて、そのすべてを紹介したいと思っています。ただそれには長い時間が必要なのは承知の上で、一生かかるかもしれないと思っています」。
 「わたしが撮影した人の中には、このおばあさんのように、もう亡くなってしまった人もいます。おばあさんの命とともに、この民族の文化も失われてしまうのです。わたしのプロジェクトのグローバルな目的の一つは、特に文明から遠く離れた民族の伝統と言語を守らなければならないと言うことを、若者に気づいてもらうことなのです」。
 少数民族の文化をより多くの人々に知ってもらおうと、アレクサンドルさんは世界のあちこちで写真展を開いている。中でも、2019年にニューヨークの国連本部で開かれた展覧会は大きな成功を収めた。現在はブリャーチヤの首都、ウラン・ウデの近くにある民俗センターで展覧会が開かれており(スティーヴン・セガールも足を運んだ)、また来年には先住民の国際デーに合わせて、パリのユネスコでも大規模な展覧会が開かれる。
「ロシア・ビヨンド」がLineで登場!是非ご購読ください!
https://jp.rbth.com/arts/84151-syoumetsu-roshia-minzoku-syashin

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ゴールデンカムイ:テレビアニメ第3期で三宅健太が“刺激を求める鉄拳野郎”岩息舞治に 「もっともっともっともっともっと…」

2020-08-25 | アイヌ民族関連
MANTANWEB 2020/08/24 18:00

「ゴールデンカムイ」に登場する岩息舞治(左)と声優を務める三宅健太さん(C)野田サトル/集英社・ゴールデンカムイ製作委員会
 「週刊ヤングジャンプ」(集英社)で連載中の野田サトルさんのマンガが原作のテレビアニメ「ゴールデンカムイ」の第3期に声優として三宅健太さんが出演することが8月24日、分かった。三宅さんは“刺激を求める鉄拳野郎”と呼ばれる岩息舞治を演じる。
 三宅さんは「不器用な方です。だって……もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっとっ!!……って感じで痛みを伴わないと、人間と分かり合えないのだから。だから、私、三宅健太も、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっとっ!!……って感じで、岩息さんと一緒に、不器用に熱くゴールデンカムイの世界を生きようと思います。よろしくもっとっっ!!!」とコメントを寄せている。
 「ゴールデンカムイ」は、2014年から同誌で連載中のマンガ。かつて日露戦争で活躍した“不死身の杉元”が、北海道で死刑囚が隠した埋蔵金の手掛かりをつかみ、アイヌの少女らと共に冒険を繰り広げる姿を描いている。コミックスのシリーズ累計発行部数は1300万部以上。テレビアニメ第1期が2018年4〜6月、第2期が同年10〜12月に放送された。第3期が10月から放送される。
https://news.goo.ne.jp/article/mantan/entertainment/mantan-20200824dog00m200008000c.html

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TVアニメ「ゴールデンカムイ」第3期 刺激を求める鉄拳野郎・岩息舞治役は三宅健太に決定!

2020-08-25 | アイヌ民族関連
WebNewtype 2020/08/24 18:00

三宅健太さんが演じる岩息舞治のカラー設定画/(C)野田サトル/集英社・ゴールデンカムイ製作委員会
(WebNewtype)
TVアニメ「ゴールデンカムイ」第3期の新キャラクター&キャスト情報が解禁されました。刺激を求める鉄拳野郎・岩息舞治を三宅健太さんが演じます。
TVアニメ「ゴールデンカムイ」第3期は、10月よりTOKYO MX、読売テレビ、札幌テレビ、BS11、時代劇専門チャンネルにて放送開始予定です。
【岩息舞治役・三宅健太さんのコメント】
不器用な方です。だって……もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっとっ!! ……って感じで痛みを伴わないと、人間とわかり合えないのだから。だから、わたくし三宅健太も、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっとっ!! ……って感じで、岩息さんと一緒に、不器用に熱く「ゴールデンカムイ」の世界を生きようと思います。よろしくもっとっっ!!
【イントロダクション】
網走監獄で繰り広げられた激しい攻防戦の末に、離れ離れになってしまった「不死身の杉元」こと杉元佐一とアイヌの少女・アシ(リ)パ。アシ(リ)パは「脱獄王」の白石由竹とともに、キロランケと尾形百之助によって父の足跡が残る場所・樺太に連れ去られていた。アイヌの金塊を強奪した張本人である「のっぺら坊」が死んだ今、その秘密を解けるのは娘のアシ(リ)パのみ。キロランケの目的は、彼女を連れてかつての仲間である極東ロシアのパルチザンと合流することにあった。一方、第七師団の鶴見中尉と手を組んだ杉元と谷垣源次郎は、アシ(リ)パを捜索するための先遣隊に志願。月島軍曹と鯉登少尉を同行者として樺太を目指す。北海道よりさらに北に位置する極寒の地で、それぞれの旅路を進む杉元とアシ(リ)パを待ち受けるものとは!? 新たなサバイバルが幕を開ける!(WebNewtype)
https://news.goo.ne.jp/article/webnewtype/entertainment/webnewtype-241560.html

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伝統の舟下ろし 今年も継承 平取でアイヌ民族の儀式

2020-08-24 | アイヌ民族関連
北海道新聞 08/24 05:00

青空の下、沙流川で川下りを楽しんだ参加者
 【平取】アイヌ民族に伝わる伝統的な舟下ろしの儀式「チプサンケ」(チプは丸木舟、サンケは下ろすの意)が23日、町二風谷地区で行われた。神への祈りの儀式カムイノミなどが行われ、先人に思いをはせた。
 チプサンケは古来伝わる技法で作られた舟に魂を入れる儀式。平取アイヌ協会などでつくる実行委が主催し、今年で51回目。例年は観光客も参加して行われるが、今年は新型コロナウイルス感染防止のため、地元の関係者ら約100人のみが参加した。
 二風谷ダム付近の沙流川に設けられた舟下ろし場に全長5~7メートル、幅約1メートルの丸木舟3隻が用意された。参加者は感染対策で間隔を空けて乗り込み、雄大な景色を眺めながら約700メートルをゆったりと下った。
 実行委員長の貝沢守さん(55)は「コロナ禍の中でも無事に開催できてよかった。地域を盛り上げ、伝統を継承していきたい」と話していた。(川崎博之)
◆チプサンケのプは小さい字
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/452991

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東大から返還されたアイヌ遺骨を埋葬~北海道浦幌町

2020-08-24 | アイヌ民族関連
HBC 8/23(日) 10:34

 かつて東京大学が研究目的で持ち出したアイヌの人の遺骨が十勝の浦幌町のアイヌ民族の元に返され、埋葬されました。
 返還されたアイヌの人の遺骨6体は、東京大学が明治から昭和にかけて研究目的で墓地から持ち出し保管していたものです。
 浦幌町のアイヌ民族の団体と東大との民事裁判は今月7日に和解が成立し、返還された先祖の遺骨はきのう墓地に埋葬されました。
「長い時間待たせて申し訳ない。安らかに眠ってと言いたい…」(ラポロアイヌネイション・差間正樹名誉会長)
 これで各地の大学や博物館が浦幌町から持ち出したことがわかっている遺骨103体は、すべて返還されたことになります。
https://news.yahoo.co.jp/articles/448160ca840e51857b8441c343d50901839dc3bb

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アイヌ集う場所、東京にも 新大久保の料理店 亡き祖母の思い引き継ぐ

2020-08-24 | アイヌ民族関連
サンケイビズ 2020.8.24 05:00
 JR山手線が高架橋を走り抜ける音が聞こえる。辺りに漂うのは韓国や東南アジアの料理の独特な香り。そこに聞こえてきたのはアイヌ語だった。

建物の神に感謝の祈りをささげる「チセノミ」。藤戸悦夫(右手前)ら、さまざまなルーツを持つ人たちが参加した=東京都新宿区
 6月6日の昼すぎ、東京・新大久保にあるアイヌ料理店「ハルコロ」。祭司が読み上げる祝詞に、アイヌの民族衣装を着た人らが耳を傾ける。開店9年の節目に合わせ、店の建物の神に感謝の祈りをささげる儀式「チセノミ」が始まった。
 ◆「民族の誇り持って」
 ござの上に火の付いた炭。祭司が木製祭具でトノト(酒)を振りかける。火の神に飲ませて、人間の言葉を翻訳、別の神に伝えてもらう。トノトはアイヌの店主、宇佐照代(48)の特製だ。
 米や木の実なども供物として火に入れる。終了後に照代がアイヌ民謡を披露し、皆が手拍子を打ってもり立てた。
 「店を続けられないんじゃないかって、最初は周りから言われたけど、こつこつやって、ここまで来た。でも、まだこれから」と照代は話す。
 北海道釧路市で生まれ、10歳で家族と東京に移った。直後の1983年、関東地方のアイヌが設立した同胞の交流組織「レラ(風)の会」の初代会長に、祖母の西村ハツエが就任。照代は会の活動で民族伝統の歌や踊りに触れ、自然とアイヌとしてのアイデンティティーを形成していく。
 東京都が88年に実施した調査では、都内で暮らすアイヌは推計2700人に上った。だが、照代の周囲でアイヌを知っている人は皆無に等しい。高校の社会科の授業でアイヌが出てきたとき、試しに「私、アイヌなんです」と言ってみたものの、反応は薄かった。「そもそも知らないから、差別は受けなかった」
 ハツエらは民族の権利回復運動も続けており、「関東にアイヌが集う場所をつくりたい」との思いを募らせていた。伝統料理をふるまう店の開業資金をためようと、募金や講演活動に奔走。ようやく94年、東京・早稲田の学生街に、ハルコロの前身となる「レラ・チセ」ができる。
 店は照代の母タミエらが切り盛りし、当時20代の照代も手伝った。学生でにぎわい、年配のアイヌの客が若者に民族の未来を語る姿も見られた。
 その約10年後の冬だった。「おばあちゃんが倒れた」。照代の元に突然、連絡が入る。病院に駆け付けると、ベッドに横たわったハツエが、照代の手を取って声を絞り出した。「民族の誇りを持って生きていくと誓ってくれ」。今まで、そんなことを言ったことはなかったのに。「分かった。誇りを持って生きていく」と照代は答えた。ハツエの顔に笑みが浮かんだ。
 それから他界するまで3カ月、照代は見舞いに通った。ある日、病室で友人と面会するハツエ。話していたのは、初めて聞くアイヌ語だった。「おばあちゃん、しゃべれたの?」。後でその友人に尋ねると、「当たり前でしょ。何歳だと思ってるの」。
 当時、ハツエは80代半ば。照代にアイヌ語を教えてくれたことはなかった。「しゃべってはいけないと言われた時代に育ったんだ」。ショックだった。明治時代以降、伝統的な風習を禁じられ、日本人との同化を迫られたアイヌ民族。祖母のように活動してきた人でも、隠さなければいけなかったのか。差別の歴史を感じ取った瞬間だった。
 「祖母の思いを継ぐ」。照代は決意したが、東京・中野に移転していたレラ・チセは2009年、資金難で閉店する。「ここで生まれた交流がなくなってしまう。なんとかして復活させたい」と、11年にハルコロをオープン。店名は「食べ物に困らない」という意味だ。
 ◆ほっとできる空間に
 コロナ禍で客足は鈍っているものの、具だくさんの汁物オハウなどを求めてファンが訪れる。常連でアイヌ木彫り職人の藤戸悦夫(62)は「アイヌが経営してる、ただの居酒屋だよ」と冗談めかしつつ、「儀式ができたり、アイヌが集まれたりする場所があることは、大事だと思う」と、ありがたみをかみしめる。
 3年前の暮れのある日。店先で、酔った様子の男性が、中の様子をうかがっていた。「おっちゃん、ウタリ(アイヌの同胞)でしょ?」。買い物から帰ってきた照代が話し掛けると、男性は目を潤ませ、手を握りしめてきた。「今度、一杯飲みに来てよ」。そう言って別れた数日後、男性は来店して北海道出身であることを打ち明け、涙を流した。象徴的な出来事だった。
 最近も時々、ウタリらしい男性が店の近くを通る。まだ、声は掛けていない。「気持ちがどうか、分からないから」。それでもいつか、そっと店のドアをくぐってくれるのを待っている。
 照代は言う。「アイヌであることを隠している人も、そうでない人も、ほっとする場所でありたい」。それが、祖母が望んでいたことだと思うから。(敬称略)
https://www.sankeibiz.jp/business/news/200824/bsd2008240500003-n1.htm

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返却されたアイヌ遺骨6体を埋葬 かつて東大が持ち出し(動画)

2020-08-23 | アイヌ民族関連
MBS 2020-08-23 03:05

返還されたアイヌの人の遺骨6体は、東京大学が明治から昭和にかけて研究目的で墓地から持ち出し、保管していたものです。浦幌町のアイヌ民族の団体と東大との民事裁判は、今月7日に和解が成立し、返還された先祖の遺骨は22日、ふるさとの墓地に埋葬されました。
 「今まで待たせて申し訳ないという気持ちと、やっと先祖をもとの土に還せたという安どの思いでいっぱい」(ラポロアイヌネイション〔旧浦幌アイヌ協会〕差間正樹 名誉会長)
 これで、各地の大学や博物館が、浦幌町から持ち出したことがわかっている遺骨103体は、全て返還されたことになります。
https://www.mbs.jp/news/zenkokunews/20200823/4059517.shtml

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