今日は雨が降ったり、そうかと思うと晴れ間がのぞいたりする、よく分からないお天気となりました。風もどことなく涼しくて、何を着たらいいのか判断に困ります。
ところで、今日5月7日はブラームスの誕生日です。

ヨハネス・ブラームス(1883〜1897)は、彼と同時代の指揮者ハンス・フォン・ビューロー(1830〜1894)によってバッハ、ベートーヴェンと並ぶ『ドイツ3大B』と称された、言わずと知れたドイツロマン派を代表する作曲家です。
ブラームスの来歴や何やらについては、今更ここでゴチャゴチャ言うこともないでしょう。ということで、今回はそのあたりは全部すっ飛ばします(オイ…)。
で、今日はブラームスのピアノ作品のひとつをご紹介したいと思います。それは

3大Bの大先輩ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685〜1750)の傑作のひとつである《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 ニ短調 BWV1004》の終曲『シャコンヌ』を編曲したものです。
この編曲は『ピアノのための5つの練習曲 Anh. Ia/1』という連作の中の第5曲目に収められています。なので、世の中的にはあまり知られてないかも知れません。
バッハの『シャコンヌ』といえば

バッハの無伴奏ヴァイオリン作品としてのみならず、バロック音楽中の金字塔的作品のひとつとしてあまりにも有名な曲です。それ故に様々な音楽家が編曲を試みていて、その中で一番有名なものはイタリア人ピアニストのフェルッチョ・ブゾーニ(1866〜1924)のピアノアレンジがありますが、個人的にはちょっとガチャガチャしていて、失礼ながら若干悪趣味な感が拭えません。
一方でブラームスは、

何と左手のみで演奏するようにピアノアレンジしています。なんでわざわざそんなことを…とも思うのですが、この異色のピアノアレンジが生まれるきっかけになった背景には、ブラームスにとって決して成就することのない愛する女性

クララ・シューマン(1819〜1896)が深く関わっています。
ブラームスが

師でもあるローベルト・シューマン(1810〜1856)、クララ・シューマン夫妻と出会ったのは20歳の頃でした。ローベルトの師だったフリードリヒ・ヴィーク(1785〜1873)の娘として父親から英才教育を受けていたクララは、まだまだ女性の活躍が限られていた時代の中にあって女流ピアニストとして華々しい活躍をしていました。
その後、ローベルトはライン川に投身自殺を図った末に46歳という若さで他界してしまいました。この時、残されたクララは

ローベルトとの間にもうけた8人もの子どもたちを育て上げるべくピアニストとしてヨーロッパ各国でコンサートに出演したり、亡夫の作品を少しでも世に送り出すため宣伝活動としての自主公演を開催したりしていました。
そして、青年期にシューマン家に出入りし、音楽評論家ローベルトに認められたことによって世に知られることとなったブラームスも、クララのために作品を献呈したりするなど親しい関係を築いていきました。それはやがて、師の未亡人との叶わぬ恋に発展することとなります。
ある時クララが右手をケガしてしまって、ピアノ演奏が思うに任せなくなってしまったことがありました。その状況を知ったブラームスは、早速左手だけで演奏できる作品を作り上げてクララに捧げることにしましたが、その時に選んだのがバッハの無伴奏ヴァイオリンのための名品『シャコンヌ』だったのです。
直接的には右手の使えないクララのために、左手だけで演奏できる作品を…と思い立ったのがきっかけとなったわけです。ただ、このピアノアレンジはそれだけではなく、ドイツの偉大なる先達バッハに対するブラームス自身の畏敬の念も詰まったものということができます。
当然のことながら、バッハのオリジナルがあまりにも素晴らしい作品なので、ブラームスのアレンジも大変素敵な作品となっています。左手一本での演奏という制限が設けられていますが、元々ヴァイオリンの4本の弦だけで演奏するように書かれたバッハの原曲と同じく音数を制限することによって、より原曲のテイストに近い響きを演出することができているとも言えるものです。
そしてこれまた当然のことですが、左手一本のみでの演奏だからこそピアニストの力量が存分に試されるものともなっています。それに応えることのできたクララ・シューマンというピアニストは、それだけ素晴らしい演奏者だったのでしょう。
因みに、このアレンジを手掛けた頃のブラームスは

こんな感じです。音楽室の肖像画はヒゲモジャの姿ですが、青年期のブラームスはこんなにもイケメンだったのです…。
そんなわけで、ブラームスの誕生日である今日は、クララ・シューマンに捧げたバッハの『シャコンヌ』をお楽しみいただきたいと思います。福間洸太朗さんのベヒシュタインピアノによる、バッハとブラームスとの時を超えたコラボレーションを御堪能ください。