ゲートボール(GB)日記

まちなかの公園でGBを楽しんでいます。GBは老若男女一緒に楽しめる数少ないスポーツの一つです。まちびと

鎌倉は雑然の度がひどくなっていないか

2015年11月24日 | Weblog
21日から始まった3連休の初日朝青空が広がって大変気持ちがよかったので妻と鎌倉散策に行きました。
今回は鎌倉駅から歩いて東の方へ行ってみました。
鎌倉は駅も道も町も狭苦しいのですが、午前中はあまり人が出ていなかったのでまずまずでした。

谷戸構造は自然としては美しいのですが、谷部に店や家が密集するとどうしても貧相になります。
古都としての趣きはなく、雑然としています。
行くたびに鎌倉は町としては悪くなっている印象を受けます。

世界文化遺産に認定されない原因は、鎌倉市民の文化遺産意識が弱く、古都にふさわしい町づくりが行なわれていないからではないでしょうか。
大勢の人が観光に集まって来ますが、観光客が落とすお金が観光客を受け入れる町づくりに活かされていない感じがします。
観光の町としても不十分、住民の町としても不十分、どっちつかずの町になっていると思います。

今後も世界から大勢の人が観光に来ます。
来るなと言っても来ますから、市・市民は観光客を大切にし、観光客に満足していただける町づくりを心がけた方がいいと思います。
鎌倉にあこがれ、鎌倉に住みたいという思いだけでは鎌倉市民としての責務を果たしていないと思います。

テロのパリ

2015年11月17日 | Weblog
芸術のパリがいつしか犯罪のパリとなり、今はテロのパリになりました。
パリのテロは今日始まったことではありません。
フランスが帝国主義で海外に侵出し、その結果として白人以外の人々が大勢パリに集まってきました。
私が若い頃はフランスは人種に寛容などと教わったものですが、私がフランスに行って感じたことはフランス原住民(白人)は決して寛容ではないということです。

白人は外国系が少ないうちは優越的でしたが、増えるにしたがって脅威を感じるようになりました。
悪感情がつのったと思います。
一方差別を感じる外国系の中には悪感情のままにフランスを敵視する人も増えたと思います。

帝国主義時代のフランスのアフリカやアジアへの進出はすさまじいもので、フランスに苦しめられた国・地方の人々は、現代でも悪習はフランスによってもたらされたと批判しています。
今問題のシリアですが、帝国主義時代はフランスの統治下にありました。
フランスに行って事業・仕事などで成功したシリア系も多いと思いますが、反対に悪感情を高めている人も多いと思います。

今日テロのパリになった訳ではありません。
フランスは数百年をかけて気付かないでパリをテロの町にしてきた訳です。

この歴史認識を欠いているとフランスは芸術のパリを取り戻すことは不可能だと思います。

日本もシリアとフランスの関係史をよく理解した上で、テロと戦うと言わないと、馬鹿がのこのこ戦場に行って殺されるという羽目になります。

顔役が存在しない町

2015年11月15日 | Weblog
一世代前は町には顔役がいて、顔が効いていました。
私の町は新興住宅地で歴史がないにもかかわらず、顔役がいて驚きました。
町内会を取り仕切っていました。

その人達が高齢になり、亡くなったり、町の役をやらなくなりました。
世代が代わったと感じます。

すると町の仕事をよくやるボランティアはいますが、今度は顔役がいません。
町内会長になりたいなどという人はいません。

それでもたまになりたがり屋がいて、町内会長に就任します。
しかし昔と違って、町の班長達は価値観が多様であり、個人主義で、会長なりたがり屋を評価しません。
会長を立てません。
つまり現代人は顔役を評価しません。
顔役ぶって威張ればすぐ浮いてしまいます。

町内会長を選挙で選ぶといっても、立候補する人がいません。

町内会長人事で苦労している町内会が多いと思います。

私の町では当番制で班長になった人の中から互選で会長に就任してもらっています。
会長は1年で交代します。
何をやればいいかわからないと思います。
ボランティア組織が協力して何とか町の行事をこなしている状態です。

子供会と老人会

2015年11月08日 | Weblog
私が子供の頃の町の子供会は小学生の会で、親が何かしてくれた記憶はありません。
小学校の上級生が企画して小学生が集まって遊んだり、ちょっと町に有意義なことをしたりしました。

夏の定番は、きも試しでした。
小学校の校庭の北西の隅に昔焼き場があり、骨灰を埋めたと言われた場所がありました。
本当にその場所は、普通の土面の色と異なり、境がはっきりわかる状態で灰色をしていました。
夜になると火の玉が出るというので、子供会できも試しにその場所に行ったものです。
当時は小学校に行く道も暗闇、校庭はもっと暗闇ということで小さい子はこわがったものです。
上級生がわざとこわいお話しをして緊張感を高めたものです。

残念ながら私は火の玉を見たことがありません。
帰りには上級生が星の名前や星座を教えてくれました。
私が上級生になると、星を教える役に回り、みんなから星の先生と呼ばれるようになりました。

冬の定番は火の用心の夜回りで、毎日、拍子木をたたきながらみんなで「火の用心。マッチ1本火事のもと」などと言って町を一回りしたものです。
寒かったと思いますが、楽しかったという思い出だけが残っています。

子供会の行事に親が顔を出したことは一度もありませんでした。

私が親になって自分の子供達が子供会に入りましたが、親が子供会を運営していたのでこれは親会ではないかと思いました。

その私も今は老人となり、老人会に入りました。
ところが私の町は老人の割合が40%以上です。
町内会そのものが老人会のような状態です。
老人会の中の老人会ですから、会員の平均年齢は80歳です。

町の老人割合が増えているのに老人会の会員は町の老人の一部で、しかも会員数が減るという現象が生じています。
会員は高齢ですから老人会の役員をやることを嫌がります。
70歳前後の人は比較的若い老人ということで老人会に入りません。
趣味のサークルがたくさんありますが、どれも消えそうな状態です。
老人が町内会費を払って、老人の一部が老人会に入ってそのお金で飲食したり、遊んだりしている感じになっていますので、老人会の評判が悪く、ますます新規入会者が減っています。
つまり町内会は老人会に厚く補助金を出しても、老人福祉をやったことになっていない訳です。

この老人会の問題をどう解決したものかと考えていますが、町の子供会がヒントになります。
親会が子供会とは変な子供会と思っていましたが、これを老人会に応用すると、70歳(65-75)ぐらいの比較的若い老人の会を老人会にするアイデアがあります。
どういうことかというと町の老人のために行事を企画実行する比較的若い老人ボランティア組織を老人会とすると、町の老人が町内会のお金で等しくサービスを受けられることになります。
比較的若い老人のボランティア組織ができるかわかりませんが、町内会がこのような老人会に厚く補助金を出すなら、従来よりは町の老人福祉が充実するのではないかと思います。、

集合住宅建設は日本の将来を見据えた行動でしょうか

2015年11月08日 | Weblog
高級マンションと呼ばれる集合住宅も今後は空き家が増えて、人気(ひとけ)が少なくなり、価値が下がるのではないでしょうか。

今は高層集合住宅が高級と思われていますが、次第に高層に住む問題点が指摘されるようになりました。
最近の情報で驚いたのは、たとえば7階以上の高層に住むと妊婦の流産の恐れが高まるということです。
なぜそうなのか研究は不十分のようですが、結果は不気味です。

ソウルなどは日本より早く高層集合住宅が増えましたが、高層に住んでいる韓国の人が日本に来て、意外に都市部でも2階建ての低層住宅が多いのを見て、羨ましいと言いました。
高層に長く住んでいると、慣れるどころか、反対に大地に近いところに住みたいという思いがつのるそうです。

エレベーターは高速で上下しますが、加速減速はできるだけ感じないように調節されています。
それでも体には何らかの悪影響を与えているかもしれません。

高層に住むと孤立感、孤独感は強まると思います。
視界は広々していますが、家に閉じ込めらており、かついざというとき逃げ場がない感じがします。
エレベーターが止まれば、本当に孤立します。

地震で高層集合住宅が揺れるときは、大きく揺れる部分と比較的揺れない部分が生じます。
揺れる部分は、ゆっくりと大きく揺れるので、恐怖を感じるそうです。

無機質な空間です。
有機質である人が馴染むのか疑問です。

高層は維持も建て替えもむずかしく、高コストになるのではないでしょうか。
取り壊しあるいは建て替えが必要となっても権利者がその費用を負担できず、国や地方が処分することが増えるのではないでしょうか。
長い目で見ると価値ある資産とは呼べません。

集合住宅建設は減らした方がいいと思います。
あえて建設するなら緑に囲まれた低層にした方がいいと思います。

都市部に住宅を建設するなら高層集合住宅しかないと言うなら、都市部への人口集中を問題視すべきと思います。
分散を真剣に考えるべきです。
東京のような大都市が理想都市とは思えません。
反対に普段でも危険を感じ、災害を受ければ危険と思います。

民主主義を知らない安倍晋三内閣と自民党・公明党

2015年11月03日 | Weblog
安倍晋三総理は過去の約束にこだわり、「お互いに合意をすれば、その後はもうこの問題は再び提議しない」ことだと言いますが、このような考えだと改善がありません。
安倍総理自身、憲法を変えたいと言い続けています。
自己矛盾を起こしています。
「お互いに合意をすれば、その後はもうこの問題は再び提議しない」と言うなら、戦後の日本の発展の基礎となった憲法の解釈を変えたり、憲法を変えたいなどと言ったりしてはいけません。
要するに安倍総理は、時々においてご都合主義なだけです。

民主主義の国では、政府の約束に人々が納得しなければ、選挙で国会議員を代えて政府の約束を議論し、重大な問題があれば約束を変えます。
政府の約束をころころ変えることはよくないことですが、それでも人々が納得しない約束は変えるべきです。
政府主義は民主主義ではありません。

韓国が議論する慰安婦問題は、日本は解決済みと言いますが、韓国政府と韓国の人々の間では解決していないと思います。
だから過去韓国政府と日本政府が約束しても大統領が代わると、問題を蒸し返すのだと思います。
つまり、韓国の人々は慰安婦問題は解決していないと思っているのだと思います。

過去の韓国政府は民主主義を知らなかったと思います。
過去の韓国政府は慰安婦問題について日本政府とある約束をしたと思いますが、過去の韓国政府は元慰安婦だった人々に何もしなかったのではないでしょうか。
過去の韓国政府が納得しただけであったのではないでしょうか。

慰安婦問題は、普天間飛行場の辺野古移設問題と近似しています。
アメリカ政府と日本政府は約束しましたが、沖縄県は納得していません。
日本政府も民主主義を知りません。

現在の韓国政府と日本政府を比較すると、韓国政府は、過去の韓国政府の約束を反故にし、元慰安婦の言い分を聞いて日本に謝罪と賠償を求めています。
日本政府は過去の日本政府の約束を重視して沖縄県に日本政府の言うことをきけと言っています。

よく考えるとどちらの現政府も無責任です。
韓国政府は日本に責任を負わせようとし、日本政府は沖縄県に責任を負わせようとしています。
過去の政府の非民主的約束を問題にしていません。
過去の政府の問題を現在の政府が責任をもって解決するという姿勢がありません。

対立から交流への流れの変化は望ましい

2015年11月02日 | Weblog
昨日、韓国、中国、日本の3首脳会議が終わりました。
ほっとします。
しかし記者会見に臨んだ安倍晋三総理、パククネ韓国大統領、リークーチアン中国国務院総理の表情を見ますと、いずれも暗くて硬いものでした。
会議では結構言いあったのではないでしょうか。
声明には歴史認識という文言が取り込まれています。
今回はパククネ大統領やリークーチアン総理が日本の侵略に関する安倍総理の歴史認識を問題視したのではないでしょうか。

東アジアの平和に危機感を持ったアメリカは3国に自制を強く求めたと思います。
折りから経済が低調であり、戦争の恐れを高めると、一段と経済が冷え込むと恐れた3国は、交流の流れをつくり、戦争の恐れを緩和したと思います。
経済重視の考えが戦争への流れを止めたと思います。

ひとまず東アジアは小康を得たと思います。
3国が自発的に交流を再開することが最善でしたが、アメリカの仲介でもまずはよかったと思います。

アメリカも中国もロシアも世界から国連安保理常任理事国として、あるいは強大国として世界的責任を果たしていないと批判されており、やはり自制が必要と感じていると思います。
いかにも世界のことを考えていると言わんばかりの言葉が目立つようになりました。

世界的情報流通時代です。
インターネットも発達して、変な情報で政府に操られない人々がどこの国でもどんどん増えています。
政府の不法、反政府組織の不法が世界から厳しく批判され、その活動が抑え込まれるようになってきました。

どこの国でも平和派が大多数です。
平和派が自信をもって政治を動かすようになるといいと思います。