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痛み

 自分は痛みに強いと思っていた。迂闊にここが痛い、あそこが痛いなどと言ったら、医者に行けとうるさく言われてしまう。医者にはできる限り行きたくはないから、たいていのことなら我慢してきた。不思議なことにしばらくすればそんな痛みが消えてしまったから、神通力でもあるかしらなどと高をくくったりもしてきた。だが、そんな物はただの思い違いであることが今回の歯痛でよく分かった。単に今までの痛みなど我慢できる程度のもので、本当の痛みなどではなかったのだ。そうでなければ自他共に認めるヘタレの私が激甚な痛みを我慢できるはずがない。ほんのちょっと一線を越えてしまうだけで、もうだめだ。泣き言ばかり言ってすぐに助けを求めようとする、本当に情けない・・。
 
 確かに虫歯の痛みもきつかった。最後のほうはじっとしていても脂汗がにじんできたほど、絶えず左下の奥歯が痛んだ。キリキリと痛む、というような痛みではなく、絶えずどーんと重い物が奥歯に乗っかっているような鈍痛にシャープさを少し加えたような痛みがずっと続いていた。この痛みさえ取れるならどんなことも我慢するぞ、と3本奥歯を抜いたときも満たされた気持ちでいた。だが、そんなものは抜歯のときの麻酔が効いていたのと、帰宅後すぐに飲んだ痛み止めの薬が効いていたのを勘違いしたに過ぎなかった。麻酔が切れた夕方からは抜く前とは違う、一段と厳しさを増した痛みが絶えず続いた。辛抱できずに2錠目の痛み止めを飲んだのが4時過ぎ。それでしばらくは授業に打ち込むことができたが、6時過ぎたあたりから、徐々に痛みが戻ってきて、7時頃にはもう耐えられなくなってきた。家に痛み止めを取りに戻ったら、「痛み止めは4時間くらい空けたほうがいいから、もうちょっと我慢しなさいよ」と妻に言われてしまった。痛み止めを飲んだりすると、激しい眠気に襲われる私であるから、できるだけ飲みたくはないが、これ以上我慢すると授業にも集中できなくなってしまいそうだ。それでも妻の忠告に従って思いっきり我慢して、何とか8時になったときに3錠めを飲んだ。
 しかし、すぐには効いてくれない。30分ほど経って、やっと効き始めた時には心底ほっとした。痛みで声も弱くなりがちだった私が、いきなり大きな声で話し始めたものだから、教室の子供たちは少し驚いたようだ。「今日さあ、歯を抜いてきたんだよ、3本も!」と自慢げに言ってやると、けらけら笑出だす生徒や「痛い?」と同情してくれる生徒までいて、反応も千差万別だ。とは言え、同情を買おうなどと甘ったれたことを考えたわけではなく、何とか歯医者に行けた充実感を子供たちと分かち合いたかっただけのことだ。だが、そんな幸せな時間も長くは持たなかった。薬を飲んで3時間経った頃から、ゆっくりと痛みが戻ってきた。まるでひたひたと波が押し寄せるように着実に私の口を痛みが占領するにはさほど時間が必要ではなかった。「4時間空けなくちゃ・・。あと30分我慢しよう」と、人知れず心の中で葛藤が始まる。なんだか、麻薬常習者にでもなったように痛み止めを求めてしまう。苦しかった・・。
 
 こんなことが丸2日続いた。あまりに痛くてその間ずっとビールを飲んでいない。飲みたいという気持ちはまったく浮かばなかったし、下手に飲んで痛みが倍化してしまっては堪らない。そんな思いから、水・木・金・土と4日間ビールを一滴も飲んでいない。思いも寄らないところで、ゴールデンウィークで疲れた肝臓を休めることができた。その代わりに薬漬けになっているからどちらがいいのか分からない。抜歯後2日間で、処方してもらった鎮痛薬がとうとう切れてしまった。いくらなんでもまだまだ痛み止めなしでは不安だと思って、金曜日に痛み止めをもらいに行った。「売るほどあるからいくらでもあげるよ」という従兄弟の歯科医は軽口を言いながらも、「夜になると痛くなるかもしれないから、痛くなったらすぐに飲んだほうがいいよ」とちょっとしたアドバイスをくれた。
 しかし、専門家はやはりすごい。昼の間はさほど痛まなかったのに、夜になって授業をやっているときに鈍痛が始まった。「予言どおりだ」と感心しながら急いで薬を飲んだ。痛みで苛ついていては授業にならない。我慢せずに飲もう!と思いたって、金・土の二日が過ぎた。さすがに痛みのパワーも半減したようで、ひょっとしたら薬を飲まずにいても我慢できるかな、などと思えるようになってきた。まだ飲んでいるにはいるがその間隔がずいぶん長くなった。あと少しの辛抱だろう。
 決して我慢強くない私が何とかここまで頑張ってきた。水曜日に2回目の歯医者に行く予約がとってある。それまでには痛みもきっと引くだろう。まだまだ治療すべき歯は何本もあるから大変だ。頑張ろう!!


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