今年も大晦日を迎えてしまいました。
今年は個人的にも、そして日本の社会にとっても良い年ではなかったように思います。
初っ端からの大地震に始まり、あらためてわざわざここには皆様もご存知だろうと思いますのであえて書きませんが、その復旧・復興も含めて、本当に様々な信じられないようなことの数々でした。
日本は三流国家だったんだな、と思わざる得ないような状態です。
市井に垣間見える経済的貧困の数々。
とうとう「子ども食堂」という言葉に違和感を持たなくなった社会。
何よりもそれは政治の貧困からもたらされているように感じます。
それを突いたのが今年の前期朝ドラ「虎に翼」だったように思います。
来年で戦後80年。
その80年前、100年前から日本の社会は、その根底は何ら変わっていない…。
結果、高度成長期に得たもののそのほとんどを直近30年間で失ってしまった…。すなわち三流国家だった。
その数々の貧困は総じて国民の意識の貧困から生じているように思います。
さらに言い換えるならば、国民ひとりひとりが生き延びるために持っているはずの危機意識の貧困という風にも言えると思います。
命の危険に遭った時、声を上げるはずです。
生きていくのが苦しい時、辛い時も声を上げても良いはず。
社会がおかしいと思った時もそれはまわりまわって自分に降りかかることがあるのですから、声を上げても良いはずです。
そして、選挙の時に投票するのも、正統な声を上げる手段のひとつです。
それは政治の貧困の解決に直結するように思います。
またそのためにちゃんと知識を得て自分で考えてひとりひとりが投票する時、国民の生きるための危機意識の貧困の解決につながるはずです。
抽象的なことを書いたかもしれません。
しかし、これらの貧困を感じると同時に、「歴史は繰り返される」、「新しい戦前」という言葉を聞くようにもなりました。
日本はまた戦争をするのでしょうか?
今のままだとその可能性は高いと思います。
「意識高い系」とバカにする意識の低い(意識の貧困)人が多い限り、その可能性は間違いなく高いでしょう。
それも含めたあらゆる貧困は戦争を呼びます。過去の歴史がそれを証明しています。
そうなってはいけないのです。是が非でも戦争はやってはいけない。
けれど、僕は悲観していません。
かなり僭越ですが、この国民の意識の貧困は、ちょうど角川文庫創刊の際、創業者の角川源義氏が書いた「角川文庫発刊に際して」にある「(若い)文化力の敗退」という言葉にも共通するのではないか?と思います。
今からでも良いので、この戦後の意識に立ち返り、今この意識の貧困をお互い無くしていく努力をしましょう。
それが、戦争を回避できる手っ取り早い、確実な、根本的方法かもしれません。
来年を良くするために、個人的には本人次第ですが、日本の社会的には、それこそ、ひとりひとりの意識次第、ひとりひとりの声次第だと思います。
来年もこのブログで微力・非力かもしれませんが、声を上げ続けていきたいと思っております。
来年も「junzirogoo!!!」を何卒よろしくお願い申し上げます。
よいお年をお迎えください。
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