父は明治42年10月28日生まれ。私も同じ誕生日だ。公務員だった父は勇退を翌年春に控え、夏の繁忙期を頑張っていた。そのさなか、突然の発病による入院からひと月。新築2年の自宅に帰ることはかなわなかった。
葬儀は、病身の母を長男の私と3人の弟妹で支え、近所のご協力で済ませた。初秋の猛暑日だったことをなぜか強く記憶している。
父のいない生活にようやく慣れたころ、死亡叙勲として勲記や勲章が届いた。突拍子もないことで戸惑った。もともと、秋の叙勲を受けることになっていたようだった。
叙勲を知った人たちから、祝意やその意味を教えられた。ごく普通の父親と思っていたが、家族の知らないところで真摯な働きをしていたのだと理解した。その陰に母や家族、同僚の支えがあったはずだ。
勲記や勲章を収める額縁を特注して飾った。今は両親の遺影と向き合う、かもいに掛けている。父はどう思って見ているだろうか。
(2019.10.28 中国新聞「明窓」掲載)