はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

自分との再会

2010-08-31 15:19:43 | はがき随筆
 深夜、大学生の息子の呼び声に目を覚ました。こんな時間に何事と、目をこすりながら息子の部屋へ駆けつけた。息子はパソコンのインターネット画面に向かって喜々としている。
 「お母さんの書いたエッセーが載っている」
 一瞬目を疑ったが、本当だった。「女の気持ち」はインターネットにも収録されていることを知って意欲が倍増した。ネット上では読者のコメントも寄せられ、メディアがグッと身近に感じられた。思わぬことだった。
 先日、朗読の勉強をしている友に会った。小さな録音機を手にしていた。大切な物を取り扱うように録音機はテープルに置かれた。3年前に掲載された「女の気持ち」の作品がその録音機から流れた。インターネットに載っていたのと同じ作品だった。
 読み手は俳優を目指している方で、会の中で一番上手と言われている人だった。私の作品が教材になり、話題になったことも聞かされた。
 この夏、私への一番の贈り物は、時を超えて甦ってきた本欄掲載の「旅する指輪」だった。
  福岡市宇美町 福島雪路(62) 2010/8/31 の気持ち欄掲載

白と黒

2010-08-31 13:35:14 | ペン&ぺん
 「あれは、いつごろでしたか。九州各地のタウン誌が皆、このままではいけないと感じ、一斉に変わり始めた時期があるんです」
 TJカゴシマ(タウン情報カゴシマ)編集統括、浜川ゆかりは、そう言って眼鏡に手を当てた。
 タウン誌は、世の好不況に左右される。好景気で広告が多ければ、九州の各タウン誌が共同し温泉ガイド本を出版する。世の中のカネ回りが悪くなれば、各誌とも自分の雑誌を守るのに手いっぱい。おまけに、有料のタウン誌に対抗する無料誌(フリーペーパー)が次々生まれる。
 そこで、各タウン誌は姿形を変えていく。まるで、若い娘が黒いマスカラをマツゲにつけ、白いコンシーラーでニキビ痕を隠すみたいに。
 「あるタウン誌はサイズをB5判からA4判にして、つまり大きくして写真やグラビアを増やしました。最初の読者層が年をとるのに歩調を合わせて、ターゲットを従来よりも高い年齢層に設定し直したタウン誌もあります。思い切って内容を一新したところも……」 
 ひと呼吸の間。浜川の静かな声が続く。
 「正直に言って、うらやましかった。こんなにも変われるんだって」
 座って対話する浜川は、視線を応接セットの真ん中に注ぐ。ソファとソファの間。飾り気のない木製テーブル。その上にTJが2冊。1980年に出された創刊号と、今年6月の30周年記念号。隣には麦茶のコップが二つ。外側は、わずかに汗をかいている。
 「TJがやったのは本のタイトルロゴを変えただけ。それだけです、基本的に。大きさも創刊号と同じB5判のまま。でも、変わってしまえば、今までの読者が離れてしまう。得るもの、失うもの……」 
 きっと、正解はない。白か黒かわからない。でも、30歳。TJは立派な大人になった。お祝いしよう。取材させていただいて、そう強く感じた。
        (文中敬称略)
 鹿児島支局長 馬原浩 2010/8/30 毎日新聞掲載

いらぬおせっかい

2010-08-31 10:00:46 | はがき随筆


 8月の昼下がり庭に子雀がうずくまっていた。かすかに震えていて、息はしている。小学生の孫がミミズを食べさせなくてはと、鉢を動かしてみるが出てくるのはナメクジとムカデの赤ちゃん。幼虫ならと口に運んでも反応なし。はたまたシジミチョウも食べない。子雀は時々目を開けるが、動かない。
 お手上げ状態で離れて観察することにする。しばらくすると2羽の雀が近づいてきて餌を与え出した。急に子雀は元気になり親雀の誘導について行って姿が見えなくなった。孫たちの汗だくの小一時間はいらぬおせっかいだったらしい。ヤレヤレ。
  霧島市 口町円子(70) 2010/8/31 毎日新聞鹿児島版掲載

さようなら 友

2010-08-30 22:10:53 | はがき随筆


 悼みに耐えられなかった。しばらく、ぼうーっとして棺で眠る顔が受け入れられない。 
 友は、今年の5月63歳の若さなのに病気で他界。彼とはよく行き来し、困って相談した時は温かく対応してくれた。
 4月の「はがき随筆」で、彼が知人の辞世の句を、自分の辞世の言葉のように書いた。「ありがとう これでさよなら 夏あざみ」。私は胸がつまった。
 ごめんなさい。助けられることばかり。何も返せぬまま。
 もう会えないかと思うと、どうしても涙が出てくる。さようなら、かけがえのない友。
  出水市 小村 忍(67) 2010/8/30 毎日新聞鹿児島版掲載 写真はフォトライブラリ

夏ごころ

2010-08-29 16:23:15 | 女の気持ち/男の気持ち
 毎年のことながら、この暑さはいつまで続くのかとうんざり。真っ青な空と入道雲の山には感動するが、ギラギラと燃える太陽がうらめしくなる。午後からはひたすら耐えて過ごすしかない。セミも息を殺している。力尽きて地面にひっくり返っているセミもあちこちて見かける。教材にと植えられた朝顔にはもう種ができている。
 芝生に置かれた大きなビニールプールの水はすでにぬるんでおり、子どもたちの歓声を待っている。ふと子供の声がしたような気がして、窓の外を見ると公園帰りの孫と友だち3人が水をかけっこして大騒動の始まりだ。子供たちはすぐにびしょぬれになり、押したり、体をぶっつけたりの大はしゃぎ。逃げ回るのはいつも女の子。その楽しさを分けてもらおうと、ガラス越しに私も一緒に遊びだす。急いでカメラを持ってきて、輝く夏の一瞬を切り取る。無邪気に遊ぶ子供たちの何と楽しそうなことか。
 大人はつまらないな。人目を気にして見えを張り、なかなかむちゃができない。常識が頭をよぎり、羽目を外せないことばかり。いつまでも子供でいられたらいいのにと思う。
 でも私はもう完全に手遅れ。だから心だけプール遊びに入れてもらうしかない。寝そべったり腹ばいになったり。そのうち、体も小さくなっちゃったよ。
 あれっ、いつの間にかお隣のママさんもカメラで子供たちを追いかけている。
  熊本県八代市 鍬本恵子(64) 2010/8/29 毎日新聞の気持ち欄掲載

捜し物

2010-08-29 16:17:21 | はがき随筆
 最近よく捜すことが多い。車のキーとか、財布とか。極めつけは、パスポートである。今年の2月に海外出張から帰って、確認して保管したのに見当たらない。本棚とか机とかひっくり返したけど出てこない。ファイルに挟んだのは覚えている。近いうちに外国に行こうという話もある。焦る。
 今度まで捜して、もしなかったらパスポートセンターに行こうと決めて捜した。最初から一つずつ丁寧に見て、ため息をついて、上を見あげたときに閃いた。今まで、見てない箱があった。娘がくれた旅行用のファイルが、その中にあった。
  出水市 御領満(62) 2010/8/29 毎日新聞鹿児島版掲載

「ああ川柳」

2010-08-28 15:38:35 | 岩国エッセイサロンより
2010年8月27日 (金)
 岩国市  会 員   樽本 久美

 川柳を始めて5年。だんだん奥深さが分かり、最近は毎月の定例会で作るのが精いっぱいだ。たった17文字に思いを入れることの大変さを痛感する。全日本の川柳大会に投句した「渡る」が、なんと入選した。あまり悩まずに作った句だった。新聞の「季語刻々」を読み、毎日切り抜きをしたことが良かったのかな。

 本当に「継続は力なり」である。何でも近道はない。その旬は『信号で手をあげているランドセル』。主人に見せると「小学生が作った句だな」と。それでいいのだ。誰でも分かりやすい句が私の理想なのだ。
   (2010.08.27 毎日新聞「はがき随筆」掲載)岩国エッセイサロンより転載

生きることば

2010-08-28 10:42:34 | はがき随筆
 人が生きることは生やさしいものではない。スポーツに限らず、すべての職業は準備や練習はもちろん、試合や仕事そのものに忍耐と克己心が伴う。いつも自分との戦いが求められる。
 テレビで見る鳥獣の常時外敵を意識しながらの子育てのたくましさに、我が幼児の養育を放棄し死亡させる様を重ね、誰かに相談や救助を求める手段は考えられなかったかと思う。自分だけ楽しく生きようとする浅ましさは、畜生にも劣るのでは。
 上を見たら限りがない。高望みせず普通の人間の生き方でよい。苦しみに打ち勝つたくましさだけは忘れてならない。
  薩摩川内市 下市良幸(81) 2010/8/28 毎日新聞鹿児島版掲載

太郎は今…?

2010-08-27 21:58:27 | はがき随筆
 「お…?」。毎日またぐ住宅の側溝に指先大の卵がある。見るが、何の卵かわからない。
 「や!」。忘れていた卵の場所に、子ガメがいる。思わず周囲を見回した。ウミガメが産卵に来る豊かな自然環境の土地ではあるが、玄関先で川ガメの子が生まれていたとは──。
 「太郎」と命名し2歳の娘と金魚の水槽に入れた。何も知らぬ2人は笑顔で眺めていた。
 数日後「ありゃ? なんてこった!」。太郎は、あの華やかな金魚たちの尾びれを、すべて食いちぎっていたのだ。
 清流に放たれた太郎。今年36歳になる。今ごろ、何してる?
  出水市 中島征士(65)2010/8/27 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆7月度入選

2010-08-27 17:37:00 | 受賞作品
 はがき随筆7月度の入選作品が決まりました。

▽垂水市本城、川畑千歳さん(52)の「走るアジサイ」(16日)
▽薩摩川内市宮里町、田中由利子さん(69)の「雷」(30日)
▽鹿児島市武、鵜家育男さん(69)の「お世辞なの⁈」(28日)

──の3点です。

 長崎市に行ったら、龍馬騒動で、アーケードの中に何台もテレビを置き、椅子を並べてみんなで観ていました。現在の1人1台ではなく、みんなで観るとあまり恥ずかしいものは観なくなり、番組のエロ・グロ・ナンセンス度合いもいくらか減るのではないかという印象を持ちました。
 川畑千歳さんの「走るアジサイ」は、子どもの通学を見守るある日、通学路に色彩豊かなアジサイが見えたと思ったら、そのアジサイが走り出したので驚いたという内容です。子どもたちの雨傘を一瞬アジサイと見るその感覚が印象鮮やかな文章にまとめられています。
 田中由利子さんの「雷」は、中学の時たんぼで雷にあい、母親と二人で土手の片隅に抱き合って難を逃れていたという、恐ろしい体験が思い出されています。このような体験は歳をとってからのほうが、何かのはずみに思い出すもので、不思議ですね。
 鵜家育男さんの「お世辞なの⁈」は、真夏のうっとうしさに割安床屋に行ったら、10分間で終わりさっぱりした。店主の、夏は白髪交じりが涼しく見えるという言葉に、冬にはどう言われるだろうかと疑問に感じたという、とぼけた味のある文章です。
 以上が入選作です。他に3編を紹介します。
 薩摩川内市祁答院下手、森孝子さん(68)の「うったらし顎」(22日)、食べ物が期待はずれになった時に使うこの方言を、米軍の援助の学校給食が朝鮮戦争で中止になった時に、みんなで使ったというもので、時代の侘びしさがよく方言で表現されています。姶良市加治木町錦江町、堀美代子さん(65)の「活火山桜島」(1日)は、出産を控えていた時に経験した昭和47年の桜島の噴火。出産と噴火という二つの自然現象に神秘と不思議を感じたというものです。出水明神町、清水昌子さん(57)の「清水昌子」(10日)は、新聞の投稿欄で自分の名前を見つけたが、糠喜びで、同姓同名の人のでした。それでもいとおしくなり切り抜いたというものです。
 優れたはがき随筆を投稿されていた山室恒人さんが亡くなられました。ご冥福をお祈りいたします。
(石田忠彦・鹿児島大学名誉教授)

奥穂高岳へ

2010-08-26 12:12:16 | 女の気持ち/男の気持ち
 十数年前、上高地を旅した。河童橋から見た残雪輝く穂高連峰は美しい風景画として強く脳裏に残った。観光客の中に重いザックを背負った登山者もいたが、山登りに何の興味もなかった私には、ただの行きずりの人でしかなかった。
 ところが定年後、人生は想定外の方向へ動き、今年私はその行きずりの人となって、日本で3番目に高い奥穂高岳を目指していた。
 テレビや写真で何度も見た涸沢カールを目の前にして足がすくむ。吊尾根の上は果てしなく青い天空。深呼吸をし、雪渓を踏みしめ、これから登る岩の峰を仰いだ。
 6年前の私は近くの里山に息切れし、1年たっても久住山にも登れなかった。何がそうさせたのか、夫の足手まといになりながら、私の山歩きは続いた。毎日のウォーキングも欠かさず、3年目には体重8㌔減。持病の腰痛も消えた。九州の山々を中心に歩き、山数は400座を超えた。
 中高年の登山事故が報じられると、「私はどうか」と振り返る。万全の準備、体力の範囲内、この鉄則を守り、ここまでやってきた。
 「今年こそ、あの山へ登ろう」と心に決め、春からトレーニングをし、山岳保険にも入った。
 そして夢はかなった。
 久住山にさえ登れなかった私。その同じ私が、3090㍍の岩の峰に今、確かに立っている。
 ゆっくり喜びがわいてきた。
  福岡市 吉次美穂香(66)2010/8/26 毎日新聞の気持ち欄掲載

硫黄島遺骨 収集早く

2010-08-26 12:10:20 | 岩国エッセイサロンより
2010年8月26日 (木)

岩国市   会 員   横山 恵子

 8月は原爆の日、終戦の日と、まさに祈りの月だ。14日付の夕刊I面の硫黄島ルポ「漆黒の地下壕いまだ眠る1万の遺骨」を読み、ええっ戦後65年もたつのに1万人もの遺骨か眠っておられるのかとショックを受けた。

 日本兵が立てこもった硫黄島の地下壕は、わずかな時間でも人間が耐えられるとは思えない場所。そこで約2万人の日本兵が命を落とし、今も1万人以上が遺骨のまま眠る・・・。その地を、この7月、遺族たちが訪れて黙々と収集を続け、遺骨や目用品などを次々と運び出したという。

 4歳で死別した父親に思いをはせる人の「わたしの願いはこの島で安らかに眠っていただくことではない。水もない灼熱の地で戦い、まだ熱い壕の中で眠っているご遺体を一刻も早く本土にお連れしたい」との言葉に目頭が熱くなった。

 その思いを一日も早くかなえてあげてほしい。お国のためと戦い、家族を思いつつなくなられた人たちや遺族の無念さを思う時、戦争のない平和な世の中をつくっていくのが、私たちの役目だと思う。

  (2010.08.26 中国新聞「広場」掲載)岩国エッセイサロンより転載

月遅れの七夕に

2010-08-26 11:47:54 | はがき随筆
 夏休みで遊びに来ていた孫と月遅れの七夕を飾った。ご機嫌で七夕の歌をうたっていた孫が「きゃっ」と跳びのいた。
 そこには不要なブロックが積んであった。そのブロックにセミの幼虫が羽化の途中で力尽きていた。地表からわずか20㌢ほどの高さ。やっとの思いで、はい出るや羽化が始まったのか。殻から半身がのけぞり出て、まだ縮こまったままのうす緑色の羽。「お空をとびたかったよね」。こわごわ見ていた孫が言った。「くうちゃんは元気で大人になってね」「うん、大きくなってお嫁さんになる」
 孫の願いが短冊に揺れる。
  出水市 清水昌子(57) 2010/8/26 毎日新聞鹿児島版掲載 写真はフォトライブラリ

ゴロニャーン

2010-08-25 10:54:55 | はがき随筆
 6年生の孫娘。最近とみに憎まれ口が多くなった。今日も夏休みになってから散らかしっぱなしの部屋を片づけるように言うのだが、一向にその気配がない。様子を見に2階の子供部屋をのぞく。
 「何回同じこと言わせるの。まるで豚小屋ね。足の踏み場もないじゃないの」
 「だったらはいらなきゃあいいじゃん」
 「こんな豚小屋誰がはいりますか、ここを片づけるまで下に降りないこと。分かりましたか!」
 「ふーんだ。じゃあトイレはどうするん。豚小屋にトイレはついてませーん」
 「行きたい人が考えれば」
 「育ち盛りの子豚ちゃん。餌ももらえず可哀そう。トイレも行けず可愛そう、しーくしくしく……」
 「泣き言は結構。もっと素直に片づけたらどうなの。小学生のうちから反抗期なんて早すぎます!」
 後ろ手にドアをピシャリと閉めた。すると中から歌うような大声が。
 「あーあ。私ただ今成長期。いずれ思春期、適齢期。私の将来どうなるのー」
 怒るより前に噴き出しそうになった。しかしこのままでは引っ込みがつかない。ドアを開けると、何やら口ずさみながら服を拾い集めている。目が合った。途端に「ゴロニャーン」と言いながら体をすり寄せて来る。
 「片付いたらおやつにしようね」
 コクンとうなずく頭をなでて階段を下りた。
  北九州市 吉尾旦子(74) 2010/8/25毎日新聞の気持ち欄掲載

バス停

2010-08-25 10:46:57 | はがき随筆
 親友が突然亡くなったと知らせあり。すぐさま、その日、大分行きの夜行バスに乗ろうと、吉松の高速バス停に向かった。
 深夜の午前0時に近い時刻。人けはなく、ボーッと照らす街灯。見上げる高い高速道路。その土手の下には、深い側溝があって、暗い川底でカエルとも人の泣き声とも聞こえる響き。
 あたりの雰囲気に、足がすくむ思いをしながら、バス停への階段を上がって行った。
 まさに、ここ。この場所は、親友が、古里に帰ってくるたびごとに、いつもいつも利用していたバス停だった。
  伊佐市 今村照子(58) 2010/8/25 毎日新聞鹿児島版掲載