姉が4年間の闘病の後、ホスピスで緩和ケアを受け始めたと聞き、もう一度会いたくて電車に飛び乗った。
難聴の姉を驚かさないよう静かに病室のドアを開ける。ベッドにもたれ、膝を抱いてうなだれている。細い体を包んでいるのは、淡い桜色のパジャマだ。髪が生えかわり、首まで伸びている。ゆっくり歩み寄り「姉ちゃん、こんにちは」と肩に手を置いた。一瞬目が泳いだが、妹と分かると「あらまあ」白い顔がほころび、抱きついてきた。涙があふれ、言葉が続かない。
転移があり、顔やおなかがむくんではいるものの、痛みもなく会話もできるし、おかゆも食べているという。
引き上げてきた時は13歳。思春期は貧しい暮らしの中で送ったが、教育だけはとの母の強い意向で高校を卒業した。父譲りの達筆で洋裁や編み物は母譲り、妹たちの面倒見も良く、私の手芸好きも姉の手ほどきがあったればこそだ。
愛を追いかけ、愛に破れ、疲れ果てた体を病魔がむしばんだのだろう。「一人息子が毎日来てくれるの」と嬉しそうに言う。「待ってるの」と。
見舞いを終えての帰途、車窓に夕日が沈んでいく。今度会う時はもう…。そう思うと、別れ際の手のぬくもりがよみがえり、やりきれなさと切なさが全身を締めつける。
姉が彼岸に旅立ったのはそれから2週間後だった。
薩摩川内市 田中由利子 2013/8/29 毎日新聞鹿児島版掲載
難聴の姉を驚かさないよう静かに病室のドアを開ける。ベッドにもたれ、膝を抱いてうなだれている。細い体を包んでいるのは、淡い桜色のパジャマだ。髪が生えかわり、首まで伸びている。ゆっくり歩み寄り「姉ちゃん、こんにちは」と肩に手を置いた。一瞬目が泳いだが、妹と分かると「あらまあ」白い顔がほころび、抱きついてきた。涙があふれ、言葉が続かない。
転移があり、顔やおなかがむくんではいるものの、痛みもなく会話もできるし、おかゆも食べているという。
引き上げてきた時は13歳。思春期は貧しい暮らしの中で送ったが、教育だけはとの母の強い意向で高校を卒業した。父譲りの達筆で洋裁や編み物は母譲り、妹たちの面倒見も良く、私の手芸好きも姉の手ほどきがあったればこそだ。
愛を追いかけ、愛に破れ、疲れ果てた体を病魔がむしばんだのだろう。「一人息子が毎日来てくれるの」と嬉しそうに言う。「待ってるの」と。
見舞いを終えての帰途、車窓に夕日が沈んでいく。今度会う時はもう…。そう思うと、別れ際の手のぬくもりがよみがえり、やりきれなさと切なさが全身を締めつける。
姉が彼岸に旅立ったのはそれから2週間後だった。
薩摩川内市 田中由利子 2013/8/29 毎日新聞鹿児島版掲載