はがき随筆特集
思わずホッとして また涙誘われて…
飲酒運転事故で幼い命が奪われ、いじめでもまた子供たちが自ら命を絶つ……年末恒例の京都・清水寺の今年の漢字は「命」でした。読者の皆さんにとってはどのような漢字が思い浮かぶ1年だったでしょうか。
日々生きて、笑いあり、涙あり。本紙各地方版掲載の「はがき随筆」に今年寄せられた作品から、各随筆担当の支局長らが、こんな時代だからこそ、読んでほしい「ホッとする」、また愛情深く「涙する」作品を選びました。年末の慌ただしい時期ですが、ちょっと手を休めて随筆の時間を。きっと、あなたの心が和み、そして心に響く作品があるはずです。
支局長選 山口版 「秋雨前線」
ポツリと来た。天気図の前線が日本列島を縦断している。「手紙よ」。妻に渡された封書は女文字。「突然で失礼いたします」。読むほどに富山にいるSさんの奥さんだとわかった。Sは先月からホスピスにいるという。肺がんである。まともな字が書けないからと、本人のメモ書きが同封されていた。数学の得意な奴だった。高校の校長を最後に悠々自適と風の頼りに聞いていた。「とうとう、お呼びが来たようだ」。クギが折れたような字である。今年はカニを食べに行くからなと約束していた。メモの字がにじむ。きっと富山も雨だろう。もう一度会いたい。
光市 吉田隆司(74)
秋雨に友への思いをだぶらせ哀愁漂う。友は掲載後に亡くなったという。合掌 (山口支局長・岩松 城)
支局長選 福岡版 「母」
14日は母の日だった。今は亡いが、私には生みの母と、育ての母、2人の母がある。生母は1歳3ヶ月の私を残して病没したから、生母の思い出は全くない。3年後、継母が現れて、1年後、男の子を産んだ。本来なら、ここから継子いじめが始まるのだが、継母は病弱だった私を、実の子以上に慈しみ、育ててくれた。私がひねくれれもせず、人並み優れた体に恵まれたのは、継母のおかげである。その母への恩返しのつもりで、長男の私は母の実の子である弟に家督を譲って故郷を出、幸福な家庭を築いている。人間万事塞翁が馬だ。ありがとう、お母さん!
宗像市 成松 欣嗣(78)
継母の愛、その愛への感謝。母と子、2人の心の清らかさに心洗われる。 (編集委員・小川敏之)
支局長選 北九州版 「愛されちゃった」
夕暮れ時のバス停で、坊やから一目ぼれされた。彼が差し出した小さな手。握ると柔らかい。忘れかけていた感触。ママと私の手にぶら下がったり、跳ねたり、握ったまま。
バスに乗ると、今度は「おばちゃんと一緒に座る」とだだをこねている。彼に好かれて気分は最高。横に座らせると可愛いおしゃべりが始まった。ママの話では2歳。「普段、バスに乗らないので珍しい体験なのでしょう」と話される。降車ボタンを彼に押してもらい下車。動き出すバスの窓に、手を振る母と子の姿があった。
10分間のドラマ。ありがとう坊や。
北九州市 伊東千代(75)
こんなステキな光景が当たり前のように見られる世の中であってほしい。 (報道部デスク・平山千里)
支局長選 長崎版 「じゅげむ」
夕方、家路を急ぐと部活帰りでひと休みの野球部の一群。私がそばを通ると、男の子の独りが「じゅげむじゅげむ~」とつぶやいた。「あれ?」と私は立ち止まり「よく覚えたね」とその子に話し掛けた。すると、近くにいた男の子たちが私を見て「じゅげむのおばちゃんだ!」と声を上げた。「???」の私。
私は小学校に読み聞かせのボランティアに行っている。「じゅげむ」は5年生で読む絵本。あー、昔の5年生が中学生になってここにいるんだ。私の姿を見て投げてくれた彼の気持ちと言葉。おばちゃんの心のミットに見事ストライクで納まったよ。ありがとう!
長崎市 佐藤雅子(50)
ハードな練習を終えた野球少年の心が絵本の世界に戻る光景が微笑ましい。 (長崎支局長・松田幸三)
支局長選 大分版 「最後の試合」
私の学校は、あと2年で廃校。部活も竹田商業として出られるのがこれで最後。どんなに寂しい、くやしいと思っていても、この仲間とするのもあと何日しかない。
今年は1年生がいなく2学年になってしまい、何をするのにも少し物足りないように感じる。来年は3年生のみだ。後輩がいないというのはとても寂しいだろう。
商業としてできる最後のソフトボール。今は、勝という気持ちだけ。応援してくれる人たちのためにも、自分たちが元気よく、プレーしている姿を見せて、最後の勇姿にしたい。
豊後大野市 斉藤知世(17)
統廃合で母校が消える。「つらいなあ」。読んだ県教委関係者も漏らしていたそうだ。(大分支局長・藤井和人)
支局長選 筑豊版 「貴女のにおい」
今年もまた母の日が来ました。6年前、母の日に貴女からもらったTシャツは派手になっていますが、着たら汗などで汚れて洗濯しなければいけません。バッグもふかなくてはなりません。「お母さんに似合うだろう」と、一生懸命選んだ時の貴女の手のあかやにおいが消えてしまいます。
6年前、母の日の1ヶ月後に急死した貴女。また来年、貴女のぬくもりを楽しみにしています。「手あかが消えないで」──。
飯塚市 加藤一二三(70)
急死した一人娘のかすかな残り香すらいとおしむ親の心に、胸が熱くなった。(筑豊支局長・武内靖広)
支局長選 筑後版 「迷子」
孫が3歳のころ、夫についてある催場へ行き、迷子になった。夫は必死に捜したが見つからない。夫の胸は早鐘を打つように高鳴り、大事な孫を!と思った時、迷子の場内アナウンスがあった。夫が急いで詰め所へ行くと、お巡りさんに抱かれ、お菓子を握ってベソをかいている孫がいたという。
お巡りさんはニコニコして「おうちはどこと聞くと、マチ子ちゃんの前と言うんです。マチ子ちゃんちはと聞くと、僕んちの前と言うんです」。
夫からの電話の後、一緒に帰って来た孫を見ると涙が出てきたが、お巡りさんの話で家中が大爆笑となった。
久留米市 坂井幸子(74)
無事見つかり、作者も読者もほっと一息。可愛いらしいせりふに、心和んだ。(久留米支局長・荒木俊雄)
支局長選 熊本版 「戻ってこいよ」
昨年、僕は一度部活をやめかけた。腰を痛めたからだ。治療のため部活を休むことにした。夏休みに腰のリハビリをしたが、部活に出ない日々が続くと、なぜか分からないが、サッカーへの愛情が段々薄れてきた。
9月になり学校が始まった。でも、部室には顔を出せずにいた。1ヶ月ほどたったある日の夜、サッカー部のキャプテンから電話があった。「みんな待っているから、戻ってこいよ」
キャプテンからの電話がなかったら僕はサッカーをやめていただろう。あの言葉に感謝しながら、またサッカーに夢中になっている。
菊陽町 湯田周作(17)
いじめ問題が深刻化する中、再読してほっとした。こんな生徒もいるんだと。 (熊本支局長・柴田種明)
支局長選 宮崎版 「亡き父の教え」
中学生の時、私は登校拒否になった。雨の朝、「今日は学校に行かない」と言おうとして父のそばに行くと、父はいろりのそばで傘の修理をしていた。
父は子供のころ、右手のやけどで、指がくっつき、握り拳のようになっている。私は父の手をじっと見つめた。父は左手にクギを持ち、右手の拳で押さえながら、一針一針、丁寧に傘を縫い、終わると「ほら」と差し出した。
私は無言のまま傘を持つと、雨の中を学校へ向かった。傘の中で涙の雨にぬれながら、父の努力を思った。
その日から私は弱音をはかない頑固者になった。
北郷町 永井ミツ子(58)
父も娘も無言のままなのがいい。父の拳が言い尽くせない言葉を持っている。(宮崎支局長・大島 透)
支局長選 佐賀版 「移ろい」
4月後半から8月末までほとんど家に居たことがない。退院してすぐ3、4日で再入院で、今回ばかりは妻以外にわがままを言う気力もない。
お盆前からたくさん飛んでいた精霊トンボやツバメもすべて姿を消した。力強かった入道雲も今は優しい雲になり、朝夕に吹く風の心地良さが、確実に秋の訪れを告げている。
消灯後はすすり泣きやぼやきも聞こえ、それぞれ皆何かを抱えているのだろう。
そういった思いとは別に季節は移ろっている。
伊万里市 前川 蕃(しげる)(65)
移ろう季節が病状と重なって切ない。掲載から12日目、筆者は亡くなられた。(佐賀支局長・野沢俊司)
支局長選 鹿児島版 「主演女優賞」
結婚記念の日に、かねとの罪滅ぼしに家内に感謝状を贈ることにした。金婚記念の時にと思ったりしたが、それまでにはまだ7年もある。喜ばせるのは早い方が良さそうだ。思い付きは良かったが、感謝状の文面に困った。思案のあげく、見出しは「主演女優賞」とした。なかなか良い。文面は「姫は24歳の春より今日まで嫁として妻としてまた母として多岐にわたりその役を懸命に演じてきました。本日ここに43回目の結婚記念の日を迎えるに当たり主演女優賞を贈り心から感謝します」と書き、花束を添えて伝達した。白髪の姫が喜んでくれた。
志布志市 一木法明(70)
秘けつはお互いに感謝する気持ちを持ち続ける事。主演女優賞に拍手。(鹿児島支局長・竹本啓自)