はがき随筆の8月度受賞者は次の皆さんでした。(敬称略)
月間賞に柏木さん(宮崎)
佳作は杉田さん(宮崎)、清水さん(鹿児島)、上田さん(熊本)
【月間賞】 15日「きょうだい」柏木正樹=宮崎市
【佳作】 8日「笑いのツボ」杉田茂延=宮崎市
▽ 1日「コロナの時代に」清水昌子=鹿児島県出水市
▽ 8日「100歳の手」上田綾香=熊本市中央区
「きょうだい」は、戦争が一つの家族を不幸にした歴史を、少ない字数で的確に描き出した文章です。筆者の父は20歳で徴兵され陸軍二等兵に、その弟は当時のエリートコースであった陸軍士官学校へ。一家は働き手を失った。父は復員して帰ったが、弟は帰らなかった。生きて帰った父は弟のことを問うのが怖かったのか、問わず、酒を飲むと「戦争だけは絶対あかん」と繰り返した。一家族の不幸が国民の不幸を象徴しています。
「笑いのツボ」は、40年間の夫婦生活の中で気づいたことは、会話に笑いのツボを用意することだという内容です。わざとらしさはいけないが、妻の笑いを誘うのは、夫にとって日々の重要課題だ。以前に触れたことがありますが、ドイツの小説家に「愛は意思だ」という言葉があります。その機微がよく表れた心和む文章です。
「コロナの時代に」は、施設に入所している母親に、予約し、順番を待って、5分だけ面会できたという、コロナ禍の現状でも哀切な内容です。孫たちの写真に記憶の糸を手繰り寄せながら、娘の存在に気づいてくれた母の言葉は、5分後の「もう帰るの」だった。何とも悲しい状況です。
「100歳の手」は、高齢の身動きできない方を介護している若い女性の、感想というより決意がよく表れている文章です。会話も一方通行だと思っていたら、手足をマッサージしているときに、両手で頬を包み込んでくれた。100年生きた手の感触が、活力源となり、自分の介護の態度を高めてくれたという、人と人との気持ちの触れ合いが不思議さを伴ってよく表れている文章です。日本画家の東山魁夷は、私たちは、自分で生きているのではなく、生かされているのだと言っていますが、確かに私たちは誰かや何かに生かされていると感じるべきです。
この他に谷口二郎さんの「新人採用」、種子田真理さんの「コロナ給付金」、鍬本恵子さんの「夏休み」が記憶に残る文章でした。
鹿児島大学名誉教授 石田忠彦