はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

金言

2016-02-28 07:50:51 | はがき随筆
 「連れ合いは、とても大切」「趣味を持つ事」「子供は8人育てたが、人生は思うようにいかん」。こんな言葉を残してMさんは老人施設に入所された。
 102歳。一人暮らし。自宅での日常は菜園にいそしみ、切り花も絶やさず。手芸、読書を楽しみ自適の生活。しかし老いの独り身から健康への不安が増し、子供たちの負担に。「あんたたちが来てくれるのがうれしかった」。ほころぶ笑顔でヘルパーを気遣われる。いつも感動をいただいた。大地にしっかりと根を張り、その生き方のひたむきさに敬服。金言のような言葉に母の姿が重なる。
  出水市 伊尻清子 2016/2/27 毎日新聞鹿児島版掲載

蔵書の中から

2016-02-28 07:44:29 | はがき随筆
 はがき随筆の構想を練っているときに、つい手がいったのが寺山修司。我が家にはわずかな蔵書しかないが、何十年ぶりに再読すると、古くなっていないことに驚く。若くして世を去ったのを機に、読み始めた一部が今手元にある。
 その5冊を読み終えて、次に手が伸びたのが野坂昭如。まさか待っていたように訃報を目にするとは思わなかった。2人とも第二次大戦の被害者であり、その後遺症のようなものを感じながら読んだ。特に野坂には、戦争の悲惨さ、無意味さ、さらに不気味な足音に警鐘を打ち続けてほしかった。
  志布志市 若宮庸成 2016/2/26 毎日新聞鹿児島版掲載

よか街

2016-02-28 07:38:45 | はがき随筆
 早春の日差しに誘われて、点検も兼ねて屋根に上る。青空に浮かぶ雲の塊から飛行機が鉾立山の方へ白い線を引いている。その鉾立山が八代海に向かって、両手を広げたように、右に矢筈岳、左に遠矢岳を従え、我が町を包むパノラマは心が和む。
 正面に貝塚跡、右に野間之関所跡、左に木牟礼城跡などのどかな風が縄文の先達がつづった歴史の足音を運ぶ。
 あそこは君の家、あちらは泳いだ川。そこはチャンバラをした原っぱ。あまたの喜怒哀楽を山々は黙々と動ぜず時を刻んできた。緑多き風情と感触を妻に話す。2人が育った街だと。
 出水市 宮路量温 2016/2/28 毎日新聞鹿児島版掲載

鳥たちと共に

2016-02-28 07:26:07 | 女の気持ち/男の気持ち


 わが家は出水平野の山手の海抜90㍍ほどの所にある。メジロ、ジョウビタキ、ヤマガラ、シロハラ、アオジ、コゲラ……と四季折々に鳥たちがやってくる。
 テラスに影をつくるエゴノキの幹には巣箱を掛けている。「どんな鳥が入る?」と来客に聞かれると「シジュウカラだよ」と答える。何組かのカップルが下見には来たが入居には至らず、「始終空」というわけだ。
 玄関先のナニワノイバラの棚の上にキジバトが毎年営巣している。庭石に落ちたふんで「あっ来たな」と気づくのだ。巣立つまでの間、共に暮らす。
 ある年、猫のモモのうなり声に驚いて見ると、ヒナを蛇が飲み込もうとしていた。追い払ったが、ヒナは助からなかった。
 桃の木の高い所にコゲラの巣の跡を見つけたこともある。
 庭の柿若葉の下を季節の応接間とし、茶の接待をする。そのベンチに寝転んでいたら、眼上の電線にいる2羽のシジュウカラに気づいた。虫を加えている。そーっと離れて、遠くから見ていると、ベンチサイドのキンメヤナギの洞に出入りしている。ヒナがいるのだ。「あんな低い所で大丈夫?」と心配になり、ヒナの声を確かめたりしているうちに巣立っていった。
 最近シジュウカラは全く新しい場所にしか営巣しないことを知った。
 そうか。それなら巣箱の新築だ。「敷金家賃不要」と書いておこう。
 これからも楽しく生きようと思う。鳥たちと共に。
  鹿児島県出水市 中島征士 
2016/2/23 毎日新聞鹿児島版・男の気持ち欄掲載

ゆらぐ

2016-02-28 07:10:52 | はがき随筆
 毎日よく歩き、元気で一人で頑張っておられたAさんを私は目標にしていた。年は一回り上。ところが短期入院されたのを機に、娘さんが富山県へ連れて行かれた。慌ただしい別れだったが、娘さん一家と幸せに暮らしていると便りが来て一安心。
 別の友人は、ご夫君が弱られたのを機に夫婦で老人施設に入ったという。私がご無沙汰している間の決断で、久しぶりに書いた便りへの返事の電話で知って吃驚した。
 それぞれの身の振り方に考えさせられる。夫と暮らしたこの家で最後まで暮らしたいという私の決意も少しゆらぐ。
  霧島市 秋峯いくよ 2016/2/25 毎日新聞鹿児島版掲載

マスクはいい

2016-02-28 06:54:26 | はがき随筆
 


マスクをかけ、両手にごみ袋を提げて収集所に向かったら視界がボンヤリ、メガネが曇った。そのまま急いだらつんのめって袋を放り投げ、手足は血だらけに。このときから2年以上もマスクを使っていなかった。
 今冬、ひどい風邪をひき、医師からマスクの着用を勧められた。久しぶりにかけたマスクはホンワリと快適。なつかしい匂い、肌ざわりは、風邪がいっこうによくならずイライラした心を和らげる。
 かけ方の工夫もせず感情的になってマスクを突っぱねていたようだ。曇ったとき、拭かなかった自分が悪いのに。
  鹿児島市 馬渡浩子 2016/2/23 毎日新聞鹿児島版掲載

北見の勝子さん

2016-02-28 06:45:46 | はがき随筆
 出水から札幌に嫁いだ最初の冬、勝子さんから電話を頂き「今日の北見は氷点下32度よ、このシバレがないと北国の春は来ないのよ、じっと耐えるしかないのよ」と教えてもらった。
 銭湯からアパートに帰り着くまでに髪はバリバリに凍った。「ストーブを10月から5月までたき続けないと家の中に霜がついてしまう」と聞いて怖くなった。
 平成28年の今日、94歳になられた勝子さんに電話した。「どこで生まれたのか忘れたわよ、4年前から花の独心よ」と、笑いながら生きる厳しさと楽しさと希望をもらった。
  札幌市 古井みきえ 2016/2/22 毎日新聞鹿児島版掲載

ところ変われば

2016-02-28 06:31:46 | はがき随筆
名古屋の伯母の納骨式に参列した。大学に献体したのでお骨が戻るのに2年かかった。
 以前、東京の叔父の葬儀で、甚だしく大きな骨壷に頭骨から足の先まですべて入れることを知ってびっくり。これが東京流。鹿児島では主要なお骨だけが収まる大きさの壺だ。
 名古屋のお骨は縦横10センチくらい、高さ20㌢足らずの箱に入れられ、墓前で遺族が白手袋でさらし布に移す。その布包みを墓の下部に直接入れておしまい。いずれ土に帰るのだろう。献体したから骨が少ない訳ではなく、どの墓も小ぶりだ。ところ変われば、墓変わりを実感。
  鹿児島市 種子田真理 2016/2/21 毎日新聞鹿児島版掲載

合 掌

2016-02-24 22:59:43 | 岩国エッセイサロンより
2016年2月22日 (月)
岩国市  会 員   山下 治子

 旅支度をしに姑は、たった一夜、長く留守した我が家に帰って来た。仏間に横たわり、あいた薄目で家の中を懐かしく見回している。酸素マスクは外れたが、下顎が出て口がしまらない。このままでは切ない。納棺師の方に話すと、硬直した目元と顎を少しずつ少しずつ揉み続け、何と穏やかな面立ちに整えてくれた。淡い紅をさした時、姑のほほ笑みを感じた気がした。
 姑と仲よくなかった嫁は、この時初めて泣いた。
 「おばあちゃん、きれいだね」と息子。「そうだね。おばあちゃん、今からもう一度、おじいちゃんにお嫁入りするみたいね」
 (2016.02.22 毎日新聞「はがき随筆」掲載) 岩国エッセイサロンより転載

メジロ捕り

2016-02-20 19:42:06 | はがき随筆


 小学生の頃、朝まだ暗いうちに起こされ、上級生の後についてメジロ捕りに行ったものです。今でこそメジロは保護鳥で捕獲は禁止されていますが、当時の少年たちは囮としてメジロを飼っていました。それを海沿いの松林に鳥モチと一緒に仕掛けるのです。すると、囮の声に誘われて近づいたメジロが鳥モチの枝に止まり、物の見事にくるりと1回転して一丁あがりという次第です。メジロは鳴き声によって「ツイリン」「ツヤ」などと呼び、中には業者に売って小遣いを稼ぐ子も……。勉強より遊びの方がずっと大切なよき時代でした。
  霧島市 久野茂樹 2016/2/20 毎日新聞鹿児島版掲載

万能川柳

2016-02-20 19:30:37 | はがき随筆
 昨年は「中畑万能川柳」に一日も欠かさずに投稿し、入選は12句だった。平成5年、転勤先の福岡で万能川柳を知って初投稿した。次の句が入選し、投稿がやみつきとなっている。
 手品でき見せたい相手探してる
 随友の久野茂樹さんの年賀状に「『平成川柳傑作選』に田中さんと私の句があったら教えて」とあった。傑作選は万能川柳の25周年記念版として、4年半の入選句の中から選ばれる。まず難しいと諦めていたが、書店で2人の名前を見つけて小躍りした。さっそく2冊購入し、久野さんと手紙で祝杯をあげた。
  鹿児島市 田中健一郎 2016/2/19 毎日新聞鹿児島版掲載

白髪、乞うご期待!

2016-02-18 22:02:40 | 岩国エッセイサロンより
岩国市  会 員   安西 詩代     


「あっ!やまんば!」。朝、鏡に映る私はボサボサ頭。髪染めをやめて3ヵ月で生え際の白髪が3㌢ほど伸びていた。「今年こそ、白髪にする」と決めていた。嫁は「お母さん、まだ早すぎますよ」、友人は「すぐに挫折して染めるわよ」と言う。
私も自信はない。今まで1㌢伸びるとすぐに染めていた。だが伸びている白髪を見ると、とてもきれいで輝いている。眺めていると、なんだかいとおしくて染める気が起こらない。
 友人の7割が反対する白髪だが、□紅を少し濃くお化粧して、顔にキリリと力を入れて、姿勢をしゃきっとさせて鏡の前に立ち、「なかなかいいよ!」と、私はつぶやく。見かけは若く見えないけれど、話してみると年相応。これが自然で良い。
 夫は「白髪は似合うと思うよ」と言ってくれる。家庭内の抵抗勢力がないのも私を心強くさせる。高校の同級生も同じことを考えていたが、彼女は母に「私が染めているのにあなたが先に白髪でどうするの」と言われたらしい。
 気分は変わるものだ。数カ月後の私は白髪か? 元通りの染めた髪になっているか?
  (2016.02.10 朝日新聞「ひととき」掲載)岩国エッセイサロンより転載

沈丁花の思い出

2016-02-18 22:00:10 | 岩国エッセイサロンより


2016年2月 6日 (土)
岩国市  会 員   角 智之

小学1年の時、麻疹を患い、治り切らないうちに肺炎を併発し、重篤となった。隣町の医者の往診を受け、やがて回復に向かうと通院が始まった。
 ある日、歩き疲れ背負ってほしいと母を困らせた。その時、道端の薄赤色の花からよい匂いのするのが気にかかり、花の名前を聞くと「ジンチョウゲ」だった。数日後、私が興味を示したこの花を、母は近所で数本もらい、部屋の隅に立てた。これが匂うと遠いあの日と優しかった母を思い出す。 
 田舎の生家跡には梅や柿の木などに交じって沈丁花も残っている。間もなく上品な匂いを放つであろう。
   (2016.02.06 毎日新聞「はがき随筆」掲載)岩国エッセイサロンより転載

沈丁花の思い出

2016-02-18 21:59:32 | 岩国エッセイサロンより
2016年2月 6日 (土)
岩国市  会 員   角 智之

小学1年の時、麻疹を患い、治り切らないうちに肺炎を併発し、重篤となった。隣町の医者の往診を受け、やがて回復に向かうと通院が始まった。
 ある日、歩き疲れ背負ってほしいと母を困らせた。その時、道端の薄赤色の花からよい匂いのするのが気にかかり、花の名前を聞くと「ジンチョウゲ」だった。数日後、私が興味を示したこの花を、母は近所で数本もらい、部屋の隅に立てた。これが匂うと遠いあの日と優しかった母を思い出す。 
 田舎の生家跡には梅や柿の木などに交じって沈丁花も残っている。間もなく上品な匂いを放つであろう。
   (2016.02.06 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

ポストポン

2016-02-18 21:42:42 | はがき随筆
 中学生で教わる“先延ばしする”という英単語。「今日できることを明日に延ばすな」という文でおなじみのはず。しかし私の性分は「明日できるなら今日しなくても……」か?
 仕事自体は嫌いじゃないが、マイペースでできることはコツコツ一人でやりたい。昨年3月までいた部署は、ベルトコンベヤーの前に立ち、一寸たりとも気を抜けず、次々と仕事が攻めてくる感じ。異動後、与えられたミッションを抱え「ポストポン」を決め込んでいたが、後押しされてやっと動き始めた。テレビから「明日頑張ろう」という歌が聞こえてくる……。
  鹿児島市 本山るみ子 2016/2/18 毎日新聞鹿児島版掲載