お盆の15日には、久しぶりに娘が二人揃って我が家に訪れてくれました。
長女には、
「一人で来ても、家族全員が訪れても、感染リスクは変わらないのでは。
恐らく誰か一人でも無症状の陽性者がいたら、家族全員に恐らく移っているでしょ?」
と私はMちゃんに言い・・・。
「孫達やHさんにも会いたいから、全員でくれば」
と声をかけましたが。
「やはり、それでは密になり過ぎるから一人で行くわ」
とのMちゃんの返事。
妹にその話をすると、
「お姉様の家は広いから、そんな心配はしなくても大丈夫よ」
と言われてしまいました。
そうでしょうか。
微妙な所。
ソーシャルデイスタンスの距離の解釈も難しいですね。
この日の夕食
皆が持ち寄りのご馳走でした。
長女のMちゃんとこの話をしている時、私には仰天と言っていいようなお知らせがありました。
何と次女娘の桜ちゃんが、ビザが下り次第、いよいよアメリカに留学するとのこと。
留学試験には合格したものの、今のコロナ禍の世相では、当分無理では、と私は思っていたのですが。
近々、渡米するようです。
本当に大丈夫なのでしょうか?
私はとてもとても不安。
「自分の娘だったら私は行かせない」
とまで言いましたが、決心に変わりはないようです。
5000人ぐらいしか住民がいない田舎町で、そのホストファミリーは素晴らしいご家庭とのこと。
高2の今行かないと、留学のチャンスを逃してしまうからと。
桜ちゃんの高校から、すでに4人の学生が留学しているようです。
二品とも長女の手作りの料理
私と違い賢明な両親ですから、当然いろいろ下調べしてのことでしょう。
それに桜ちゃんはとても明るくて逞しい性格。
ですから、祖母の私は心配するのを止すことにしました。
次女家と長女が揃い、お夕食を共にした時も、その話題が出ました。
長女が言うに、その前に一度是非みんなで我が家に来てね。
もちろん行きます。
楽しく温かい壮行会をして、桜ちゃんを送り出しましょう。
夕食の席では、次女夫婦とMちゃんで色々な話題が沸騰。
大盛り上がりでした。
若夫婦全員、母校の大学は同じ。
その上、長女と次女のお婿さんは、テニスクラブでは先輩(長女)と後輩の仲。
次女はクラブは異なりましたが、お婿さんとは学生時代から顔見知りの間柄。
いつもそうですが、全員揃うと盛り上がらないはずがありません。
次女家が用意してくれた手巻き寿司
他の料理は、私が家にある食材だけで作りました。
オンライン授業の話にもなり、母校の様子も具体的にお婿さんが語ってくれました。
次女婿のHさんは、某研究所で働いていますが、時々母校でも教鞭をとっています。
ですから、私も興味津々だったのだけれど、いつも8時には就寝する超朝型人間になってしまった私。
準備にも、それなりに時間をかけたので、夕食時はもう疲労困憊。
頭がぼおーとして集中力がなく、耳も多少遠いとあって、余り聞き取れない。
途中で聞くのを諦めて、調理後の洗い物に精を出しました。
このケーキも長女のお土産
そのせいで、益々疲れ果ててしまった私ですが・・・。
若夫婦達が楽しそうにおしゃべりするのを眺めているだけで、私はとても幸せ。
その合間に、孫娘のかれんちゃんが、時々ひょうきんなことをして皆を笑わせてくれました。
木魚を叩いて、念仏を唱え始めた時は、みんなで感心し切り。
どこで覚えたのでしょう。
お寺さんが唱える念仏に音調がそっくり。
おじいちゃまと曽祖父母達への何よりの供養になったに違いありません。
バレエを披露するかれんちゃん
皆が我が家を立ち去ると、余韻の楽しさを噛みしめる心のゆとりもないほどに疲労困憊。
やっとの思いで入浴し床に就きましたが、翌日も厳しい暑さと残った前日の疲労で、家事が手に就かず、寝たり起きたりの生活。
50代から60代の前半までは、若夫婦達はお客様になり切り、私がすべて取り仕切れるほど元気だったのに・・・。
今は、その元気は見る影もなくて、体たらく。
情けなく思うものの、もう無理が利かない体になってしまったことを実感した私でした。
でも家族の集いの楽しさは、何にも替え難いもの。
コロナ禍が終息したら、気兼ねなくまた会いましょう。
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