奈良に行くからには、是非とも吉川さんと鵜山さんに「仁義を切ら」
ねば(?)と、旅行前に「取材旅行に行きますよ~」とお二人に連絡。
鵜山さんからは「意外といい、侘び寂びの時節ですよ~」とのご返信。
一方、吉川さんからは、地元の居酒屋の「まんぎょく」(*)をご紹
介いただく。こういうお店は「地元」の方に聞くのが一番だ!
(*)奈良市元林院(がんりいん)町9 TEL0742-22-2265
月曜定休
ここは元は芸者の置屋「萬玉楼」だったという。
「事前に予約したほうがいいよ」というアドバイスに従って、数日前
に電話し、無事に3月5日(火)午後6時の予約ができた。
30分ほど前にお店の場所を確認。いったん解散し、開店まで近所をブ
ラブラ。
お店の灯りもついたので、「こんにちは~。予約した○○ですが」と入
っていくと、ス~ッとカウンター席に案内してくれた。
「いや~、吉川さん(といきなり言ってもわからない?)の紹介で横
浜から来たんですよ~」
というと、他のお客さんもまだなことから、
「いや、ここは分かりにくいんですワ。なかかな一回で来ていただけ
なくて」
とご主人がぶっちゃけて話してくださった。
ふんわりとした家庭的&レトロな雰囲気のあるお店だ。
17:26 猿沢池の碑
17:26 夕暮れ迫る猿沢池
17:27
17:27
17:28
17:29
17:29 猿沢池からグーグルのナビに従って、「どうもあっちらしい」。
17:31 ここを左折して・・・・・・
17:32 まっすぐに進む。
17:32
17:33
17:33
17:34
17:34 あった~。こちらが「まんぎょく」
17:34
17:35
「絹谷家
元林院町の地名は「奈良坊目拙解」によると興福寺の別院に由来する
とあります。
明治の初年より芸妓町となり、大正から昭和の初期にもっとも栄えて
いたと言う。
当家はもと「萬玉楼」という芸者置屋でした。この建物は時代の異な
る三棟の主屋からなっています。北から大正頃の数寄屋風の建築、江
戸時代中期の町屋、明治初期の町屋で処々に華やかな時代の名残が感
じられます。
中央の建物は家伝により文化年間(1804~1817)の建築と考えられ
ていましたが、建物の改装にあたり奈良市教育委員会調査で棟札が発
見され、そこには大工棟梁など人名とともに「寛保二年(1742)五月
十六日」の年号が期されていました。これによって建築年代が判明し、
江戸時代の町屋が多く残る奈良町の中でも最も古い町屋の一つであるこ
とが明らかになりました。
平成二年十月」
洋画家絹谷幸二さん(→こちら)の本家だという。
17:36 場所を確認してUターン。
17:40 三条通りへ戻る。
17:41 薄暮の猿沢池
17:42 夕暮れの三条通り
17:43
17:45
17:47
再び「まんぎょく」へ。
17:51
17:51
17:51
17:52
17:51 まんぎょくの灯りがついた。
17:52
17:53
17:55
17:55
17:56
18:04
お料理がどれもおいしく、お酒が進む(笑)。
18:16 お刺身 う、うまい。
18:20 ウニ豆腐
18:35 ホタテのワインソテー(あやうく撮り忘れ?)
18:35 ムツの湯葉包み いずれも「絶品」
18:40
18:51
18:52 タコのやわらか煮
19:11 お茶漬け
19:26 フラフラしながらホテルへ向かう。
19:27
19:27 三条通りへ
19:29
19:29
19:30
19:32
19:37 旅館南都 いかにも旅館?
18:39 NARANICLE(奈良観光センター)
18:40
19:41 ホテルフジタ奈良へ戻ってきた。
19:43
19:44
19:45 616号室
19:45 おやすみなさい・・・・・・ 歩くとよく眠れる?
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