人生ブンダバー

読書と音楽を中心に綴っていきます。
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10/21 会津紀行(4) ワシントンホテルとその周辺

2024-10-30 05:00:00 | 旅行

10月21日(火)、近藤勇のお墓参りを終え、会津駅前に戻る。

スマホの電池も少なくなってきたので、早めに宿泊先ワシントン
ホテルにチェックインしようと、グーグル地図で検索するが、疲
れ気味か、いまひとつ方向が分からない。

こういう時は、たいてい駅前にある観光案内所で訊くのが一番!

「ワシントンホテルはどこでしょうか?」
「すぐ近く。駅前のバス通りを行くと見えますよ」
やはり、訊くと早い(笑)。


無事にチェックイン。

フロントで近所の食堂、居酒屋の地図をもらう。
ホテル内にも食事するところはあるのだが・・・・・・。


ホテルで一服後、地元料理が食べられる「鶴我」(『まっぷる』
にも掲載)に行ったら、この日はあいにく「貸し切り」だった。


近くの居酒屋「作蔵」に入る。

しばらく飲むうちに隣の男性(60歳)から話しかけれる。
中央線沿線の立川から自転車を車に積んでやってこられたという。
同じく一人旅だ(宿泊もワシントンホテル)。

なんでも60歳定年で働くのをやめ、人生を楽しむのだという。
意気投合して盛り上がる。


16:38 JR会津若松駅


16:43 観光案内所


16:45 バス通り


16:46 あった、ワシントンホテル


16:47 ホテルの玄関


16:47


16:48


16:52


16:54


16:55


17:07 左下の方に行ってみよう。


17:15


17:19 あいにくと「本日は貸し切りとなります」


17:21


17:22


17:28


17:28 久しぶりの「突き出し」


17:32 馬刺し 初めてだったかな? 柔らかくて美味なり!


17:34


17:38


17:43


17:43 飲み比べ3点セット


17:44


17:55 「もち」の田楽 ちょっと重かった(笑)。


18:10 飲み比べセット


18:16 ナス


18:41


18:45 お隣さんよりお先に。4,500円。


18:49 おにぎりを買う。


18:55


18:56 「會津の地酒」


18:57


18:59


19:07 NHKニュース


19:08 同上

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<時事放談> やや長文、ご興味あればお読みいただければ。

10/29 新聞社説 社説は誰も読まない?
朝日:首相続投表明 信失ったままでは困難
毎日:自公惨敗と日本政治 不信拭う改革が最優先だ
日経:国政の停滞回避へ 各党は責任ある行動を
読売:自民歴史的大敗 首相は責任の重さを自覚せよ
産経:国民の審判 首相の居座りは許されぬ 直ちに辞職し
 新総裁選出を



政治資金パーティー収入の裏金問題
自民党の主として旧安倍派、旧二階派が「キックバック」分を政
治資金収支報告書に記載していなかった問題。

結局、今回の総選挙で、旧安倍派は59人から20人(▲39)、旧二
階派は31から21に(▲10)に大幅減。この2派だけで49人の減。
過半数割れは、旧安倍派、旧二階派の「責任」が大きい?

(自民は公示前と比べ、▲65。旧岸田派、旧茂木派は▲8、▲5。
旧森山派は±0)

ざっくりいえば、旧安倍派、旧二階派を落とす選挙だった?

石破さんにとってはむしろ「政治改革」のチャンス?
ただし、ロッキード事件(昭和51[1976]年)さなかの三木武夫
のようにハシャギすぎると党内の大反発?

それにしても、いわゆる「裏金」を私物化していなかったのなら、
なぜ(!)組織的に(?)、意図的に(?)政治資金報告書に記
載しなかったのだろう?--考えてもよく分からない。
「裏金再開」を「主導」した人物も、結局闇の中? 


〇「2千万円振込問題」はたしかに大きかった。振り込まれた方は「有難迷惑
 な話」と言っていたが、もしかするともしかすると、初めから「振り込むか
 らネ」ということになっていた?振り込まれる方もむろん事前に知っていた?
 それにしてもしんぶん赤旗のニュースソースや如何?どこかにスパイとか?

 
あらためて、政界一寸先は闇である。刻々と変化する。



昭和史を振り返る--歴史は繰り返す?繰り返さない?
昭和28(1953)年4月19日総選挙
与党の(吉田)自由党も鳩山自由党も激減であったが、とくにこの選挙に賭け
ていた鳩山派には痛手だった。単独過半数を失った
(吉田)自由党にも痛手だ
った。・・・・・・


鳩山復帰にもかかわらず、自由党は過半数に満たず、さらに多数派工作を続け
ていた。改進党内部には、松村謙三・三木武夫らの
左派と、そうでないグルー
プがあった。佐藤幹事長などは、左派
を排除しての合同を目指していた。・・・
・・・


吉田派と鳩山派との激しい対立があり、少数党内閣であったにもかかわらず、
吉田内閣が何とか存続したのは、吉田よりいわば右
に改進党と日本自由党があ
ったからである。

(北岡伸一『自民党--政権党の38年』より抜粋)


北岡伸一『自民党--政権党の38年』
渡辺恒雄『自民党と派閥』
いずれも古典的名著?政治家の行動様式が分かる?


〇勝敗ラインは自公過半数と明言していた石破首相。
 本来なら大惨敗で辞任だが・・・・・・。
 自民党で内輪もめしていると、立民中心の政権になる可能性
 あり、石破氏はやめるにやめられず?力学上、石破自民党は
 比較第一党ということもあり、立民には任せられないと粘る?
 政治は、はたして理性ではない?


〇メディアの「解説」記事には相変わらず(?)イイカゲンな
 もの(憶測記事?)もある?



共産党比例代表得票数推移(単位:万票) (→ご参考
H26衆院選 606
H28参院選 601
H29衆院選 440
  R1参院選 448
  R3衆院選 416
  R4参院選 361
  R6衆院選 336 (今回) 
 公示前より当選者数は8人と▲2でかつ比例得票数も減。
 今回は候補者を多数立てたにもかかわらず、党勢拡大せず?
 党員の高齢化?


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2 コメント

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Unknown (関学OBのMより)
2024-10-30 13:52:41
ザっと、會津紀行に目を通させてもらいました。ワテは、サラリーマン時代に営業テリトリーが福島県全域も入っていたため、数カ月に一度、商用車で会津に入ってました。当時は、冬になると「猪苗代湖畔」を車で駆け抜ける時に、ホワイトアウト(現象)で、何度も怖い目をしたのを思い出します。郊外に会津藩「日新館」なども再建されて、会津武士の誉れを見たような気も致しましたな、ほな。
返信する
Re:思い出しました (katsura1125)
2024-10-30 14:26:30
>関学OBのMさんへ 有難うございます。
ずいぶん広いテリトリーでしたね~。車でも結構遠いですね。
もう一泊すれば、もっとジックリ見物できたのですが・・・・・・。
返信する

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