人生ブンダバー

読書と音楽を中心に綴っていきます。
現在は、暇に飽かして、日々更新。

台湾旅行最終日 小田原少年少女合唱隊&マルベリー クリスマスチャリティーコンサート そして読書

2011-12-26 05:00:00 | Weblog

11月21日(月) いよいよ台湾旅行の最終日。晴れ。旅行の前半は天気がよくな
かったものの後半は晴れてよかった。終わりよければすべてよし。6時半からの朝
食後、帰国の準備をする。この日もオプショナルは予定していない。

8時10分に4人ロビー集合。それまでホテルの店内を一人ウロウロ、ちょっとした
土産物を買う。(日本語で)「日本円でもいいよ」。土産物屋のおばさんは日本語も
堪能で商売もうまい。

8時15分、4人そろってホテルからタクシーで圓山駅近くの孔子廟へ。行ってみた
ら、月曜休館でガックリ。「月曜休館」とはガイドブックになかった。日本のタクシ
ーなら「今日は(孔子廟は)休みですよ」というのだろうか。(台湾のタクシー運転手
さんは日本語は話せない。行先はガイドブックを指さす。)

すぐ隣に大龍ドウ(山偏に同)保安宮を見つけ、立ち寄る。こちらは休みではない。
大龍ドウ保安宮は医学の神様、保生大帝を祀っている。病気回復と長寿を願う人
々が訪れる。8時半から団体客が来ていた。私も念入りにお参り。

月曜日の道路は、出勤の人々だろうか、スクーターが大変多いのにビックリ!
台湾はいまスクーター社会だ。信号ではスクーター専用レーンもある。青信号で
一斉にスタートするスクーターは一種の壮観だ。台湾は車は右側、人は左側で
ある。ちなみにエレベータも右寄りに乗る。(これは大阪と同じで、東京と逆だ。
現地では何回も間違えた。)

その後、圓山駅からMRTで雙連駅へ(9時5分着)。4人で中山北路ストリートを
歩く。Aさんが往復のe-チケットをなくしたのでJTBへ。Aさんはe-チケットを
昨晩自室で1時まで探したが、見つからず、夜中に真っ青になったそうだ。(眠れ
なくなっちゃう。)JTBでコンファーム。考えれば文字どおり電子化されているから
大丈夫。やれやれ一安心だった。

その後林森・康楽公園へ。ここは、日本統治時代、三板橋という地名で、共同墓地
となっており、第3代総督乃木希典の母親、第7代総督明石元二郎の墓があった。
明石元二郎は日露戦争時、諜報活動をしたことで有名だ。『坂の上の雲』にも登場
する。

ここでA、Cさんと別れ、Bさんとスーパー「頂好」で買い物をする。(AさんとCさん
は小龍包で有名なディンタイフォンへ。ディンタイフォンは行きそこなったが、横浜
高島屋に入っているようだ。今度行ってみよう。)

お昼まで時間があるのでまた1kmほど散歩。アスターホテル(亜士都大飯店)で暇
をつぶし、11時半から龍都酒樓で昼食。龍都酒樓は会社のYさんに教えていただ
いた、フカヒレが食べられるお店である。アスターホテルの角を曲がれば、分かりや
すい。オーダーの時、「お茶はどうしますか?」ときかれ、「お水で結構」といったが
ミネラル・ウォーターが出てきた。どちらも有料なのかな。お茶は食事中に飲むものら
しい。

昼食後は、ガイドブックにも載っている春水堂という茶房で一服(午後1時~1時
25分)。ここではメニュー兼注文票に印を付け、先にお代を支払うシステムになっ
ている。なかなか合理的だ。Bさんが注文したタピオカミルクティー(写真)はお
すすめ。ストローが太めなので、タピオカもよく吸える。

春水堂から地下鉄中山駅までは500mほど歩く。中山駅近くには三越があった。
中山駅から圓山駅経由ホテルに戻ってスタンバイ。約束の2時20分(*)に、初
日にアテンドしてくれた、JTBガイドのコさんが迎えに来てくれた。
 *「2時20分」は現地時間なのか日本時間なのか?--Cさんがずいぶん心
  配した。これも時差が1時間しかないことによるものかしらん。

JTBの車では親子とおぼしき女性二人と一緒になった。空港までは車で20分ほ
ど、2時45分には台北松山空港に着いた。荷物を預け、お世話になったコ(文雄)
さんとお別れ--「またお会いできる日を指折り数えてお待ちしています」(コさん)。
空港内の銀行で残った台湾元を日本円に交換してもらう。残った小銭(コイン)は
Duty Free Shopで使うことにする。

3時10分、Immigration出国審査。ここで写真を撮って、羽田同様注意された。
「撮影禁止」のマークはなかったが、やはり常識というものらしい。空港内のDuty
Free Shopで紹興酒などを購入。あとは、3日前と同様、搭乗案内をひたすら待
つ。--おしゃべりも疲れ気味。「それにしても(大洪水の)タイにしなくてよかった
ね~」。

4時10分搭乗案内。4時28分台北松山発ANA NH1188便(Ever長栄航空と
の共同運航だ。)はターミナルを離れた。4時37分、滑走路に入ったが、「あと10
分ほどお待ちください」(機長)。機長の声が聴けるとは貴重だ。4時45分 take
off。上から見ると台北が盆地である様がよく分かる。「さよなら台湾、また来るよ
~。ツァイチェン」。

羽田には日本時間午後8時7分に landing。荷物引き取り後、税関検査で私は
パスポート番号の書き漏れがあり、ひっかかってしまった。(*)

 *到着手続きは入国審査→手荷物受け取り→税関審査→到着ロビーの順で
  ある。

3人は心配して待っていてくれたが、「それじゃっ、お疲れ」とすぐに別れ、たまプ
ラーザ行き8時40分のリムジンバスに飛び乗った。乗客は私と老夫婦の3人だけ
だった。BさんとCさんは東京で後泊。また飲みに行ったのだろうか。

 

ホテル レストランの朝





ホテル内の土産物店











孔子廟入口









































保生大帝























スクーターの集団














大きな病院








JTB台北店


JTBの道路向かいはアンバサダーホテル


京都ホテル











大きな鳥居は明石元二郎の、小さな鳥居は秘書官鎌田正威の墓前にあった
二つの鳥居は一時二二八公園に移されていたが、2010(平成22)年10月
この地に戻された


「大、小鳥居は、市民共同の歴史的記憶とし、深く文化財の価値があり、重要たる
都市歴史文物の保存と、地方や文化界からの声に応え、改めて林森公園に移転
された」

















西村由紀江さんの演奏会案内











スーパー頂好 映画館の地下にある





日本語が見える


アスターホテル



ここでもスクーターが一斉スタート





キリスト教会


吉野家








日本語の看板が多い横町





アスターホテル 「日本人の遊び場」も近く、宿泊費もリーズナブル


アスターホテルのロビー


龍都酒樓のある通り












2階席より


フカヒレ


あんかけチャーハン


広東ダックの丸焼きを切っているところ 
私たちは「二人じゃ、丸焼きはダメ」だった 要予約カナ?



街角でビンロウを売っていた





警察署



春水堂











タピオカミルクティー


烏龍茶





春水堂2階



三越が見える



圓山大飯店ともお別れ





ホテル玄関





台北松山空港





ここで荷物を預ける














両替してもらった空港内の銀行 レートがいい








Duty Free Shop


まもなく搭乗案内に並ぶ





いよいよ搭乗


出発前の機内から むやみに撮影すると怒られるかな





羽田空港 荷物の引き取り 日本時間午後8時30分






台湾で購入したプーアール茶


プーアール茶とパイナップルケーキ


お茶用のペットボトル (台湾のパテント)


        *        *        *        *


小田原少年少女合唱隊 マルベリー・チェンバークワイア
クリスマスチャリティーコンサート
12月18日(日) 快晴、最高気温13℃。11時過ぎに家を出、田園都市線、小田
急線を乗り継ぎ、午後1時に小田原へ到着。

小田原市は人口約20万人。このブログでは何回か書いているが、亡くなった母
が一時小田原城内小学校に通っていた。昭和8年頃の話だ。

田園都市線の車内で佐野厄除け大師の宣伝を見ていたら、今年平成23年は(私
の)厄年だったことにあらためて気づいた。今年も残すところあとわずかとなったが、
暴飲暴食を慎み、「健康第一」で過ごしたい。小田急線新松田手前で富士山が大
きく、きれいに見えた。やはり冬場は富士山がよく見える。

小田原少年少女合唱隊のクリスマスチャリティーコンサートにおじゃまするのは3
回目である。指揮者桑原妙子先生とは、平成21(2009)年3月24日「(ピアニス
トの三浦)洋ちゃんを偲ぶ会」で、その日カメラを持ち合わせておられなかった、
見ず知らずの方々(桑原先生のグループ)から「私たちを撮ってくださらない」と、
私が頼まれて写真を撮り、焼き増ししてお送りした、不思議なご縁である。桑原先
生からはご丁寧にお手紙とゴディバのチョコレートを頂戴し、かえって恐縮してし
まった。(*)
「小田原少年少女合唱隊(1)」

 *今年の夏、家内が念願の奥穂高に登頂した。頂上でいざ記念写真を撮ろう
  としたら、カメラを下に置いてきたことに気づく。ガックリきたが、とっさに上記
  のことを思い出し、見ず知らずの若い人に名前、住所をいって、写真を撮って
  もらった。それからしばらくして自宅にすばらしい写真が送られてきた。家内が
  大喜びしたのはいうまでもない。

今年も、5、7、8、9、10月と小田原少年少女合唱隊とマルベリー・チェンバーク
ワイアの演奏を聴いた。小田原少年少女合唱隊とマルベリーのみなさんは、歌
う姿勢(立ち方、重心のかけ方)がすばらしい。

合唱の指揮者はコンクールで何回も入賞すると、一人で10~15団体を指揮さ
れるようになり、普段の練習は練習指揮者にある程度任せてしまうが、桑原先
生はコンクールで入賞されても脇目もふらず、《歌いたい子供の心を大切に》ほ
とんど「小田原」だけを毎週の土日(年中無休?)、熱心に指導されている。
(--結局、アマチュアの合唱は指導者ですね~。)

1時20分に小田原市民会館大ホール入口に着くと、すでに長蛇の列ができて
いた。1時30分開場、黄色のシャツのスタッフさんが迎えてくれる。今年は初め
て2階(2F-12-30)で聴くことにした。場内は暖房も入り、温かい。

Ⅰ.キャロルの祭典(B.ブリトゥン作曲) クラスⅡ 30人
 2時、会場が暗くなり、ステージからグレゴリオ聖歌が聴こえてきた。緞帳(どん
ちょう)が静かに上がる。真っ暗なステージ、最上段の一列がッペンライトを持っ
て歌う中、下手から中段、前列と次々にペンライト片手に歌いながら入場する。
小6から高3までのクラスⅡの人たちだ。音色の統一がきれい。ステージが少し
明るくなり、指揮の桑原妙子先生、ピアノの春子先生も目に入ってきた。2曲目
から、きっちりしたピアノ伴奏が付く。4曲目「あの幼な子」、「子守歌」はアルト、
ソプラノのソロ。自然な発声。10曲を歌ったあと、再びステージが暗転し、グレゴ
リオ聖歌を歌いながら上手に退場となった。なお、Ⅰ~Ⅶのステージはすべて
暗譜。

Ⅱ.クリスマスの歌1 クラスⅠ 16人
 下手からクラスⅠ(保育園~小5、16人)のかわいい子が入場。「神の御子は」、
「おめでとうクリスマス」、「天には栄え」、「サンタ・ルチア」を日本語、ラテン語、英
語、イタリア語などで一生懸命歌う。声が幼い、声量がない、声の伸びもない。し
かし、聴いているといつのまにか涙がにじんでくるのはなぜだろう。上手に最後の
一人が退場し終わるまでアットホームな温かい拍手が続いた。

Ⅲ.ブルガリアのうた クラスⅠ・Ⅱ 46人
 「森の冬」、「レカ・ノシュ」、「冬の歌」の3曲を中山知子さんの詩で歌った。みん
なきれいなエプロンをしている。「春子先生の手作り」だそうだ。カラフルなステー
ジ写真がお見せできないのが残念!心しみいる合唱からはじまり、3曲目は
「ワァ~~」と手を振って楽しそう。

Ⅳ.コンクールのプログラムより1 クラスⅡ
 ア・カペラ--1.「花の冠」(チェコ民謡)、2.ヴェルムランドの歌(スウェーデン
民謡)、3.ジョレが座っている(ブルガリア民謡)の3曲。全日本合唱コンクール
全国大会で銅賞になったステージだ。「その後あまり練習できておりませんが」
ということだったが、やはりひきつけられた。今年は何回この曲を聴いたことだ
ろう。何回聴いても同じようにひきつけられる。私にいわせれば美空ひばりは何
回聴いてもやっぱりうまいと感じるのと同じだ。(おかしなたとえカナ?)

Ⅴ.コンクールのプログラムより2 マルベリー・クワイア
 1.「日の出」(ヴォーカリーズ)、2.「ゲーム」(ヴォーカリーズ)、3.「ほうき」(ロシ
ア民謡)。黒のドレスの女声合唱。女声合唱といっても「強い声」だ。これまた何回
聴いてもおもしろい。2曲目は譜面を見ていないが、中でも難曲なのではないかし
らん。合唱コンクール全国大会銀賞を受賞している。同じくア・カペラステージ。

Ⅵ.コンクールのプログラムより3 
   マルベリー・チェンバークワイア (女声14人+男声11人)
 合唱コンクール全国大会金賞。ア・カペラ「我らは再び空の星を仰いだ」(ラン
ダル・ストゥループ作曲)。「ダンテの『神曲』地獄篇から引用された曲で、今年
初めに選びましたが、あんなこと(東日本大震災)になってしまって(言葉もありま
せん)」(桑原先生)。(へ~、そういう曲だったんだ。コンクールの曲は今回の詳し
いプログラム解説(*)で内容を知る。)
 *いつものことながらプログラムの解説が詳しく、一年の活動の記録など写真
  入りで作り方がきめこまかい。

 A-B-Aの三部形式。分析的に聴いているわけではないが、アインザッツ、子
音の立て方、母音、音色、ピッチの統一、ブレスの保持、そして聴き合うハーモニ
ー等々一人ひとりが相当分かって実践しないとできない演奏だろう。バランスも
理想的ではないかしらん。何回聴いても同じ感想を持ってしまうが、女声の優秀
さを男声の見事な音色(の統一)で支えており、メモを忘れて感動した時間が過
ぎた。CDを買いたくなる。私の隣の席ではクラスⅠの子どもたちが大人しく聴い
ていた。

--休憩--

Ⅶ.ヘンゼルとグレーテル クラスⅡ
 クリスマスにふさわしい、メルヘンチックなオペラ。作曲したフンパーディンク
(ドイツ)は、この作品(のみ)で有名、ワーグナーの次の世代だ。40分のステ
ージ。桑原春子先生は編曲、作詩、台本、衣装、ピアノと一人5役(!)のご活
躍。緞帳(どんちょう)が下がったまま、ピアノによる前奏が聴こえてきた。緞帳
が上がる。明るいステージ。ヘンゼルとグレーテル(独唱)の声がすなおです
ばらしい。みんな衣装(--春子先生の手作り)がこっている。

 桑原(妙子)先生は下手での指揮。いつも思うのだが、みんな指揮が見えるの
かしらん。覚えるのがはやいのカナ。第3場では魔女(ロジーナ)が登場。みな
さん堂々とした演技だが、とくに魔女は堂々たる押し出し、演技ぶりだ。魔女が
ステージ上手寄りのかまどに蹴落とされた時に、かまどがブワ~ンと壊れたの
にはびっくりした。どうなっているのかしらん。魔女の魔法がとけると魔女も変身
の早変わり。「わ~い、ごらんよほら魔女は」(*)の大合唱でハッピーエンド!、
大きな拍手で幕となった。
 *その昔(35年以上前)、私も日フィルだったかの「お座敷」ステージで合唱
  したことがある。指揮は山本直純さんだった。

Ⅷ.クリスマスのうた2 全員・OB有志・Chor Blacks
 1.「もろびとこぞりて」、2.「ディンドン、天では楽しく」、3.「まきびと羊を」、4.「お
 お聖夜」
 「最後は恒例の全員合唱です。中央に、45周年演奏会でお近づきになった
Chor Blacksの方々(4人)。白いブラウスを着た方々がOB(9人)で年長は3期
生になります。上手に一人男の子が入っていますが、福岡から転校して来られた
小6のお子さん--プログラムに名前は載っていませんが、一緒に歌いましょう
ということになりました」(桑原先生)。

 ステージ上90人総出演の、のびのびとした合唱を聴いた。マルベリー・クワイア
による「おお聖夜」のフランス語の出だしから、最後に全員合唱になっていく部分
はいつ聴いてもグッとくる。

 こうして毎年同じ歌を歌うのはいい趣向。この演奏会でこれらの曲を聴かないと
その年を締めくくれないという方もおられるのではないかしらん。(--私も演奏会
は今年はこれで最後である。)その後、合唱隊代表から「おかげさまで今日のチャ
リティー募金は451,934円集まりました。これからもみんな仲よく歌っていきます」
と気持ちのいい挨拶があった。

最後に、会場も明るくなり、小田原市長の加藤さんも飛び入り、会場全体で「ジン
グル ベル」と「きよしこのよる」を(私も)大きな声で合唱し、お開きとなった。

「一回聴けばいいかな」という演奏会もあるが、これは「また聴きに行きたい」と思
う演奏会だった。

*小田原少年少女合唱隊は来春イタリア演奏旅行を予定しており、平成25(2013)
 年には結成50周年を迎える。










小田原市民会館





開場前の長蛇の列


2階席から


大きな募金箱にみなさん募金している





終演後のロビー





打ち上げパーティー お疲れさま!




小田原少年少女合唱隊は昭和38(1963)年に発足
桑原妙子先生は第1回演奏会から指揮をしておられる

まだ新隊員募集中→詳しくはこちら









平成24年の厄除け・方位よけ


小田急線からの富士山


小田急小田原駅


駅前の通り


旧地名 揚土(あげつち)


いつも干物を買うお店


城下町のなごりだろうか、このような小道が多い


お堀端通り











<読書>

伊藤潔『台湾  四百年の歴史と展望』
(中公新書H5/8/25初版)★★★★★
私の台湾関連読書第2弾。1544年から1993年李登輝時代までの台湾の歴史
が客観的に書かれている。1947年2月28日の「二二八事件」の記述も詳しい。
本省人が外省人を恨んでいるという話も分からないではない。





青島広志『音楽家をめざす人へ』
(ちくまプリマー新書H23/8/10初版)★★★★★

こんなことまで書いて大丈夫かしらんという部分もあり、とにかくおもしろい。音大
を受験する人の必読書かな?参考書リストも豊富。専門家(音楽家)になるって
大変ですね~。青島さんは謙遜の権化カナ?

<目次>
第1章 音楽と環境について
第2章 音楽を選ぶということ
第3章 音楽を学ぶということ
第4章 音大受験までの道のり
第5章 音大受験本番
第6章 音大で何を学ぶか
第7章 藝大ってどういうところ?
第8章 音大でどの方向をめざすか
第9章 音楽を職業にする
おわりのつけ足しの章





小松長生『リーダーシップは「第九」に学べ』
(日経プレミアシリーズH23/9/8初版)★★★★★

指揮という仕事がサラリーマンのリーダーシップの参考になる面があるというコン
セプトで書かれているが、私にはむしろ専門家としてのオーケストラ指揮者の仕
事が垣間見えておもしろかった。誰しも感動する部分が少なくとも2か所ある。

小松さんは藝大付属高校に首席合格するも、その先生方に反対され、福井県立
藤島高校から東大(文学部美学芸術科)へ進学。その後、NY州のイーストマン
音楽音楽院大学院指揮科卒。


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6 コメント

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どうもありがとうございました! (桑原春子)
2011-12-26 10:08:34
今回のコンサートも、詳しく温かい記事を
どうもありがとうございました!

何度も演奏をお聴きいただき、
毎回、応援していただいて、
メンバー一同、とても心強く、
励みになっております。

イタリアのコンクールまで、
あっという間ですが、
ベストを尽くせるよう
努力したいと思っております。

今年も一年、本当にお世話になり
有難うございました。
くれぐれもお体ご自愛のうえ
どうぞ、良いお年をお迎えくださいませ。

返信する
Re;どうもありがとうございました! (katsura1125)
2011-12-26 20:56:23
春子先生、さっそくのコメント有難うございました。一人5役!、お疲れさまでございました。もしかしてロンドンからでらっしゃいますか。

これからもみなさまの「ありがた迷惑」にならない程度に応援させていただきますのでよろしくお願いします。
返信する
いつもありがとうございます (役員の石綿と申します)
2011-12-26 21:09:28
今年もクリスマスコンサートを聴きに来ていただき、ありがとうございました。

裏方で仕事をしていてコンサートを聴けない一部の役員も居りますので、いつもながらの詳細なコンサートの模様の記述を拝見させていただくのが、楽しみになっております。

また、小田原の写真も色々と載せていただき、小田原の町並みを再認識させていただいております。

今回も温かいコメントと応援を本当にありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


追伸
桑原先生のパソコンから、何故か今回はブログを開けられないそうです。先生から「ブログを開けられないので、くれぐれもよろしく、ありがとうございました」との伝言です。






返信する
Re;いつもありがとうございます (katsura1125)
2011-12-26 21:28:29
役員の石綿さま、有難うございます。

小田原少年少女合唱隊のご活躍もいつも黄色のシャツを着て、支えておられる皆さまあってのことと存じます。

小田原は名所旧跡も多いので、今度、「取材」にゆっくり歩いてみたいと思っています。

先生はじめ皆様にもよろしくお伝えください。

ブログは 「人生ブンダバー」→検索で開けられるかもしれません。
返信する
ありがとうございます (ヘンゼル)
2011-12-31 20:45:12


いつも詳しい記事を
書いてくださってありがとうございます。
とても嬉しく拝見致しました。

私は今回ヘンゼル役をしていたのですが
楽しんで頂けたようでとても嬉しいです。
一つ一つのステージに充実感のある
楽しいコンサートになりました(^-^)

これからも是非コンサートへ
いらしてください(^O^)
返信する
Re;ありがとうございます (katsura1125)
2012-01-01 07:38:52
ヘンゼルさん、コメント有難うございます。

熱演の音楽劇!よかったですよ。みなさん歌詞やせりふに詰まるところもなく、すごいですね~。

学校との両立も大変でしょうが頑張ってください。いつもかげながら(?)応援しています。
返信する

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