人生ブンダバー

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小山俊樹『五・一五事件』

2022-02-09 05:00:00 | 近現代史

小山俊樹『五・一五事件』は一昨年の4月の新刊だ。その年6月に
購入し、まずは「ざっと」読んだ。その年のサントリー学芸賞を
受賞している。改めて読み直すとおもしろい。

本書「あとがき」にあるように、「読者の関心のある章から、自
由に読めるように」なっている点がすばらしい。


五・一五事件は、昭和7年5月15日に発生している。満洲事変(6
年9月)の翌年だ。
さらに、その前年5年は、ロンドン海軍軍縮会議から統帥権干犯
問題が起きている。

当時の「登場人物」を整理すると、下表ができあがる。

暗殺された政友会の犬養毅首相は76歳であった。

主犯クラスは、海軍の三上卓(当時27)、古賀清志(同24)で禁
錮15年の判決だったが、昭和13年に恩赦により釈放されている。
三上も古賀も戦後まで生きた。


なぞが多いとされる五・一五事件だが、本書を読むとかなり「ス
ッキリ」する。本書によれば、
・事件の発生は、大正期以来続く国家改造運動の延長線上にある。
 巷間で事件の原因と言われている、犬養首相個人の言動(満州
 国不承認、陸軍・森恪との対立や軍部批判演説など)は直接の
 原因ではない。
・政党政治の中断には、元老西園寺に影響力を行使した昭和天皇
 の意向が大きい。
・減刑嘆願運動の高揚には、政治介入を強める陸軍の思惑や、格
 差に憤る国民の反「特権階級」感情があった。


團琢磨、井上準之助は、昭和7年2、3月、五・一五事件発生前に
血盟団事件で暗殺されている。

ちなみに、同年2月の第18回総選挙では、与党政友会(犬養毅)が
303議席の圧勝、民政党(若槻礼次郎)は146議席の惨敗となった。





昭和5(1930)年当時の歴史上の人物

  生年 1930年時(歳) 没年 没年齢
昭和天皇 1901 29 1989 87
西園寺公望 1849 81 1940 90
牧野伸顕 1861 69 1949 87
木戸幸一 1889 41 1977 87
         
犬養毅 1855 75 1932 76
安達謙蔵 1864 66 1948 83
若槻礼次郎 1866 64 1949 83
鈴木喜三郎 1867 63 1940 72
浜口雄幸 1870 60 1931 61
幣原喜重郎 1872 58 1951 78
森恪 1883 47 1932 49
         
頭山満 1855 75 1944 89
北一輝 1883 47 1937 54
大川周明 1886 44 1957 71
井上日召 1886 44 1967 80
菱沼五郎 1912 18 1990 78
         
西田税 1901 29 1937 35
藤井斉 1904 26 1932 27
三上卓 1905 25 1971 66
古賀清志 1908 22 1997 89
         
團琢磨 1858 72 1932 73
井上準之助 1869 61 1932 62
         
真崎甚三郎 1876 54 1956 79
荒木貞夫 1877 53 1966 89
永田鉄山 1884 46 1935 51
         
東郷平八郎 1848 82 1934 86
加藤寛治 1870 60 1939 68
山梨勝之進 1877 53 1967 90

 


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