七代目 立川談志 『死神』
私は「立川談志 師匠」のCDを持っているのですが(若い頃の)、 当時「天才」といわれていたほどあって、大変「端正な芸風(ていねい)」ですごいなぁ~。と思いました。生の落語は2,3回は観ていますね。地方だったのですが、これまた「端正な落語」でした。おばちゃんたちへのサービス精神旺盛でしたが、その割には客が少なくて「価値の解らない地方」ということを思い知りましたが…。
今回の題名にあるように「客への話しかけ」なんですが、あくまでも『私感』dすが談志師匠は後年の落語に「ムラ」があって「気分屋」に見えました。まくらで客をいじったりするのは、まぁ良くないこととは言われますが、最近は許容範囲でしょう。しかし、話しに入ってからも中断して『脱線』してしまうのは私に理解を越えるものでした。正直、私にとっては「面白くない落語の形」でしかありませんでした。しかし、熱狂的な「談志ファン」は盲目的で『噺てくれればそれでOK!』という方が非常に多い。
ここでもうお一方、春風亭小朝師匠。この方は聞いていると非常に説明が目立つ。丁寧とおもっているのか噺の中で「小朝として語る」ことが非常に目立って不自然に感じます。自然に話すことが大事だと思うのですが、そこが強調されてはいけない。
ここでもう一方、十代目 桂文治師匠の落語を観ていただきましょう。
十代目 桂文治 『禁酒番屋』
途中の脱線も非常に自然に「軌道修正」していると思います。(贔屓目か?)やはり、「芸にムラが無い」ということが必要なんだと思います。
まっ、どの職業でもまた人間性でも言える事ですが。
まぁ~ず本日はこれきり_(._.)_
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