今は昔の大昔、1970年代に
看板しょったGEN-TOという
ものを千葉県でやっていた。
主たる日常業務は援農と呼ばれ
た農作業の支援だが、真夏には
昼食を挟んで2~3時間程休憩
を取る。
でないと、炎天下の農作業は
熱中症などで危険だからだ。
一旦、農家の人と一緒に支援
先農家に帰って家の人たちと
共に休憩する。
その時、百姓のおっかぁが
お茶を出してくれる。
真夏の熱い日本茶が実にウマ
い。この上ない。
夏休みだったりすると、農家
の子どもたちに勉強を教えた
りするのもこの休息タイムだ。
そして夜には農家の家族の中
で晩御飯をご馳走になる。
どの家庭も一家団欒で和やか
だ。過酷で熾烈な闘争の中で
あっても、家では笑顔が絶え
ない。
団結小屋までの帰り道は車両
移動でない場合は非常に危険
だ。
濃紺色の乱闘服に身を固めた
集団に見つかると、農道を歩
いているだけで拉致されて林
の中に引きずり込まれ、極限
暴行を受ける。
内臓破裂を防ぐ為に亀のよう
になって腹と頭部を守るしか
ないが、それでも安全靴で
顔面を容赦なく集団で蹴る。
前歯全損とかはごく普通。
国民の金で生きている連中は
そういう事をやっていた。
ニタニタ笑いながら。
そうやって女房子どもを食わ
しているのだろうか。
「きょう悪い奴の前歯折って
やったよ」とか「きのう悪い
奴の頭をガス銃で3mから撃っ
て殺してやったよ」とか言って。