稽古なる人生

人生は稽古、そのひとり言的な空間

No.63(昭和62年6月5日)

2019年08月24日 | 長井長正範士の遺文


○修養とは
ひとことでいうと、自分の欠点に打勝ってゆくことをいう。
そして心の修養の位で攻めるも道の大切なところである。

さて我々剣道を修行する者は、物の大切さを考えると同時に
自分の肉体の大切さを考えねばならない。
そして健全なる肉体から生ずる心の持ち方を修養してゆくのである。

○日本は世界位置長寿の國といわれているが、女性が80才、男性が75才まで伸びており、
誠に結構な話であるが、それでよろこんでいてよいのであろうか。

それ等の老人達に長生きして幸せかどうかを聞いてみると、
その殆どの人達は思いやりのない社会で生きてゆくのが、
とても淋しいと言っているようである。

故に一家族の肉親愛を外へ広げてゆく、即ち人間愛まで高めてゆくことこそ大切である。
これには先ず自分の住まいの手近な地域社会のお互いを助け合いをし、
やがては大阪人なら大阪を愛し(郷土を愛し)近畿を愛し、
日本国民を愛するまで輪を拡げ、愛国精神に目覚めなければならない。
ここに剣道の意義があるのである。
実に剣は愛なりと言いたい。

○感謝謝恩について。
曽て(かって)吉田誠宏先生と八幡の円福寺へ修行に行った時のお話。
雲水は食事のあと、茶碗を拭く。
これはどれだけ綺麗に食べても、のりが三粒分ぐらい残るので勿体ないからである。
だから水で洗わないのである。

雲水は三勺の米でお粥一人分である。三合の米をお粥にして十人で食するのである。
吉田先生が曽て禅の修行に始めて入られた時、雲水が食事したあと、
そのお粥を食べられるのであるが、おも湯ばかりで、米粒一つも残っていない。

よくもまあこんなに上手に最後の米粒まで掬って(すくって)食べたものよと感心し、
腹ペコペコでそのおも湯ばかり飲んでた。
ある日のこと、おも湯を飲もうとしていたところ、炊事係の雲水が
「吉田さん、川へ行って来なさい」と言われたので、
何んのことか判らないまま、すぐ近くの小川へ行ったところ、
何んの変わったことも無いので、暫く思案していたが、ハッと気がついたのである。

そこに百姓さんが、大根や葉っぱを洗うところがあって、
そこに葉っぱの切れはしや、黄色い葉っぱを捨ててある。
これを見て「ああ、そうだ、これを拾うてこいと暗示してくれたのだと喜こび、
持って帰って、きざんで、おも湯の中へ入れて炊いて食べようとしたが、
如何に腹ペコでも水くさくて食べようがないと思った時、
雲水が黙ってひとつまみの塩を茶碗の中に入れてくれた。

その美味しかったこと、生涯その味は忘れられない。
有難くて涙が一杯出たのである。
私はお膳のお粥を前にして思わず先生のお話に心を打たれ、
とどめなく涙を流したのである。

その時のお粥の塩加減のよさ、温かさ、とろっとしたねばりの美味しさは
今も口中に残って忘れる事が出来ない。
禅宗では、このことが、即ち健康に対する精神的な救われになってゆくのである。
感謝報恩の生活をしてゆく。そこに人生のよろこびある。

○吉田誠宏先生の一日。
午前6時起床、寝床で体操、発生げいこ。道場参拝、四股(しこ)を踏む。
打込台に対す。静中動あり、動中静ありを修業する。大木太刀で素振りする。
(この素振用の木刀は誠に重いもので、椿の古木で作られたもの)
朝食、畑仕事、夕方道場へ参拝、後、午前に同じ。
夜10時就寝。睡眠時間は8時間である。以上が先生の日課であった。
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