昭和39年4月から2年、直接の上司だった石田課長は、身振り手振りを交じいて、表現も大袈裟に面白おかしく話す御仁だった。当時の職場の仲間たちの集いでは、必ず話題になった。
昭和39年は新潟地震の年だったが、花瓶が倒れても家中が大洪水になったかように、屋敷の池の水の揺れも、大津波が来たかのように身振り手振りを交じいて話していた姿を思い出す。
お酒もすきだったが、アンコと黒ヨウカンが好きな方だった。あんこは家庭でご飯代わりに食べる習慣があり、お腹の調子の悪いときは、あんこを食べると直るとも言っていた。
黒ようかんを職場へ持って来ても机の引き出しに保管したまま直ぐには食べさせてくれない。叩くとカチンと音がするほどに硬くなったものを、鋸で切って食べたのを覚えている。