爺が小学校3年生だつた昭和16年12月に始まった大東亜戦争下で、栄養不足の児童を対象に副食の給食が行われたことがあった。食糧事情の悪化で長続きはしなかった。
3月生まれだったこともあって、クラスで一番小さい上に痩せていた爺は、確か4年生の時だったかと思う、給食の対象生徒として、お昼は別室で食べたのを覚えている。
正式な栄養調査によるものでなく、見た目が小さくて痩せた子供たちばかり20人~30人程度だったろうか、学校で用意されたおかずで会食し、食後には肝油を一個貰った。
こんな爺も、高校生になった頃には、身長170センチ体重60キロの青年になり、今は薬と共存しながらも卒寿を迎えて、精神的にも肉体的にも自立した余生を歩いている。