あまりにも楊貴妃と二人で過ごす夜が素晴らしかったため早朝の政務も忘れ朝寝坊してしまうのです。いつも楊貴妃がお側にいなくては何も手につきません。それくらい素晴らしい女性だったのです。ただ、その姿・形が美しかっただけではそうはいきません。何がそんなによかったのでしょうか。それを白居易は
”承歡侍宴無閑暇” 歓<ヨロコビ>を承け 宴に侍べりて 閑暇なし
「歓」とは玄宗皇帝が、今したいと思うことを、常に、察知することです。「宴」は平生の生活全般をいい、特別に宴会をする時ということではありません。楊貴妃が、四六時中、常に、玄宗のお側に居たのです
“春從春遊夜專夜”
この「四六時中常に」ということを、詩人はこのように表現したのです。ただ、一時だけの浮ついた生活ではなく、ずっと、いつまでの続いたということを意味して居るように私は思います。「春は春に従い遊び、夜は夜を専らにする」と。なお、ここに歌われている「春」とは、永遠の命であり、希望であり、喜びであり、今、置かれた二人の永久の時を写した己の姿だろうと私は解釈しました。「遊」とは、日本流に言うと「平安の詩歌管弦の遊び」で、二人の暮らしぶり総てを云うのです。
そして、その結果が
後宮佳麗三千人 後宮には三千人もの超美女がいたのだが、
三千寵愛在一身 玄宗の寵愛は楊貴妃一人だけに注がれます。
金屋粧成嬌侍夜 黄金造りの御殿で容姿を整えた楊貴妃は夜になると玄宗の側に行き、
玉樓宴罷醉如春 宝玉で飾った御殿での楽しい二人だけの一時が終わる頃には、此の自分たちに酔いしれた。
です。
「酔如春」を、今の自分たちの、他の思惑などこれっぽちも考えないような、それこそ自由奔放な二人だけの生活振りを云うのではないかと思うのですが。そんなん解釈でいいのでしょうか???ここの「春」を「春従春」と一連の「春」だと考えましたが、これもどうでしょうか???
でも、このような愛欲の二人だけの生活は長続きするはずがありません。世の中は常に千変万化しており、決して永久不変のものはないということを、それを詩人は同情の心をこめて、此の二人に送った歌ではなかったのでしょうか。