『数学する精神』(加藤文元著 中公新書 2007年)のなかに、「パスカルの半平面」が図示してある。これはパスカルの三角形を拡張したもので、高校数学の知識だけでたどることができて、とても感動する。少しだけ視点を延長するだけで、見える世界が広がるのである。
パスカルの三角形は高校で出てくる。そこでは、二項展開とパスカルの三角形、あるいは組み合わせとパスカルの三角形は、最初から結びついている。しかし、二項展開と組み合わせ理論とパスカルの三角形の3つは、まったく別の起源を持っているという。
パスカルの三角形は、次の2つの規則(基本性質)による数の配置が起源らしい。
1 各行の両端は1であること
2 隣り合う2数の和が下の数に等しいこと
それゆえ、二項展開とパスカルの三角形の対応、組み合わせ理論とパスカルの三角形の結びつきは、「複合」の例といえるだろう。
まず、関連するいくつかの基本事項をまとめておこう。
1 (1+x)n の展開における x の r 次の係数は、パスカルの三角形における n 行 r 列の数に等しい。
2 パスカルの三角形における n 行 r 列目の数は組み合わせの数 nCr に等しい。
3 nCr = n(n-1)…(n-(r-1)) / r !
=n! / (n-r)! r !
例えば、 5C3=5・4・3 / 3・2・1=10 通り である。
4 パスカルの三角形の性質で「隣り合う2数の和は下の数に等しい」。これは次の組み合わせの公式と対応する。
n-1Cr-1 + n-1Cr= nCr例えば、パスカルの三角形で4行2列の数4と4行3列の数6の和は5行3列の数10に等しい。
これは 4C2 + 4C3= 5C3 という関係である。 以上が基本事項である。
さて、高校数学のパスカルの三角形は、0以上の整数と対応するものである。「パスカルの半平面」は、べき指数のこの制限を取り払ったもので、負の整数や分数べきをとりこんだものである。
二項展開において、正の整数だけでなく、負の整数や分数べきでも成り立つことは、よく知られている(わたしもこの本を読む以前から知っていた)。知られていないのは、この関係が、パスカルの「半平面」として図示できるということではないだろうか(わたしはこの本で初めて知った)。
「半平面」というアイデアは、すばらしい。三角形から半平面への道のりを追ってみよう。
数の配置は、正三角形→直角二等辺三角形→四半平面→半平面いう順に拡張していく。
1 正三角形
ここが出発点である。
2 直角二等辺三角形
おそらく、パスカルの三角形を直角三角形に整理したとき、「半平面」が展望できたのではないだろうか。
第4章の図12を思いだしてほしい。そこでは、もともとのパスカルの三角形(第4章の図10)を左に少し傾けて、左側を垂直にそろえて書いていた。このように書くと、その「三角形」のの上半分に何も描かれて空白地帯ができあがってしまって、これが何とも気になる。ここにも何か数を入れてみたい、という衝動にかられるのも何も筆者ばかりではないと思う。
3 四半平面
n=3 行目で r=4 列目の数は素直に考えて「3つのものから4つ選び出す組み合わせの数」である。しかしこれはなかなか威勢がよい。千円札が3枚しかないところから4枚取り出すような話になるから、そんなことができたら手品である。禅問答にもならない。というわけであるから、答は0とならなければならないだろう。そうにちがいない!
もう少し状況証拠が欲しい。だからコンビネーションの公式に素直にn=3とr=4を代入する、という作戦もとってみよう。3C4=3・2・1・0 / 4!= 0
となり、見事に求める数が0であると計算されてしまう。ここまで証拠がそろってくれば、もう疑いなくパスカルのn=3 行目 r=4 列目にくるべき数は「0」にちがいないと自信を持って言えるだろう。
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4 半平面
ここまで来ると人はこの基本性質を逆に使って、行を上にどんどん付け加えていくことができるということに気付くのである。(新たな段階での「想像力」の行使)。つまり、0行目(n=0の行)の上に新しい行を、そのまた上にまた新しい行というように。
やってみよう。0行目1、0、0、0、…の上に新しい行を上の基本性質が保たれるように作るのである。行の最初は1で始まるのが原則であった。その右隣りにの数は1とその数をたして右下の数、つまり0となるようなものでなければならない。それは-1である。その隣りの数は、-1とそれをたしてやはり0になるようなものだから、これは1である。これを繰り返して、人は図19の最初の行の上にもう一つ「(-1)行目」とでも名付けるべき新しい行を
1 -1 1 -1 1 -1…
という1と-1が交互に現れる数のならびで書きたすのである。
ここまで来ると後はしめたもので、そのうえに「(-2)行目」、さらにそのまた上に「(-3)行目」を書いていく。
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かくして人は図20のような、上にも下にも、そして右にも無限に続く数のならびを得るのである。この図においても、もともとの基本性質「各行は必ず1から始まる」「隣り合う二数の和は右下の数に等しい」が見事に満たされていることがわかる(そもそもそのように作ったのであるから)。そしてそれはふつうのパスカルの三角形をその一部、つまり下半分のさらに左下半分として含んでいるのである。
筆者はこの見事な数のならびによって平面の右半分が覆い尽くされているさまを「パスカルの半平面」
と呼ぶことにしたい。(中略)
この項の最後に一つ注意をしておきたい。図20の上半分(n=-1以上)をよく見ると、そこには実はもう一つパスカルの三角形がある。この部分の数のならびには、正の数と負の数が交互に現れるのであるが、符号を無視して絶対値だけで見てみると、実はパスカルの三角形を反時計回りに90度回転したものと見事に一致している!
5 半平面(分数べき)
図20の行間にこのような並びが隠れている。
以上が、「パスカルの半平面」の概要である。
正三角形→直角二等辺三角形→四半平面→半平面とくれば、「平面」も展望してみたくなる。
パスカルの平面とは、半平面の左側を考えることである。つまり、r<0も考えることである。パスカルの半平面(r≧0)では、「5つのものから2つ選び出す組み合わせの数」という自然なものから、「-4個のものから2個のものを選ぶ組み合わせの数」という禅問答めいたものまで現れるが、すべて成立する。
パスカルの半平面の左側では、まったく禅問答である。「5つのものから-2つを選び出す組み合わせの数」、「-4個このものから-2個のものを選ぶ組み合わせの数」。
-1個のものを選ぶと言うとき、-1の階乗が必要になる。これは、展望できるが、不可能であることがわかる。
(n-1)!=n!/ n だから、
n=0 を代入すると、
(-1)!=0!/ 0
=1/ 0
0で割ることはできないから、これは成立しない。このように「パスカルの半平面」の左側には格子点は存在しない(定義されない)。
しかし、
n=1/2を代入すると、
(-1/2)!=(1/2)!/ 1/2
=2×(1/2)!
となるから、「パスカルの半平面」の左側は、まったくの空白ではなさそうである。どうなっているのだろうか。
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