僕たちは一生子供だ

自分の中の子供は元気に遊んでいるのか知りたくなりました。
タイトルは僕が最も尊敬する友達の言葉です。

その気

2014-01-21 | Weblog
ここ数年で、尊敬する先輩が何人も亡くなっていった。
亡くなってはいないものの、右半身不随であるとか、大きな障害を背負われた方も多い。

亡くなられる年の頃で一番多いのが、60歳近くだ。
やっと生計を支えるための仕事が終わり、さぁ、これからやりたいことをやって過ごそう、という時に倒れられてしまう。

私は今56歳。先輩方の例に当てはめると私の持ち時間はあと4年。その頃に「何か」あっても全く不思議ではない。
やりたいことをやって生きたいが、一人じゃないし、やりたいことにはお金がいるので、結局仕事中心の生活からは抜け出せずにいる。


死から逆算した「残り」を考えると、「今」がよく見えてくる。
残すべきもの、残された人のこと、自分の可能性、時間の使い方・・・つまり、今をどう生きるかの問いが次々と自分の中に溢れてくる。
「死」にきちんと向き合って考えるべき年齢になったということだろう。

そろそろ遺書でも書いておかないとな、なんてことも考えるわけだが、追い詰められないと「その気」になれない悪い癖だけはどうしようもなく、今日もまた、なんとなく無事な時間が過ぎてゆく。そしてそれが「生」であるのが、何ともはがゆいのである。