僕たちは一生子供だ

自分の中の子供は元気に遊んでいるのか知りたくなりました。
タイトルは僕が最も尊敬する友達の言葉です。

のら

2020-07-31 | Weblog
「野良」が少なくなった。犬も猫も、そして人も。
現代の正しい生き方は、なんでも除菌して、行動する前に危険を回避、他人に物申したら何をされるか分からないのでそれを避け、顔を出さずに人と誹謗中傷し、とにかく自分は被害に合わず無難に、である。
野良は辞書によると、野や野原のこと、もしくは放蕩、とある。
野原の広がり、放蕩の自由さ、逞しさはどこへ行ってしまったのだろう。
数少なくなった野良よ、安全ばかりを追求することが一番危険であることをを皆に教えやってくれないか。

やきめ・し

2020-07-28 | Weblog
テレワークが年内続く。
当然勤務時間内に家から出ることはないが、たまに昼休みを利用して銀行や市役所に行ったりすることがある。今日は銀行に行く用事があって商店街を歩いていた時のこと。
二人で食事処を探しているサラリーマンがいた。そのうちの一人が言った言葉になるほどなぁ、と感心した。

「悩んだら王将やな」

食事処の選択肢に困った時は王将にするという人がいるというのはなんと強いブランド力であることか。
私も友人と、王将は「やきめ・し」の「し」を言った時にはもう焼き飯が出てくると冗談で言っているが、その料理が出てくる速さもブランドを形成している要素のひとつだろう。
ホントにやきめしのしで焼き飯が出てくるようになったら、

「悩まず王将」やね。

女の子に武士の魂

2020-07-27 | Weblog
先日、同居している孫でただ一人の女の子が骨折した話を書いた。
骨折した日と翌日は痛みとショックもあったのだろう、茫然としていたので脳外科医に診てもらった位だった。幸い何もなく今は元気にしていているので骨以外の心配はなさそうなのだが。
そうして心配ばかりしている私が、この子に感心させられたことがある。
骨折したのは右手首。完全に折れてしまっていて、肘からギプスで固定しているため利き手の右腕の自由は利かない状態だ。私も経験があるが、利き手が使えず、腕が固定されて肩が凝り、蒸れて汗の臭いががして、というのは想像以上に辛い。しかもこれが1ヵ月も続くと聞かされるとその長さに気分まで落ち込んでしまう。加えて子供の遊びに参加できない。例えば公園で走り回ることができないというのは子供にとって何より辛いことじゃないのだろうか。
でもホントに辛いことばかりなのに、この子からは一言の泣き言も聞いたことがない。左手で勉強し、ご飯を食べ、兄弟が出かけても家で友達と遊び、何事もなかったかのように日々を過ごしている。大げさに言えば覚悟が感じられるのである。
我が家はご先祖が武士だった。武士道とは覚悟を問うものである。残念ながら私には武士ほど覚悟が持てていないことが多いが、私を素通りしてこの子に武士の魂が宿っているのであればこんなに嬉しいことはない。

勲章2

2020-07-22 | Weblog
男の子の怪我が勲章であるように、ギターの傷も勲章だと思っている。
もちろん傷がないギターが嫌いな訳でもなければ価値がないと思っている訳ではないが、傷はどれだけそのギターが活躍し、音が良くなっていってるかを示すバロメーターだと思うからだ。
私は世界に一台しかないギターを持っている。誰かが特注したものを中古で手に入れたのだが、新品価格は松坂入団時の背番号×00,000という代物だ。音は太く澄んでいて、他のギターでは絶対に出せない色気を持っている。ビジュアルはシンプルなのにとんでもなく美しく、弾いてよし、眺めてよしのプレーヤーもコレクターも満足させる逸品である。
でも私はそんなギターでもライブで使いたいのでピックアップを付けたいと思い、購入した楽器店に持ち込んだら、ホントに付けてもいいんですか?なんて念を押されてしまった。こんな高級ギターは普通加工しませんよ、とのことらしい。しかも持ち込んだ時のケースが軽く薄いケースだったので、こんなのに入れて持って来はったんですか!?なんて呆れられる始末で。
でも家に飾っておいても私にとっては意味がない。とにかくライブで使いたいから付けてくれということでピックアップを取り付けてもらった。それからというもの、やはりあちこちのライブハウスで当然の如く傷が増えていく。あとは野となれ山となれ状態である。その後も自分で手を加えたりリペアマンに頼んでポジションマークを大きくしてもらったりとオリジナルとはかなり違う仕様になって傷も増えていったが、その分弾き込んでいる訳で音はどんどん良くなってくる。工芸品としての価値は下がってしまったが楽器としての価値は大きく上がった。
私の人生62年も傷だらけ。せめて人としての価値が少しでも上がっていればいいのだが。

勲章

2020-07-21 | Weblog
男の子の場合、怪我は勲章だと思っている。
6人いる孫たちの中の4人の男の子が少々怪我した位では慌てることも騒ぐこともない。でもやっぱり女の子はそうじゃない。
二日前、同居している孫でただ一人の女の子がブランコから落ちて手首を骨折してしまった。幸い手術はせずにギプス固定で済んだようだが、お医者さんでずれた骨を入れられて泣き叫んでいたらしい。全治2ヵ月。リハビリも入れると全快までには数か月を要するとのこと。気温も急に上がり真夏日が続く最中、1ヵ月は石膏で固めたギプスを外すことができない。私も何度も骨折してギプスをしたが大人でも夏の1ヵ月のギプスは耐え難い。かゆみ、臭い、痛みの三重苦が1ヵ月も続くのだから。
それを思うともう可哀そうで可哀そうで仕方ない。代われるものなら代わってやりたいとはこのことだ。それでも命に別状はなく、治る怪我なのだから不幸中の幸いと何度も思おうとするのだがそれが出来ない。これだけ医学が進んでいるのにギプスは相変わらず旧態依然として石膏で固める以外方法がないなんて納得できない。色々調べてみたらこんなのがあった。

ムレ、かゆみ、臭いの問題を解決!プールにも入れちゃう新世代ギプス

開発したのは韓国に本社を置くopenM inc.。株式会社JMC(本社:神奈川県)が日本国内での独占販売権を取得、薬事法もクリアとなり、今年...

HERO X

 


娘にこんなのがあるからお医者さんに言ってこれに代えてもらえと言ったが、お医者さんからは発売間もない商品を取り扱う医者はまずいないとけんもほろろに断られたらしい。ならば石膏で固めたギプスの長辺を2分割したらどうなのか。これなら半分外して半分拭いて、また拭いた半分にギプスを付けて反対側を拭けば、絶対に動かしてはいけないという条件もほぼクリアできるだろう。懸命に娘にアピールするのだが、娘は骨折した皆が辛いのを我慢してるんやから仕方ない、とこれは私がけんもほろろに扱われる始末で。
ま、冷静に考えれば、娘の言う通りなのだが、とにかく女の子(孫)は違うのだ。なんか情けないが、じじバカという心の怪我はじいさんの勲章だという訳にいかないものかね。

根拠

2020-07-16 | Weblog
メルカリなるものを良く利用している。私にとってのメリットは大きくふたつ。

①試してみたいものを購入して試してみられること(試してダメなら売れる)
②不要になったものを何がしかの金銭に代え、リサイクルできること

①の場合は損金もそう大きくなく売上額もそれなりになるが、②の場合は損はしないまでもトントンになることも多い。それでも“捨てるよりはマシ”なので赤字にならない限りはそれでいいと思っている。きっとそのような考えの人が多いから、このような売買サイトが成り立つのだろう。
それでも一応売買、大きく言えば商売の場であるので、買う方は値引き要請をするのが当たり前になっているようなところがあり、それを見越した価格設定もしないといけないし、タイトルも説明文も買い手の興味をそそるように書かないといけないしで、まぁまぁ、それなりの工夫も必要になってくる。そんな中、立て続けにこれはどういう根拠で?というような値引き要請があった。
ひとつは800円で売りに出していた商品を300円にして欲しいというもの。誰がどこから考えても送料で赤字になるのが見え見えだが、どうも商売をされている方のようで、この価格で買い取らないと商売にならないからということでの要請だったのだろう。それにしても相手のことは構わず自分の言い値をそのままストーレートにぶつけられても困るなぁという話で。
もうひとつは同じ商品で、800円を790円にして欲しいというもの。ま、10円引いたからと言ってこちらは何の問題もないのですぐ値引きして買っていただいたが、この10円の根拠は何なのかさっぱり分からない。どうしても10円を稼ぎ出す必要があったのだろうか。10円値引きをして欲しいというメッセージを送っている間の時間を有効活用すれば10円位はすぐに取り戻せると思うのだが。
当然それぞれの方々に思いがあり、内容を否定している訳でも人間性を否定している訳でもない。10円を疎かにしている訳でもない。ただ、私には根拠がさっぱり分からないので、メルカリさんには今後値引きの際の「根拠記入欄」なるものを設けていただればもっと双方が納得できる取引ができるのではないかと思うのだが、いかがなものでしょうね。

線引き

2020-07-09 | Weblog
大雨被害がものすごい。特に九州地方は大変なことになっている。
でもインターネットではそんなニュースと共に、〇〇さん芸能界引退、というニュースも速報で入ってくる。
平和な時ならともかく、激甚災害が発生している時に、芸能人が一人辞めたというどーでもいい話をトップニュースとして並行して流すのはどうなんだろうか。
もちろん興味がある人もいて需要があるから速報で流すのだろうが、「トップニュースと比べると取るに足らないニュースです」というタグでも作って発信したらどうか。
どこかに線を引く、というのはどんな場合にもとても大切なことだ。取るに足らない人間の取るに足らないブログでのつぶやきだけれども。

本来の役割

2020-07-08 | Weblog
徳之島に行ったとき、友に「要らんギターないか」と聞かれていたのだが、先日ボロボロながらもなんとか弾けそうなギターが手に入ったので友に送った。
その友には、何かにつけてほとんど理由を聞いた覚えがない。ギターないかと言うので弾くつもりなんやな、と思っただけでどうして弾きたいのかなんてことは聞かない。ひょっとしたら自分で弾くんじゃないのかも知れない。まさかと思うが、オードリーヘップバーンのようにギターを武器にしたいのかも知れない。畑で弾いたら気持ちがいいと思ったのかも知れない。でもそんなことはどうでもいい。続かなくたって一向に構わない。友がその時ギターを欲していたということが全てだ。
お母さんの側で、縁側で鳩と語り、木々を見つめ、先祖を思う。仕事で疲れ果てて座ることさえできない日もあるだろう。ギターは彼の人生のどこに位置するのだろうか。
友を想像できることが私には何より贅沢で豊かなことだ。送ったギターは楽器本来の持つ想像力を掻き立てるという仕事を見事にこなしている。私にはそれ以外の理由は要らないのである。

もったいない話

2020-07-07 | Weblog
生前、私の母は毎日のように孫たちにと、孫たちが大好きないちごを買ってきてくれた。それも必ず練乳とセットで。練乳はいっぱいあるからもう買ってくれんでええよ、というのにそれでも毎日買ってきてくれた。
今、私がよく似たようなことをしている。毎日の散歩に出ると、3日に一回位は孫たちの好きな食べ物を買って帰る。
やがて私も母のように残ってしまうものを毎日買って帰るようになるのだろう。
でも子供たちよ、孫たちよ、もしそうなったら私が母を思ったように、それは「残ってもったいない」ではなく「ありがたくてもったいない」と思って許して欲しい。あまり近いうちだと困るやろけどね。

劇的な治療法

2020-07-06 | Weblog
先日自転車で転んで怪我をした話を書いた。
あちこちの怪我のうち、右膝の怪我が一番ひどく(といっても所詮はかすり傷)、治りが悪いまま数日が過ぎたのだが、1週間過ぎても芳しくないので今までのバンドエイドに代えて最近の怪我を治す時の定番であるらしい「キズパワーパッド」なるものを貼ってみた。これを貼ってしばらくすると怪我から出る体液を吸って白く膨らむ。自身の治す力を利用するようになっているらしい。しかも防水仕様なので5日間は貼り続けていられるとのこと。へぇ~と思いながら使い始めて3日目、白い膨らみが茶色くなり外に溢れてきた。外に溢れたら交換してください、とあったので、交換しようと説明書を読むと、膿等が出て茶色く変色している場合はただちに使用を中止し医者にかかるように、とある。え~、でも大して痛くもないし治ってきてるようにも見えるし、もうええんとちゃうん、なんて思いながらも、若い頃とは違うので念のために見てもらおうと近くのお医者さんに行ったら、特に心配することはなく順調に治ってきてるとのこと。ただ、これからは治療法を変えましょうとのことでしてもらった処置がまた驚くべき方法で、「サランラップを貼る」というもの。消毒するのはこれまでと変わらないが、次に抗生剤軟膏を傷口に塗り、その上に家庭で使うサランラップを貼るのである。私と同年代位の先生がおっしゃるに、私たちの世代の常識と今の常識は全然違うんですよ、ということだ。
とにかく怪我なんてものは唾をつけて放っておけばすぐ治るものと思ってきた私の世代からすると怪我はつまり「乾かせば」すぐ治るものだと思っていたのに、今は「保湿する」ことが良いとされているということだろうか。まぁ、ホントに驚くことばかりだったのだが、何より驚いたことがある。サランラップを貼る治療を始めてから二日目、散歩から帰ってきたらサランラップがない。あれ、歩いていて外れたのかな、と思ってもう一度ひざを見ると傷も綺麗に治っている。おお、サランラップ治療はとんでもない効果や、これはすごい!!と感心していたら右の膝にサランラップが。つまりなんともない左膝をみて治ったと思っていたのだ。
こんな私の治療法はいつまで経っても出来ないんでしょうねぇ。


2020-07-02 | Weblog
私は猫より犬の方が好きなのだが、猫を見ていて書いたもの。

「媚びない」猫はそこがいい。
猫が好きだという人の理由は、これが大半を占めている。

猫たちは何をするにおいても当然のごとく振舞う。
“陽の当たる場所”こそ、自分の生き様とばかりにいつも日向に身をおく。
寒い日には、主人の、脱ぎ捨てた上着はもちろん、風呂上りの体までこたつにする。
布団は先に温めておけ、とばかりに、適温になった頃を見計らって入ってくる。

彼らは何も与えようとはしない。なのに人は、彼らのそのプライドを「与えてくれるもの」と受け取り、心を休めることができる。

「与えるな、さらば与えられん」
猫の世界は、神の世界より高貴である。