母の写真を持とうと思った。
今まで、子供や孫をはじめ、家族の写真を持ったことがない。
今では「持つ」というか、携帯に入れておくんだろうけど。
なんか写真っていうのは、その人やその人の言葉などを「思い出す」ためにあるもので、今生きて側にいる人のを持っている必要を感じないし、なんか「縁起が悪い」気がするからだ。
母が亡くなってから4ヶ月が過ぎた。お寺さんの言うように、100日を過ぎた頃からようやく母が「あっちの世界」に行ったのだということを納得できるようになってきた。
それでも遺影を見ると、母の教えの何もかもが蘇ってくる。
写真を見ながら、叱られてたことを思い出している息子を見て、母はやはり、「情けない」と言っている気がするが。
今まで、子供や孫をはじめ、家族の写真を持ったことがない。
今では「持つ」というか、携帯に入れておくんだろうけど。
なんか写真っていうのは、その人やその人の言葉などを「思い出す」ためにあるもので、今生きて側にいる人のを持っている必要を感じないし、なんか「縁起が悪い」気がするからだ。
母が亡くなってから4ヶ月が過ぎた。お寺さんの言うように、100日を過ぎた頃からようやく母が「あっちの世界」に行ったのだということを納得できるようになってきた。
それでも遺影を見ると、母の教えの何もかもが蘇ってくる。
写真を見ながら、叱られてたことを思い出している息子を見て、母はやはり、「情けない」と言っている気がするが。