僕たちは一生子供だ

自分の中の子供は元気に遊んでいるのか知りたくなりました。
タイトルは僕が最も尊敬する友達の言葉です。

鬼が泣く

2012-11-27 | Weblog
来年の話をすると鬼が笑うというが、これから書くのは笑えない話で。

当たり前ではあるが、子供の頃の私は、お年玉が楽しみだった。
ただ、その中で唯一不満だったのが、いつも極端にお年玉の額の少ないおじさんがいることだった。
親戚中が集まり、十人以上にお年玉をもらう中で、そのおじさんの額は皆の平均の5分の1程度だったように思う。

両親に「なんであのおっちゃんだけはいつもちょっとしかお年玉くれはらへんの?」と聞くと、「あそこのおっちゃんは貧乏でえらい苦労してはんねん、もらえるだけでもありがたいと思い!」といつも叱られていたが、所詮は子供、そうは言われても少ないものは少ないので、なんかそのおじちゃんだけはあまり好きになれなかったのである。

あれから40年以上の時が経ち、ウルトラ甘ちゃんの私でも、お金を稼ぐということがいかに厳しく、生きていくことがいかに辛いか、ようやく分かり始めてきた。

そのおじさんの仕事は自営業。細々とした三ちゃん家業で、売り上げはわずかだったそうな。でもおじさんは、決して休まず、決して手を抜かず、そしてただの一言も愚痴を言わず、戦後の何もない時代に家族と自分を守るために働いた。
正月に兄弟、親戚が集まる場には来たかっただろうが、お年玉を渡すなんてのは、できれば避けたかったに違いない。

今思う。
金額なんて全くどうでもよかったのに、なんと自分は恥知らずだったことか。
一番少ないお年玉こそ、一番ありがたく、一番大切なことを教えてくれるものだった。
一番少ないお年玉を毎年欠かさずくれたおじさんこそ、最も尊敬できる人だった。

もう亡くなられたが、おじさんにはホントに申し訳ない気持ちである。
せめて新年を迎える前に、おじさんに最大限の敬意を払いたい。
鬼が泣く話があってもよいではないか。







三宅久之先生を偲ぶ

2012-11-16 | Weblog
評論家の三宅先生が亡くなった。
一度もお会いしたことがない方が亡くなって涙してしまうのは、先生が初めてで、私にはそれほど尊敬してやまない方であった。

数々の印象深い言葉がある。

「子供には人権なんかありません!」
善悪の分別がつかないような未熟者には人権なんかない。その権利は親にあり、だから親は子供をしっかりとしつけなければいけないのだ。と説いた。まったく同感である。

「容赦ない殺人を犯した人は厳罰に処されるべきである。しかし、被害者も悪い!」
確か深夜の2時、3時に一人で出歩いていた若い女性が襲われて亡くなった事件でこのようなコメントを出された。
つい、犯人の残虐性ばかりに目がいきがちだが、先生は「被害者の常識的な判断能力」にも言及された。犯人はもちろん厳罰を受けるべきだし、被害を受けられた方には全くお気の毒ではあるが、先生のおっしゃる通りだと思う。

「昔の人」であった。「正義と信念と覚悟」を持った人であった。つまり「武士」であり、今の日本に最も必要な人だった。

先生は、バカなことをいう人を「ポン助」と呼んだ。

先生、大阪の54歳のポン助ですが、ここに一人、先生を偲び、涙しております。
どうか安らかにお休みください。

108

2012-11-05 | Weblog
この数字、なんだ?
除夜の鐘の数?どこぞのファッションビルの名前?
まぁ、正解も間違いもないのだが、今回のこの数字は私と私の友人の年齢(54)を足した数である。

なんで、こんな数字をタイトルにしたかというと、この友人となんと『路上ライブ』をやることになったからで。
音楽は好きだしギターはずっと弾いていたけど、ついぞ、路上ライブなんてものはやったことがなかった私だが、馬力も体力も度胸も私とは比べものにならない、高校の同級生の「やらへんなんてありえへんやろ」的な誘いに「ええやん、やろか」てなことに。

この友人、照れるだの恥ずかしいだの、そんなこととは一切無縁の男。きっとそこらの通行人に「リクエストありまっか?」みたいなこともいうやろうし、下手したら漫談みたいなことを始める可能性だってある。しかも、当日の会場は阪急電車某駅の目の前。人の多い雑踏の中でPAもなしで生音だけでやるという。

普通なら断るところだが、とにかくこの男にはいつも「なんかためらうことでもあんの?」という雰囲気があり、人生やってみないと損だ、と思わされる。

いい歳して、高校生のやるようなことをやってみる。
「それもよし」
座右の銘を具現化してくれる友達とちょっと暴れてみようと思う。

今年の締めくくりはなかなか刺激的になりそうだ。