僕たちは一生子供だ

自分の中の子供は元気に遊んでいるのか知りたくなりました。
タイトルは僕が最も尊敬する友達の言葉です。

限界の範疇

2015-02-25 | Weblog
ものごとには限度・限界がある。

叶うこと叶わないこと。
できることできないこと。
そして、生きること死ぬこと。

いじめられて命を奪われた少年がいる。
皆に愛されていたという。
やさしさゆえ、限界まで辛抱したのだろう。

いじめて命を奪った少年たちがいる。
彼らを愛してくれる人もきっといた。
でも哀しいかな、限度・限界を知らずに育った。

少年たちは限度を知らずに人の命を奪った。
けれど、未成年だから死刑にならない。

そんな限度があるから、限度を知らない少年が育つ。
限度を超えたら限度を超えた処罰を与える。
それが当然ではないのか。

理不尽は世の常。これさえも、限度・限界の範疇であるのだから。

楽器の神さま

2015-02-17 | Weblog
前のブログに書いたように、3/15に単独ライブをするのだが、40分×2ステージを予定しているので、ちょっと思考を凝らさないと聞いている方に飽きられてしまう。
昨日の練習では、その対策のひとつとして、40分の間にいつも使っている楽器の組み合わせを変えて演奏することも考えてみようかということになった。
で、バンドメンバー5人それぞれの楽器を持ち寄ってみるとなんとものすごい数に。

・アコースティックギター13本(預りもの2本含む)
・ガットギター2本
・エレキギター1本
・ウクレレ3本
・ウッドベース2本
・エレキウッドベース1本(預りもの)
・アコースティックベース1本
・エレキベース1本
合計なんと24本!

たぶんウチより在庫の少ない楽器さんもあるんとちゃうかなぁ。
基本的に自分の人生は大いにツイていると思っているが、これはまるで楽器の神さまがついてくれているみたい。

毎日先祖に手を合わせているが、これからはこちらの神さまにも手を合わさねば。
とにもかくにもただただありがたいことでございます。




ワンマンライブ

2015-02-09 | Weblog
私たちのバンドが初めてライブをさせてもらった時は約5年前。近くの音楽バーで。
初めてのライブのくせに、あつかましくもブッキングではなくワンマンライブだった。

当たり前といえばそうだが、その時のお客さんはゼロ。店のマスターだけが聞いてくれていた。
マスター曰く。『「やれやれ、どうなんのかな、このバンド」と思ってた』

今は女性ボーカル二人とパーカッション一人、ギター二人、ウクレレ一人、ベース一人という5人構成(ボーカルがそれぞれギターとウクレレを担当)だが、最初は4人。楽器構成も唄の構成も違っていて、ギターが4台で、私も時にはボーカルをしたりしてたなぁ。

それから5年の年月が経過した。
亀の歩みのようにゆっくりと、3歩進んで2歩下がり、体力と記憶力の低下と戦いながら、なんとか40曲弱のレパートリを持てるようになった。みんなの技術も上がった。
素晴らしい音楽仲間がいっぱいできて、その仲間から声をかけてもらえるようになり、昨年、一昨年と月に2回のペースでライブを重ねた。
ライブを重ねることで、音楽仲間は全ての人が尊敬に値する、という、何よりも大切なミュージシャン魂が身についた。これはたとえアマチュアであってもプロであっても同じだと思う。

ついこの間、マスターから声がかかった。

「ワンマンライブをやってくれないか。見たいというお客さんがいっぱいいるよ」

この5年間、音楽に費やした時間からすると何百分の一、何千分の一の時間のライブ。
そのほんのわずかな時間がこんなにありがたく楽しみだと思ったことはない。

3月15日(日)、私たちは同じ店で二回目のワンマンライブをさせてもらいます。

人間の目覚め

2015-02-02 | Weblog
現代人は、
小さく狂っている人が多い。
死ぬほどの恋をしていない。

たぶんこれは石原慎太郎さんの言葉だったように思う。

そこには、人と人の「繋がりの希薄さ」が見て取れる。

便利さと繋がりは反比例するというのが私の持論だ。

全世界で、一度ITインフラを数日間停止させてみてはどうか。

テロ対策は、一人一人の「人間としての目覚め」が何よりも急務なような気がする。