3時ころ、北東に山の麓から半分の大きな虹・・・病院からの帰りには大雨の粒に直撃された・・・孟嘗君(モウショウクン)=田文(でんぶん)・・・伝聞・・・電文・・・亡将軍、望将軍、網障群・・・、糖尿病性網膜症・・・盲唱訓・・・はなわ(塙)、き(己)、ほ(保)、いち(一)・・・
色んな「人間」が居てもイイとは思うけれど・・・移民、住民生活で物まね、オワライはヨシとは思うが、「嘘吐き」と「泥棒」は「国家の柱」・・・であるらしい・・・「国民」は猛烈に嘗めるられているとの訓辞・・・
ーーーーー
枕草子
(一三九段)・・・百三十九段・壱佰参拾九段・壱参九段・陌参足玖段
1+3+9=13=十三=壱拾参=足参
1×3×9=27=二十七=弐拾七=弐足漆
頭辨の職にまゐり給ひて、
(答弁之→問弁之→当弁之、
初句爾、磨意理他真意出)
物語などし給ふに、
夜いと更けぬ。
「明日御物忌なるにこもるべければ、
(亜詞多、音分通記、鳴る爾、胡摸留、部懸例葉)
丑になりなば惡しかりなん」
(得詞爾名理納葉、蛙詞→足、仮納)
とてまゐり給ひぬ。
つとめて、
藏人所の紙屋紙ひきかさねて、
(句等得度常呂之、詞也、史曳き重ね出)
「後のあしたは殘り多かる心地なんする。
(語之蛙詞多葉、竄裏、集る、個々知、難諏留)
夜を通して昔物語も聞え明さんとせしを、
(代於通して昔物語も聞え明さんとせしを)
鷄の聲に催されて」と、
(取り之声爾、摸与推作例出)
いといみじう清げに、
(意図、意味、字得、記与解爾)
裏表に事多く書き給へる、
(裏表に言他句、書き給へる)
いとめでたし。
(意図、芽出度し)
御返に、
(音、変え詞爾)
「いと夜深く侍りける鷄のこゑは、
(意図、代譜化句、葉部裏懸留、取りの胡重葉)
(異賭、野心、公事裏懸留、景之→桂之、乞葉→請場)
孟嘗君のにや」
(摸得証訓之爾也→亡称訓之似哉)
ーーー
孟嘗君(もうしょうくん)=田 文(でんぶん)
?年五月五日~紀元前279年
姓は嬀(ギ)=女+為
「女(おんな・ジョ)」→音名・音納・序
「爲(なす・ため・する・イ)」→名素・意
氏は田(た・デン)→他伝・多伝・太伝(太安萬侶)
諱は文
諡が孟嘗君
斉の
威王の孫
戦国・・・・・撰語句
四君の一人・・詞訓
父は斉の
宣王の・・・・撰姶・潜欧→宣負(本居宣長)
異母弟の
田嬰(デンエイ)で・・・伝洩・伝英
薛(ヘキ・山東省滕州)の領主
ーー↓
薛=まさき・セチ・セツ
漢姓の一
薛=艸+阜(おか・フ・ブ)+辛
↓
「阜・追・官・逭・耜・槌」の漢字の部分
阜=小里←こざとへん(阝)
大里←おおざと(邑)
阜←左耳旁(人間の耳の字形である)?
山地を表す字の一つ
小さい方から
「丘・阜・陵・阿」の順
「説文解字」では
「山」は「石有りて高い岩の山」
「阜」は「土の山」
↓
薛(セツ・セチ)の
類字は
↓
「薜(こけ・ヘイ・バイ
ヒャク・ハク・ヘイ)」
薜=艸+辟(尸口立十)
こけ→苔・虚仮・鱗・扱け
避(さける・ヘキ・ヒャク)
僻(ひがむ・ヘキ・ヒャク)
↓
薛
植物名
かわらよもぎ=菊科の多年草
↓
聴くか、之、多念想
はますげ
まさき=ニシキギ科の常緑小高木
園芸植物
薬用植物
薜蘿(つたかずら・セツラ・セチラ)
葡萄の蔓(つる・かずら)
↓
人物
薛綜(セツソウ・?~243年)
三国時代の呉の武将
字は敬文
沛郡竹邑の人
戦国時代の斉・魏・秦の宰相を務めた
孟嘗君の末裔
↓
薛稷
唐代の書家
字は嗣通
山西省の人
工部と
礼部の
尚書を経て
太子少保に叙せられた
「竇懐貞(トウカイテイ)の事件」に
連座して死刑(死を賜る)
↓
薛瑄
明代初期の思想家
字は徳温
号は敬軒
河津(山西省稷山)の人
呉与弼(ゴヨヒツ)と共に明初の
朱子学を代表する
靖難の変後の思想弾圧の中で
朱子学を修た
↓
薛聡
朝鮮・新羅の七世紀の文人
字は聡智
号は于堂
元暁の子
新羅語を漢字で表す方法
後世の
「吏読(リト)」を集成
漢文を新羅語で読み解く方法
「吐(ト)」を考案
↓
薛永(セツエイ)
小説の
四大奇書の一の
「水滸伝」の登場人物
梁山泊
第八十四位の好漢
地幽星の生まれ変わり
渾名は病大虫(ビョウダイチュウ)
「病」は「顔が黄色い事・匹敵」の意味
「大虫」は「虎」を指す
↓
癖(くせ・ヘキ)=疒(ダク)+辟(ヘキ・ヒャク)
に類字
「へき」の同音異字
↓
日置(ひおき・ひき・ひち・ひじ・ひお・ヘキ)
古代の地方役場
日置荘は大阪府堺市東区日置荘原寺町
日置江は岐阜県岐阜市
日置
京都府宮津市日置
山口県北西部にあった町
鹿児島県の中央部(薩摩半島)に位置する市
薩摩国、廃藩置県後の鹿児島県にあった郡
和弓の流派の一(日置流・ヘキリュウ)
阿弖流爲は蝦夷
日置部
↓
清和天皇の子孫(清和源氏)、
宇多天皇の皇子の
敦実親王を祖(宇多源氏)
中臣鎌足が
天智天皇より賜った
氏(藤原氏)秀郷流、
大江氏(土師の族で相撲の元祖の野見宿禰の子孫)
平城天皇の子孫などの姓
ーー↓枕草子
孟嘗君
「鶏鳴狗盗(ケイメイクトウ)」
狗盗(泥棒)と
鶏鳴(物真似)の名人の食客で
孟嘗君(田文)は
秦の拘束から脱出することができた
ーー
ときこえたれば、
(説き→解き、肥→請え、他例葉)
たちかへり、
(他知変え理→建ち替え理→絶ち代え理)
「孟嘗君の鷄は、
(亡→望、頌訓之、形葉)
函谷關を開きて、
(巻古句、換、於記紀出)
(韓国官→漢国間→勧告間、於、聴き手)
三千の客僅にされりといふは、
(纂撰之→参戦之、書く、話事掛爾、作例理、問附葉)
逢阪の關の事なり」
(合意版之、籍之言、納理→名理)
とあれば、
夜をこめて
(代於混めて→込めて→籠めて)
鳥のそらねは
(調之素等音葉)
はかるとも
(葉借る、賭摸→伴→共→友)
世に
(代爾)
あふ阪の
(合版之)
關はゆるさじ
(施記葉、喩留差字)
心かしこき關守侍るめりと聞ゆ。
立ちかへり、
逢阪は
人
こえ
やすき
關なれば
とりも鳴かねど
あけて
まつとか
とありし文どもを、
はじめのは、
僧都の君の額を
(想通之→双通之、訓之、比他意緒)
さへつきて取り給ひてき。
後々のは御前にて、
(後語之葉、音撰爾出)
「さて逢阪の歌はよみへされて、
返しもせずなりにたる、
いとわろし」
(意図、話賂史)
と笑はせ給ふ。
「さてその文は、
殿上人皆見てしは」
(伝定比渡、視名、見て史頗)
との給へば、
實に覺しけりとは、
これにてこそ知りぬれ。
「めでたき事など人のいひ傳へぬは、
かひなき業ぞかし。
また見苦しければ、
御文は
(音文葉)
いみじく隱して、
(意味字句、隠して→隔して→書く詞出)
人につゆ見せ侍らぬ志のほどをくらぶるに、
ひとしうこそは」
といへば、
「かう物思ひしりていふこそ、
なほ人々には似ず思へど、
思ひ隈なくあしうしたりなど、
例の女のやうに
(例之、音名之、哉得爾)
いはんとこそ思ひつるに」
とて、
いみじう
(意味字有)
笑ひ給ふ。
(話等比、他真譜)
「こはなぞ、
(胡葉、謎→名蘇)
よろこびをこそ聞えめ」
などいふ。
「まろが文をかくし給ひける、
(太安満侶、臥文於、書く詞、他真意懸留)
又
猶
うれしきことなり
いかに心憂くつらからまし。
今よりもなほ頼み聞えん」
などの給ひて、
後に經房の中將
(語爾、形望之、納化真作)
(埜知爾、警防之、中傷→柱状→中条)
「頭辨はいみじう譽め給ふとは知りたりや。
一日の文のついでに、
(対性質之文之、接意出爾)
ありし事など語り給ふ。
思ふ人々の譽めらるるは、
いみじく嬉しく」
など、
まめやかにの給ふもをかし。
「うれしきことも二つにてこそ。
かの譽めたまふなるに、
また思ふ人の中に侍りけるを」
などいへば、
「それはめづらしう、
今の事のやうにもよろこび給ふかな」
との給ふ。
ーーーーー
・・・
色んな「人間」が居てもイイとは思うけれど・・・移民、住民生活で物まね、オワライはヨシとは思うが、「嘘吐き」と「泥棒」は「国家の柱」・・・であるらしい・・・「国民」は猛烈に嘗めるられているとの訓辞・・・
ーーーーー
枕草子
(一三九段)・・・百三十九段・壱佰参拾九段・壱参九段・陌参足玖段
1+3+9=13=十三=壱拾参=足参
1×3×9=27=二十七=弐拾七=弐足漆
頭辨の職にまゐり給ひて、
(答弁之→問弁之→当弁之、
初句爾、磨意理他真意出)
物語などし給ふに、
夜いと更けぬ。
「明日御物忌なるにこもるべければ、
(亜詞多、音分通記、鳴る爾、胡摸留、部懸例葉)
丑になりなば惡しかりなん」
(得詞爾名理納葉、蛙詞→足、仮納)
とてまゐり給ひぬ。
つとめて、
藏人所の紙屋紙ひきかさねて、
(句等得度常呂之、詞也、史曳き重ね出)
「後のあしたは殘り多かる心地なんする。
(語之蛙詞多葉、竄裏、集る、個々知、難諏留)
夜を通して昔物語も聞え明さんとせしを、
(代於通して昔物語も聞え明さんとせしを)
鷄の聲に催されて」と、
(取り之声爾、摸与推作例出)
いといみじう清げに、
(意図、意味、字得、記与解爾)
裏表に事多く書き給へる、
(裏表に言他句、書き給へる)
いとめでたし。
(意図、芽出度し)
御返に、
(音、変え詞爾)
「いと夜深く侍りける鷄のこゑは、
(意図、代譜化句、葉部裏懸留、取りの胡重葉)
(異賭、野心、公事裏懸留、景之→桂之、乞葉→請場)
孟嘗君のにや」
(摸得証訓之爾也→亡称訓之似哉)
ーーー
孟嘗君(もうしょうくん)=田 文(でんぶん)
?年五月五日~紀元前279年
姓は嬀(ギ)=女+為
「女(おんな・ジョ)」→音名・音納・序
「爲(なす・ため・する・イ)」→名素・意
氏は田(た・デン)→他伝・多伝・太伝(太安萬侶)
諱は文
諡が孟嘗君
斉の
威王の孫
戦国・・・・・撰語句
四君の一人・・詞訓
父は斉の
宣王の・・・・撰姶・潜欧→宣負(本居宣長)
異母弟の
田嬰(デンエイ)で・・・伝洩・伝英
薛(ヘキ・山東省滕州)の領主
ーー↓
薛=まさき・セチ・セツ
漢姓の一
薛=艸+阜(おか・フ・ブ)+辛
↓
「阜・追・官・逭・耜・槌」の漢字の部分
阜=小里←こざとへん(阝)
大里←おおざと(邑)
阜←左耳旁(人間の耳の字形である)?
山地を表す字の一つ
小さい方から
「丘・阜・陵・阿」の順
「説文解字」では
「山」は「石有りて高い岩の山」
「阜」は「土の山」
↓
薛(セツ・セチ)の
類字は
↓
「薜(こけ・ヘイ・バイ
ヒャク・ハク・ヘイ)」
薜=艸+辟(尸口立十)
こけ→苔・虚仮・鱗・扱け
避(さける・ヘキ・ヒャク)
僻(ひがむ・ヘキ・ヒャク)
↓
薛
植物名
かわらよもぎ=菊科の多年草
↓
聴くか、之、多念想
はますげ
まさき=ニシキギ科の常緑小高木
園芸植物
薬用植物
薜蘿(つたかずら・セツラ・セチラ)
葡萄の蔓(つる・かずら)
↓
人物
薛綜(セツソウ・?~243年)
三国時代の呉の武将
字は敬文
沛郡竹邑の人
戦国時代の斉・魏・秦の宰相を務めた
孟嘗君の末裔
↓
薛稷
唐代の書家
字は嗣通
山西省の人
工部と
礼部の
尚書を経て
太子少保に叙せられた
「竇懐貞(トウカイテイ)の事件」に
連座して死刑(死を賜る)
↓
薛瑄
明代初期の思想家
字は徳温
号は敬軒
河津(山西省稷山)の人
呉与弼(ゴヨヒツ)と共に明初の
朱子学を代表する
靖難の変後の思想弾圧の中で
朱子学を修た
↓
薛聡
朝鮮・新羅の七世紀の文人
字は聡智
号は于堂
元暁の子
新羅語を漢字で表す方法
後世の
「吏読(リト)」を集成
漢文を新羅語で読み解く方法
「吐(ト)」を考案
↓
薛永(セツエイ)
小説の
四大奇書の一の
「水滸伝」の登場人物
梁山泊
第八十四位の好漢
地幽星の生まれ変わり
渾名は病大虫(ビョウダイチュウ)
「病」は「顔が黄色い事・匹敵」の意味
「大虫」は「虎」を指す
↓
癖(くせ・ヘキ)=疒(ダク)+辟(ヘキ・ヒャク)
に類字
「へき」の同音異字
↓
日置(ひおき・ひき・ひち・ひじ・ひお・ヘキ)
古代の地方役場
日置荘は大阪府堺市東区日置荘原寺町
日置江は岐阜県岐阜市
日置
京都府宮津市日置
山口県北西部にあった町
鹿児島県の中央部(薩摩半島)に位置する市
薩摩国、廃藩置県後の鹿児島県にあった郡
和弓の流派の一(日置流・ヘキリュウ)
阿弖流爲は蝦夷
日置部
↓
清和天皇の子孫(清和源氏)、
宇多天皇の皇子の
敦実親王を祖(宇多源氏)
中臣鎌足が
天智天皇より賜った
氏(藤原氏)秀郷流、
大江氏(土師の族で相撲の元祖の野見宿禰の子孫)
平城天皇の子孫などの姓
ーー↓枕草子
孟嘗君
「鶏鳴狗盗(ケイメイクトウ)」
狗盗(泥棒)と
鶏鳴(物真似)の名人の食客で
孟嘗君(田文)は
秦の拘束から脱出することができた
ーー
ときこえたれば、
(説き→解き、肥→請え、他例葉)
たちかへり、
(他知変え理→建ち替え理→絶ち代え理)
「孟嘗君の鷄は、
(亡→望、頌訓之、形葉)
函谷關を開きて、
(巻古句、換、於記紀出)
(韓国官→漢国間→勧告間、於、聴き手)
三千の客僅にされりといふは、
(纂撰之→参戦之、書く、話事掛爾、作例理、問附葉)
逢阪の關の事なり」
(合意版之、籍之言、納理→名理)
とあれば、
夜をこめて
(代於混めて→込めて→籠めて)
鳥のそらねは
(調之素等音葉)
はかるとも
(葉借る、賭摸→伴→共→友)
世に
(代爾)
あふ阪の
(合版之)
關はゆるさじ
(施記葉、喩留差字)
心かしこき關守侍るめりと聞ゆ。
立ちかへり、
逢阪は
人
こえ
やすき
關なれば
とりも鳴かねど
あけて
まつとか
とありし文どもを、
はじめのは、
僧都の君の額を
(想通之→双通之、訓之、比他意緒)
さへつきて取り給ひてき。
後々のは御前にて、
(後語之葉、音撰爾出)
「さて逢阪の歌はよみへされて、
返しもせずなりにたる、
いとわろし」
(意図、話賂史)
と笑はせ給ふ。
「さてその文は、
殿上人皆見てしは」
(伝定比渡、視名、見て史頗)
との給へば、
實に覺しけりとは、
これにてこそ知りぬれ。
「めでたき事など人のいひ傳へぬは、
かひなき業ぞかし。
また見苦しければ、
御文は
(音文葉)
いみじく隱して、
(意味字句、隠して→隔して→書く詞出)
人につゆ見せ侍らぬ志のほどをくらぶるに、
ひとしうこそは」
といへば、
「かう物思ひしりていふこそ、
なほ人々には似ず思へど、
思ひ隈なくあしうしたりなど、
例の女のやうに
(例之、音名之、哉得爾)
いはんとこそ思ひつるに」
とて、
いみじう
(意味字有)
笑ひ給ふ。
(話等比、他真譜)
「こはなぞ、
(胡葉、謎→名蘇)
よろこびをこそ聞えめ」
などいふ。
「まろが文をかくし給ひける、
(太安満侶、臥文於、書く詞、他真意懸留)
又
猶
うれしきことなり
いかに心憂くつらからまし。
今よりもなほ頼み聞えん」
などの給ひて、
後に經房の中將
(語爾、形望之、納化真作)
(埜知爾、警防之、中傷→柱状→中条)
「頭辨はいみじう譽め給ふとは知りたりや。
一日の文のついでに、
(対性質之文之、接意出爾)
ありし事など語り給ふ。
思ふ人々の譽めらるるは、
いみじく嬉しく」
など、
まめやかにの給ふもをかし。
「うれしきことも二つにてこそ。
かの譽めたまふなるに、
また思ふ人の中に侍りけるを」
などいへば、
「それはめづらしう、
今の事のやうにもよろこび給ふかな」
との給ふ。
ーーーーー
・・・